妹君の思うことは
「本当は私に、嫌がらせなんかしたくなかったんでしょう?」
コーデリアの問いかけに、
「っ……!!」
フェミナは息を詰まらせた。
「な、にをっ……!! そんなわけないじゃない!! なんでそんかこと言うのよっ⁉」
「フェミナ殿下の嫌がらせが、生ぬるかったからです」
「生ぬるい?」
「……恥ずかしながら私は、それなりに他人から、嫌がらせを受ける機会が多かったんです」
八割がた、妹のプリシラが原因だ。
自由奔放、わがまま放題に振る舞う妹のしわ寄せの多くが、コーデリアへ押し寄せてきた。
「陰口は当たり前。時には持ち物を隠されたり、直接襲い掛かられたこともあります」
おかげでコーデリアは、図太く強かにならざるを得なかった。
頑張って自衛していたとはいえ、レオンハルトの助力がなかったら、今頃どうなっていたかわからないのだ。
「今まで、私が経験した嫌がらせと比べたら、フェミナ殿下のされたことは中途半端なんです。いい気分はしませんでしたが……本気で私を傷つけるつもりであれば、もっとやりようはあったはずです」
違いますか、と問いかけてやると。
フェミナが唇を噛みしめ、いっそかわいそうなほど動揺していた。
「嫌がらせが生ぬるかったのは、本心からのものではなかったからでしょう?」
「ち、違うわ。私は、あなたのことが邪魔で大嫌いで……」
「フェミナ、もう嘘はつかなくていいんだ」
レオンハルトが呼びかけると、フェミナが肩をびくりと揺らした。
「お兄様まで、何を言い出すんですか? 私からお兄様を奪う、コーデリアのことが大嫌いで――――」
「最近あまりかまってやれず、寂しがらせたのは悪いと思っている。だが寂しいからと言って、コーデリアに八つ当たりで嫌がらせをするのはおかしいと感じていたんだ」
「お兄、さま……」
「フェミナは優しい子だと、そう信じていたからな」
「……」
頭を撫でるレオンハルトに、フェミナが言葉を途切れさせる。
恐れるように、こらえるように。
涙をこらえてうつむいている。
「でも、私は、コーデリアに嫌がらせをしてっ……!!」
「そうだな。その点についてはコーデリアに謝る必要があるが……。きちんと謝罪するためにもまずはしっかりと、事情を明らかにするべきだ。これ以上隠し事はいけないと、フェミナならわかるだろう?」
諭すように語りかけるレオンハルト。
その優しい声色に、フェミナの瞳から涙が零れ落ちる。
「わ、たし……お兄様に嫌われたく、なくてっ……」
大粒の涙をこぼししゃくりあげながら、フェミナが声を振り絞る。
「お兄様が、コーデリアを大切にしているの、すごく嬉しそうにコーデリアの、ことを話すのを知って、て。でも、お母さまたちの話も、私は聞いちゃって……」
とぎれとぎれの告白。
だが、コーデリアにはそれで十分だった。
『フェミナの様子を見るに、本心からコーデリアに嫌がらせをしているとは考えにくい』
そう言ったレオンハルトは、フェミナの周辺を探りだしたのだ。
調査の結果間もなく、ダレリアとその実家が、コーデリアを排除しようと蠢いているのが判明した。
(そして、ダレリア様の思惑に気づいたのは、レオンハルト殿下だけでは無かったということね)
フェミナはおそらく、母親であるダレリアがコーデリアを害そうとする計画を知ってしまったのだ。
「お母さま、は、コーデリアに酷いことを、しようとしてたわ。そんなこと駄目だって、そんなことしたら、お兄様が悲しむってわかったけど、でも、私はっ……!!」
ひっく、ひっくとしゃくりあげながら、フェミナが言葉を途切れさせる。
強く目を閉じた姿は、怒られるのを怖がる子供そのものだ。
(フェミナ殿下は、幼くても王族よ。正義感のまま母親の計画を告発すれば、母親が窮地に立たされると、理解できてしまったんでしょうね)
だからこそ悩み苦しんで。
コーデリアに嫌がらせをすることにしたのだ。
「……フェミナ殿下はダレリア様を守りたくて、手を汚させたくなくて、代わりに自分で、私への嫌がらせをすることにしたんです。私が嫌がらせに参って、レオンハルト殿下の婚約者の座を降りればいと、そう思っていたのでしょう?」
「……そう、よ。あなたがお母さまの邪魔になるなら、私はあなたを、お兄様の婚約者から、引きずりおろそうと、したのよ」
ごめんなさい、と。
フェミナが小さな声で、しかしはっきりと謝った。
(……フェミナ殿下は、根が悪い方じゃないわ。むしろ……)
コーデリアはそっと、フェミナの手へと腕を伸ばした。
「なに、するのよっ?」
「拳の力を弱めてください。そんなに強く握り込んでは、爪が食い込み血が滲んでしまいます」
「……」
指摘するも、フェミナの拳は緩まなかった。
感情がいっぱいいっぱいで、上手く体を制御できないようだ。
コーデリアはフェミナの掌から指をはがすと、代わりに手を握ってやった。
「ちょっと、それじゃあなたの手が……」
「大丈夫ですよ。ほら、見てください」
コーデリアの掌に、血が滲んでいなかった。
フェミナが指の力を弱め、爪を立てないようにしているからだ。
「フェミナ殿下は、優しい方だと思います」
「そんなわけ……」
「あります。今だって、私の手を傷つけないように、力を調節してくれたでしょう?」
子供特有の体温の高い掌を、コーデリアは愛おしむように握った。
「フェミナ殿下には、ダレリア様の計画を知らないフリをして、何もしない選択肢だってあったはずです。なのにそうしなかったのは、私がダレリア様に害されるのを、見過ごせなかったからでじゃないですか?」
「………お母さまの計画はやりすぎだと、そう思っただけよ」
そう思えるのはフェミナの善性の証明。
不器用な方法ではあるけれど、他人同然のコーデリアのことを、フェミナは守ろうとしたのだ。
「誰もが、フェミナ殿下のように考え行動できるわけじゃありません」
「……どうしてあなたが、私を慰めるのよ。私は散々あなたに嫌がらせをして、ニニを誘拐し――」
「フェミナ、やめなさい」
フェミナの涙声を遮るようにして。
黙り込んでいたダレリアが口を開いた。
「もう、嘘をつく必要は無いわ」