母と娘の思う心は
「フェミナ、やめなさい。もう嘘をつく必要は無いわ」
「……お母さま……?」
ダレリアはフェミナを見つめ、ゆるりと目をつぶった。
長く息を吐き、瞼を持ち上げ唇を開く。
「コーデリアの猫を誘拐させたのも、脅迫文を送りつけたのも、全て私が指示したことよ」
「お母さまっ⁉」
フェミナが悲鳴をあげた。
「違うわ!! ニニの誘拐は私がやったの‼! お母さまは関係ないわ!!」
「冗談はよしなさい」
ぴしゃりと、ダレリアがそう言い切った。
「フェミナ、あなたは王家の人間としては甘すぎるわ。愚かなほどね」
「な、そんなっ……」
母親からの否定に、フェミナがより派手に、涙をこぼししゃくりあげた。
「政敵であるコーデリアのことまで考えて、勝手に動くなんて愚かで甘くて……優しすぎるのよ」
馬鹿な子、と言いつつも。
フェミナを見るダレリアの瞳は優しかった。
「そんなあなたが、コーデリアの猫を誘拐したって言っても、誰も信じるわけないでしょう? やったのは私で、フェミナは関係ないもの」
ダレリアは手を伸ばすと、フェミナからコーデリアの手を奪い繋いだ。
「これ以上、逃げも隠れもしないから、牢にいれるなりなんなり、自由にすればいいわ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
罪を認めたダレリア。
さすがにフェミナも、これ以上は母親を庇えないと悟ったようだった。
泣き疲れ、気絶するように眠ったフェミナを寝台に運んでやった後で。
コーデリアはレオンハルトと共に、ダレリアと別室で向かい合っていた。
(……堂々とした様子ね)
ダレリアに悪びれたる様子や、反省した気配はなかった。
優雅に椅子に腰かける姿はこの国の女性の頂点、王妃の座に十年以上あったと納得できるたたずまいだ。
「ダレリア様は、後悔されていないのですか?」
「私が何を、悔いる必要があるのかしら?」
わずかに唇をもちあげ、ダレリアが笑った。
「政敵となる目障りなあなたを排除しようとするのは、当然のことでしょう? 力及ばず計画が失敗したことは残念だけど、あなたに謝る気はないもの」
いっそ清々しい告白だ。
自分のため家のため。
邪魔になる人間は容赦なく追い落とすし、表ざたになければ手段も問わない。
ダレリアにとっては、ただそれだけのことだった。
(……だからこそ、先ほどは意外だったのだけど)
ダレリアは、罪を被ろうとするフェミナを守ったのだ。
(もしフェミナ殿下が、自分を犯人だと主張したままだったとしたら……)
おそらくそちらの方が、ダレリア本人及び、実家のダールズ家の痛手は少ないはずだ。
まだ幼いフェミナに、厳しい罰が下される可能性は低かった。
フェミナは罪人として扱われ将来に影が落ちるだろうが、ダレリアやダールズ家に
そこまで深刻な影響は無いはず。
ダールズ家の利益を第一に考えるならば、『幼いフェミナの暴走』という形でうやむやにしフェミナを切り捨てるのが、一番の選択のはずだった。
コーデリアが軽く考え込んでいると、ダレリアが唇を緩めた。
「私が罪を認めたのが、意外だと思っているのかしら?」
「……えぇ、そうです。ダレリア様は、フェミナ殿下の私への嫌がらせを隠れ蓑に利用する形で、猫を誘拐し最終的に私を害そうとしていました。誘拐犯が捕縛され動かない証拠となり計画が失敗した以上、フェミナ殿下を切って保身に走られると思っていました」
「そうね。その通りよ。私もそのつもりだったのだけど……」
呆れたように、疲れたように。
ダレリアが小さくため息をついた。
「あの子が、フェミナが、馬鹿で優しすぎたもの」
予定が狂った、と自嘲しつつも。
ダレリアは先ほどの彼女の言葉の通り、後悔はしていないようだった。
(……他人を平然と踏みにじることのできる酷い方だし、フェミナ殿下のことも利用していたけれど……)
それでも確かに、フェミナのことを愛してもいるのだ。
(そして、母親であるダレリア様に愛情を注がれていたからこそ、フェミナ殿下も庇おうとしていたのよね……)
そんな親子の関係に、少しだけ羨ましさを感じた。
コーデリアの母親はコーデリアを愛そうとせず、破綻したまま終わってしまっている。
今更母親に愛されたいと、関係を修復したいと思うわけではないけれど。
娘を愛するダレリアから、コーデリアが目を離せないでいた。
「……今回の件の処分について、父上にも意見をうかがっている」
コーデリアを見守っていたレオンハルトが、ダレリアへと視線を移した。
「陛下はなんと仰っていたのかしら?」
「大事にするのはやめて欲しいそうだ。こちらの提示する罰を受け入れるなら、公にはしないと仰っていた」
「どのような条件かしら?」
「大きくわけて二点だ。まず1点目。ダールズ公爵家の領地から上がる税収のうち、王家の取り分をこの先10年間、1割多くする契約を結ぶこと。そして二点目、ダレリア様には病気療養ということで、離宮へ移ってもらいたい」
広大な公爵領の税収の1割。
弱小伯爵家出身のコーデリアの感覚だと、顔が引きつりそうな大金だが、王妃の不祥事の隠蔽と考えれば割安だ。
離宮への追放も、王妃の座をはく奪されないだけ温情措置と言える範囲だった。
(……相手は五大公爵家の一家だもの。厳しい条件を出して関係を悪化させるより、十分達成できる軽めの条件を出しておく方が王家や国の利益になると、そう考えてのことでしょうし)
国内の政治力学を思い浮かべながら、コーデリアは二人の会話を見守った。
「それと、わざわざ言うまでも無いと思うが、今回の誘拐事件の実行犯や協力者については、残らず王家に報告して処分を預からせてもらうことになる」
ダレリアがニニを誘拐できたのはおそらく、フェミナを通してグーエンバーグ伯爵邸の間取りや、警備の死角を把握していたからだ。
フェミナに付き添い、コーデリアの屋敷を訪れた侍女の中にも、計画に関わっている人間がいるはずだった。
「えぇ、その程度は当然ね。従わせてもらうわ」
条件をのむダレリアに、コーデリアは肩の力を緩めた。
(実行犯や協力者、彼らから得られる証拠を王家側で押さえておけば、そうそうダレリア様たちも動けなくなるもの)
これでダレリアやダールズ公爵家が、コーデリアやニニを害することは難しくなるのだった。
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