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誘拐について謝罪されました


 ニニ誘拐事件の後始末は、滞りなく進んでいった。

 ダレリアは表向き病を患ったということで、離宮へと軟禁されている。

 彼女の背後にいたダールズ公爵家も、王家の突き付けた条件をのみ、履行の準備を進めているようだった。


(これで一安心、かしら。あとは……)


「コーデリア様、間もなくお時間です」

「ありがとう。今いくわ」


 侍女を従え、屋敷の玄関へと向かった。

 じきに、フェミナが訪れるのだ。

 コーデリアへの嫌がらせの必要がなくなったため、今回はあらかじめ、訪問を告げられている。


(けど、フェミナ殿下は、なんのためにいらっしゃるのかしら?)


 結果的にとはいえコーデリアは、フェミナと母親を引きはがしてしまっているのだ。

 あの日、大泣きしたフェミナの姿は、今もよく覚えている。

 嫌われて当然だし、今日も何か、恨み言を言いに来たのかもしれない。


 コーデリアは気分を引き締めると、玄関の扉の前で立ち止まった。

 屋敷付きの侍女が扉を開けると、そこには、


「……フェミナ殿下、その箱はいったい……?」


 フェミナの両脇に控える侍女はそれぞれ、両手で大きな箱を抱えている。

 ピンクと白の包装紙で飾り付けられた箱は、とても既視感があった。


(今度は正面から、嫌がらせの贈り物を押し付けるつもり……?)


 思わず、身構えてしまったコーデリアだったが、


「ごめんなさい」


 目の前で深く深く、フェミナが頭を下げている。

 コーデリアが呆気にとられ固まっている間にも、頭を上げようとしなかった。


「フェミナ殿下、いきなりどうされたのですか?」

「謝っているのよ」

「……嫌がらせと、ニニの誘拐の件でですか?」


 頭を下げたまま、フェミナがこくりと頷いた


「その件についてでしたらあの日、既に謝罪をいただいています」

「……あれだけじゃ、全然足りないわ。私のせいであなたも、ニニも、酷い目にあったんあだもの」


 だからこれはお詫びの品よ、と。

 フェミナの合図とともに、箱を持った侍女が迫ってきた。


「受け取って、コーデリア。私お気に入りのお菓子を、詰め合わせてもらっているわ」

「フェミナ殿下自ら、選んでくれた品物なんですか?」

「お兄様が言っていたわ。人に贈り物をする時はできる限り、品物も包装も自分で見て選びなさい、って」


 確かに、レオンハルトらしい教えだ。


(……ということはやっぱり、嫌がらせの箱がピンクと白の愛らしい外装だったのも、フェミナ殿下自らで選んでいたってことね)


 箱を開けるまで、中身がカエルの嫌がらせだとばれないように。

 自分が貰ったら気に入る包装紙を選び、届けさせていたようだ。


(……それはちょっと、気の使いどころが違うような、ズレているような……?)


 あの、こってりと可愛らしい見た目の、嫌がらせの箱の数々を思い出し、コーデリアは脱力してしまった。

 苦笑しつつ、フェミナへと口を開いた。


「フェミナ殿下、ありがとうございます。……でも、受け取ってしまってよろしいのですか? フェミナ殿下は私のこと、恨んでいるのではないでしょうか?」

「どうしてそう思うの?」


 コーデリアの問いかけに、フェミナはけろりとしていた。


「お母さまと簡単に会えなくなったのは、寂しいけれど……。でも、悪いのはお母さまだもの。あなたを追い出そうとして、でも失敗して。その結果なんだから、恨むのは違うと思うの。私にはまだよくわからないけど、政治のやりとりって、そういうものなんでしょう?」


 当たり前の事実を告げるように、フェミナは母親との別れを語った。

 政敵を陥れようとして負けた敗者がどうなろうと仕方ないという、一種の達観を感じさせる言葉だ。 


(シビアね……。まだ幼いとはいえ、王家の人間として、教育されているということかしら? 母親のダレリア様もどこか割り切った雰囲気の持ち主だったし、親子で似ているのかも……)


 軽く感心していたコーデリアだったが、


(……違うわね。そんな簡単に、割り切れることでも無いでしょうし)


 どこか危うい、強がっているような雰囲気のフェミナに、考えを改めた。

 ダレリアが悪いと頭でわかっていても、感情は容易に納得できないはずだ。


(辛いし苦しいのでしょうけど、でも……。それを隠して、振る舞おうというのなら)


 下手な慰めも、同情も求めていないはずだ。

 コーデリアにできるのは、弱さを隠しやってきた、フェミナの贈り物を受け取るだけだった。


「……フェミナ殿下、ご立派ですね。ありがたく、贈り物をちょうだいしたいのですが……」

「ですが?」

「謝罪の品としては量が多すぎて、こちらが貰いすぎだと思います。釣り合うように、こちらからもお返しを用意しなくてはいけません」

「そんなのいらないわ」

「そう言わず、受け取ってください。お返しとして、ニニを撫でてもらうのはどうでしょうか?」

「ニニを?」


 フェミナの表情がほころび、しかしすぐに硬くなった。


「駄目よ。私のせいで、ニニは誘拐されてしまったんだから、嫌われたに決まってるわ」

「大丈夫です。ニニは賢い猫だから、フェミナ殿下に悪意が無かったことはわかっていますよ。――――ニニ、おいで」

「にゃおう?」


 呼ぶとすぐに、とてとてとニニがやってきた。

 フェミナを見ても怯えた様子はなく、足元に体をすりつけている。


「ほら、問題ないでしょう? せっかくだからお茶をして、ニニを撫でていきませんか? そうすれば、私が殿下のお返しの品に使うお金も浮いて、とても助かりますから」

「……もう、しょうがないわね」


 言いつつもフェミナは、嬉しそうにニニを撫でていた。

 コーデリアに対しては複雑な思いを抱く彼女も、素直にニニのことはかわいいようだ。

 お茶を飲みニニを撫でまわすうちに気がほぐれたのか、表情が柔らかくなっている。


(良かった。気晴らしになったみたいね)


 ニニと戯れるフェミナに目を細めながら、コーデリアはダレリアとあの日交わした会話を思い出した。


『コーデリア、一つ言っておくことがあるわ』

『……何でしょうか?』

『フェミナは、あなたの屋敷へ嫌がらせに行った日、その様子をしきりに語っていたわ』

『……そうでしたか』


 何と答えるべきかと迷うコーデリアに、ダレリアは小さく笑みを浮かべた。


『嫌がらせの内容や、あなたとどんな会話をしたか、それに猫たちの可愛らしさを、楽しそうに話していたわ』

『楽しそうに……』

『あなたが構ってくれたの、嬉しかったみたいね。あの子もあれで王族だから、なかなか気安く、遊んでくれる相手がいなかったもの』


 困ったものね、と。

 ダレリアが苦く柔らかく、母親としての顔で笑った。


『これは、あなたにはなんの得も無い話だけど。……もしまた機会があったら、フェミナの話し相手になってくれないかしら?』

『……フェミナ殿下が、そう望まれるのでしたら』

『ふふ、嬉しい返事ね』


 そう答え、娘を思いやるダレリアの姿を見て。

 コーデリアは眩しさを感じたように、ひとつ瞬いたのだった。


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