殿下は剣の腕も素晴らしいようです
「おいおまえ、黙り込んでどうしたんだ?」
ニニへ思いを馳せるコーデリアを不審に思ったのか、誘拐犯が険しい声をかけてくる。
コーデリアが誘拐犯へ視線を向けると、気圧されたかのように一歩、誘拐犯が体を引いた。
「なんだ、その目は? 何が言いたいんだ?」
「……最後にもう一度聞くわ。約束通り、私はこの場所にやってきたわ。その金色の猫を、返してはくれないかしら?」
「はぁ? 何寝ぼけたことを言ってるんだ?」
誘拐犯がせせら笑った。
コーデリアに見せつけるように、仔獅子の入れられた檻を掲げる。
「おまえ、こいつを見捨てられないんだろ? ならこいつと引き替えに、おまえを誘拐させてもらおう。生意気な女だが、顔と体は悪くないからな」
「………」
嘗め回すような視線が、コーデリアへと向けられた。
コーデリアを誘拐して、その後どうするつもりか。
誘拐犯たちの顔つきを見れば、ロクなことを考えていないのは明らかだった。
(じゃあこっちも、遠慮する必要は無いわね)
一人納得すると、コーデリアはドレスの裾をさばき、スカートへと腕を突っ込んだ。
「どうしたどうした? この場で脱いで、さっそく裸になろうとで――――なんだそれはっ⁉」
誘拐犯の視線がくぎ付けになる。
すらりと抜き放たれた、眩い黄金の刃。
美しく輝く長剣を手に、コーデリアは静かに立っていた。
「ふざけるな!! そんな長剣を、おまえのような細身の女が持ち歩けるわけがない!!」
「これは聖剣だと、そう言えばわかるかしら?」
「なっ、嘘だろう!? 聖獣だの聖女だの聖剣だのは全部、前王太子の失態を隠すためにばらまかれたでたらめだったんじゃないのか⁉」
息を飲む誘拐犯たち。
コーデリアが手にしている聖剣は、聖獣の先祖帰りであるレオンハルトの力の一端だ。
羽のように軽く、刃渡りも調節できるため、難なくスカートの中に隠し持つことができる。
闇夜にあってなお煌々と、黄金の輝きを放つ聖剣を、コーデリアは両腕で構えた。
「聖なる炎よ! 囚われし獣を解き放て!」
「熱っ⁉」
ごうっ、と。
金色の炎が、檻の蓋を焼き焦がす。
誘拐犯たちは慌てコーデリアを怯えた目で見ているが、実は炎を出したのは仔獅子自身。
コーデリアの呪文は、それっぽい言葉を叫んだだけだ。
燃え落ちた檻から、仔獅子が勢いよく飛び出してくる。
「くそっ!! その猫を逃がす――――ぎゃあっ⁉」
誘拐犯の周りに次々と、金色の炎が吹き上がっていく。
動きを封じられ、誘拐犯は恐慌状態に陥った。
「なんだこれはちくしょうっ!!」
誘拐犯のうちの一人が、髪が焼き焦げるのも構わず炎を突破する。
衣服から煙をあげながら、剣を手にコーデリアへと切りかかり―――――
「そこまでにしてもらおうか」
冷えた声音と、きぃんと響く一閃。
レオンハルトが剣を振るい、誘拐犯の剣を真っ二つに斬り飛ばしていた。
「っ、なんだおま、っがっ⁉」
みぞおちへと一撃。
剣の腹を叩きこまれ、誘拐犯が崩れ落ちる。
意識を刈り取られ、白目をむいて動けないようだ。
レオンハルトは誘拐犯の気絶を確認すると、鋭い目と刃のきっさきを、残る誘拐犯たちへと向ける。
「彼女を害するつもりなら、この俺が相手になろう」
「っ……」
「切られたい奴から、かかってくるといい」
叩きつけられる殺気に、誘拐犯たちが震えあがる。
(これは怖いわね……)
殺気を向けられていないコーデリアさえ、若干背筋が冷える程だ。
いつもの優しく穏やかなレオンハルトとは違う、剣持つ者としての、それは苛烈な一面だった。
「っ、くそっ!! びびってんじゃねぇ!! 数はこっちの方が上だ!! まとめてかかるぞ!!」
一斉に切りかかる誘拐犯たち。
しかしまるで、レオンハルトの相手になっていなかった。
一合と打ち合えず、剣を弾き飛ばされ峰打ちを叩きこまれ。 次々と無力化されていく。
コーデリアを背後にかばいながらも危なげなく、レオンハルトは剣を振るっていた。
「これで終わりだ」
「がっ⁉」
誘拐犯最後の一人をあっさりと地面に沈め、レオンハルトは剣を鞘へと納めた。
「コーデリア、無事だな?」
レオンハルトはコーデリアの手を取り、気づかわし気に全身を確認している。
「はい、殿下のおかげで、怪我ひとつありません。すごくお強いんですね……」
剣術に疎いコーデリアでさえ、レオンハルトの技量がずば抜けているのがわかる程だ。
驚愕と尊敬の念を込め、コーデリアはレオンハルトを見上げた。
「これくらいなんてことないよ。俺は先祖帰りの影響で、人間はもちろん獣人よりも、身体能力が高いからな」
「そうでしたの……」
だがあの剣の冴えは、それだけでは決してないはずだ。
(殿下にとっては本当に、『これくらいなんてことない』でしょうけど……)
あの優雅にさえ見える見事な剣さばきは、常人が何十年かけても、たどり着けない境地に違いない。
(頭脳だけでなく身を護る術も、殿下は優れていらっしゃるのね……)
感心して誇らしくて、そして少しだけ胸が軋んだ。
自分とレオンハルトの差を、またコーデリアは感じてしまっていた。
「コーデリア、どうしたんだい?」
目ざとく、レオンハルトが声をかけてきた。
「先ほどの俺の殺気で、怯えさせてしまったか?」
「いえ、そんなことはありません。むしろ……」
コーデリアは首を振りつつ、鼓動の速さを意識してしまった。
剣を振るうレオンハルトの姿を思い出す。
本能的な怖れはあったが、感じたのはそれ以上の安心感と信頼感。
そして、いつもこちらへ向けられるのとは違う、鋭くも美しく横顔に、胸が騒いだのだった。
「……かっこよくて、見とれてしまいました」
顔を赤くしながら、コーデリアはぽつりと呟いた。
誘拐犯に立ち向かい、こちらを守ろうとしてくれたレオンハルトに合わす顔が無いけれど。
あの瞬間に誤魔化しようもなく、コーデリアの鼓動は高鳴っていた。
「殿下は真剣に、私を助けようとしてくれたのにすみませ――――きゃっ⁉」
強く引き寄せられ、頬にレオンハルトの体が当たった。
胸板の堅さにどきりとしていると、腰に手が回り抱きしめられる。
「殿下? どうされたのですか?」
「……見ないでくれ」
「えっ?」
視線を上に向けようとすると、顔を体に押し付けられてしまう。
一瞬視界の端に映ったレオンハルトの耳は、じんわりと赤い気がした。
「俺はきっと今、ほおが緩んでかっこ悪い顔をしている」
「殿下がかっこ悪いなんて、そんなわけっ……!!」
ぎゅうと、腰に回された腕の力が強くなる。
まるで、照れ隠しのようだった。
「頼む、見ないでくれ。……今まで何度も、剣術の腕を褒められたことはあったけど……。こんなに嬉しいのは初めてだ」
「殿下……」
動揺を隠すように、レオンハルトの声はどこか上ずっている。
その声と体に触れる体温に、コーデリアも赤くなっていく。
(殿下も、照れることがあるのね)
いつもレオンハルトは、こうして体が密着している時でさえ、どこか余裕を崩さなかった。
そんな彼が見せる意外な姿に、思わず頬が緩んでしまった。
(そうよね。何でもできるお方だけど、殿下は私と、2歳しか違わないもの。男の方は、それだけ剣術にこだわりのある方も多いと聞くわ。殿下もきっと、剣術に思い入れがあるのね)
そう思うと、顔を赤くしたレオンハルトに、愛しさがこみあげてくるようだ。
思いのままに、コーデリアがレオンハルトの背中へと両腕を回し抱きしめると、腰にかけられた手の力が強まり――――
「にゃあっ!!」
愛らしくも、どこか不満げな鳴き声。
はっとコーデリアが我に返ると、ニニがこちらを見上げていた。
誘拐犯たちが倒れたのを見て、近寄ってきたようだ。
ニニはコーデリアの足元へすり寄ると、ぐいぐいと頭を擦り付けてくる。
「にゃにゃうっ!!」
「ニニ、待って。今抱き上げるわ」
ニニのためを思ってのこととはいえ、誘拐騒動に巻き込んでしまったのだ。
安心させてやるべく、コーデリアはニニを抱き上げた。
「……ニニはまるで、『ご主人様は渡さないぞ』と主張しているようだな」
レオンハルトは小声で、コーデリアに聞こえないよう呟くと。
「残念だが、この場はお預けだな。まずは誘拐犯たちを、縛り上げることにするか」
後始末をすべく、動き出したのだった。
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