誘拐犯の雇い主が判明しました
改めて数えると、誘拐犯たちは11人いたようだ。
全員がレオンハルトに倒され転がっている。
派手な出血はなく、呼吸で胸が上下しているのもわかった。
(レオンハルト殿下、すごいわね。あの状況で、命を奪わないよう手加減ができるなんて)
コーデリアが感心していると、レオンハルトが懐から小さな笛を取り出し吹いていた。
「これでじきに、近くに控えさせていた俺の護衛もやってくるはずだ」
レオンハルトが獅子の姿に変じられるのを、知る人間は少ない。
護衛たちにすら秘密にしているのだ。
獅子から人へ変わる姿を見られないよう、注意を払う必要があった。
駆けつけてきた護衛は、レオンハルトに仕えているだけあり仕事が早い。
手際よく誘拐犯たちを縛り上げると、指示を待つようにレオンハルトを見た。
「よし、ご苦労様だ。次はこの事件の大元、誘拐犯の雇い主を追い詰めることにしよう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
明けて翌日の昼過ぎ。
王宮に来てくれと、レオンハルトからの知らせがやってきた。
黒幕の目星はついていたため、速やかに突き止めることができたようだ。
レオンハルトがつけてくれた護衛を引き連れ、コーデリアは王宮へと向かった。
「……やはり、あなただったんですね」
王宮の奥、王族たちの住まう内宮。
レオンハルトの配下に見張られ軟禁されていたのは、第三王妃ダレリアだった。
「…………」
ダレリアはフェミナの母親だけあり、美しい女性だった。
色素の薄い、酷薄な印象を与える水色の瞳をレオンハルトへ向けている。
「初めまして、ダレリア様。あなたが私の飼い猫の誘拐と、そして私に危害を加える計画を、指示されたんですね?」
「……………」
ダレリアは沈黙を続けている。
レオンハルトの調査により、言い逃れのできない証拠を掴まれているが、素直に認める気は無いようだ。
(だからと言って、無理やり牢に入れるのも難しいのよね)
ダレリアは第三王妃であり、生家は五大公爵家の一つであるダールズ公爵家だ。
証拠が揃っているとはいえ、強引に連行すれば大事になり、やっかいな事態になるかもしれない。
それがわかっているからこそ、ダレリアは焦りを表面に見せることも無く立っているようだ。
「潔く罪を認めるべきだ」
レオンハルトが静かな、だが厳しい声でダレリアを糾弾する。
「調べは既についているんだ。誘拐犯との繋がりだけじゃない。マルティナだろう?」
マルティナ。
その一言に一瞬、ダレリアの眉がぴくりと動いた。
「あなたの産んだ子はフェミナ一人だけ。男児はいなかったらこそ、俺と兄上……ザイードのどちらが次期国王になるか今までずっと、様子をうかがっていたんだ。次期国王となる方で、あなたの縁者である、マルティナを嫁がせる心算だったんだろう?」
つい先日まで、王太子の座はザイードのものだった。
しかし傲慢で人当たりの強い性格が災いし、盤石とは言えない状態だったのだ。
この国の貴族で、大きな勢力を誇る五大公爵家。
そのうち二家がザイードを支持し、もう二家はレオンハルト寄りだった。
(そして五大公爵家のうち最後の一家、ダレリア様の実家ダールズ家は、レオンハルト殿下とザイードの、どちらの陣営にも与していなかったわ)
ダールズ家が支持した側が、王位争いに有利になるはずだったのだ。
恩を売り勝ち馬に乗って、王太子妃の座にダールズ家の令嬢、マルティナを据えるべく、じっと機を待っていたのだ。
(でもそんな膠着したともいえる状況で、ザイードが凶行を起こした)
結果、ザイードは自業自得で破滅し、レオンハルトが王太子の椅子に座ることになった。
しかも、ザイードの凶行から国民の目を反らすため、『獅子の聖女』と大々的に銘打ったコーデリアを、かたわらに伴ってだ。
(ダレリア様からしたら私は計算を狂わせた、邪魔で仕方がない存在でしょうね)
だからこそ、どうにかコーデリアを排除しようと、誘拐犯を動かしたのだ。
「……なぜ、コーデリアなの?」
薄い水色の目が、コーデリアへと向けられる。
「『獅子の聖女』だなんて、はったりなんでしょう? 本当にそんな力を持ち聖獣に選ばれているというのなら、今この場で証拠を見せてみなさいよ」
淡々とした挑発に、コーデリアが応えることはなかった。
(レオンハルト殿下こそが聖獣……金の獅子であると、知られてはいけないもの)
だからこそできる限り、聖剣や獅子の姿のレオンハルトを、人目に触れさせないよう気を付けていたのだ。
「どうせ、全部嘘なんでしょう? あなたは伯爵令嬢。本来王太子の婚約者には釣り合わない身の上よ。無理を押し通すため、聖女と偽っている卑怯も――――っ」
「黙れ」
レオンハルトの一喝に、ダレリアが喉をひきつらせた。
「彼女への侮辱はやめろ」
「……ずいぶんと入れ込んでいるのね。恋は盲目、という言葉を知っていて?」
「こちらからも言わせてもらおう。いい加減に罪を認めたらどうだ? もしこれ以上、コーデリアに危害を加えようというなら――――」
レオンハルトが言葉を切って黙り込む。
耳を澄ませると、大きくなる慌ただしい足音。
こちらへ近づいてくる気配があった。
「お兄様っ!!」
翻る金の髪が、コーデリアの前に広がった。
ダレリアの前に、フェミナが立ちふさがっている。
「やめて‼ お母さまをいじめないで‼」
ダレリアと同じ、水色の瞳のふちに涙を浮かべながら、声を振り絞るように叫んでいる。
「私よ!! 悪いのは私よ!! 全部全部私が悪いわ!! 私が、ニニを誘拐したって脅迫状を出したのよ!! お兄様だって知ってるでしょう!?」
体をふるわせ、今にも泣きだしそうなフェミナが、コーデリアをずいと指さした。
「私は何度も何度も、コーデリアをいびったわ!! カエルや蛇やなめくじや、たくさんたくさん送りつけて、すごく嫌がらせしてじゃない!! コーデリアだって私のこと、嫌って憎んで大嫌いでしょ!?」
「……いいえ、違います」
コーデリアは首を横に振った。
「何よ⁉ もしかしてあなた、カエルを送りつけられて喜ぶ変態趣味なの⁉」
「それも違います」
「じゃあ何よ⁉ どうして――――」
「本当は私に、嫌がらせなんかしたくなかったんでしょう?」
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次話は日曜に更新予定です。