誘拐犯たちは誤解しています
――――コーデリアが、取り乱す侍女を落ち着かせているのと同時刻。
王都外れの荒れた屋敷の中で、誘拐犯たちはにわかに殺気立っていた。
「猫が逃げ出した、だと……?」
「は、はいっ。気づいたら、隣の部屋に置いてあった、檻の中からいなくなってました」
誘拐犯の首領の一瞥に、部下は震えあがった。
「檻の留め金の部分が、壊れちまったみたいです」
「使用前に、檻はしっかりと確認したはずだろう?」
「は、はいもちろんですっ!! でも見てくださいこれ‼! 留め金が歪んじまってます!!」
震えた手で差し出された、両手で抱えられる程の大きさの鉄の檻。
よく見れば、その開閉部分の留め金が火で炙られ溶けたかのように変形し、檻の役目を果たせなくなっている。
(なんだこれは? 鉄製の留め金が歪むなんて、内部にヒビでも入っていたのか……?)
だとしても、猫の小さな手で留め金を壊せたとは考えにくい。
首領は不可解に思いつつも、念のため隠れ場所の周囲を探らせた。
結果、怪しい人影は見当たらず、謎が深まるばかりだった。
「ちっ、気持ち悪いが……。まぁいい。猫はまだもう一匹、こっちに捕まえてあるからな」
失態を犯した部下たちをねめつけながら、首領は部屋の隅を見た。
こいつにまで逃げられてたまるかと、そう目を光らせる棟梁の視線の先で。
金の毛並みをもった猫――――だと棟梁たちが思いこんでいる存在が、ぱたりと尾をしならせたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
日が沈み、空が藍色の帳に覆われつくした頃。
コーデリアは誘拐犯の指示通り王都の外れへ、人気の無い場所へとやってきていた。
「約束通り、一人でやってきたわよ」
夜空に語り掛けるように声を投げかける。
声が消えしばらくした頃、数人の男たちがやってきた。
「はは、律儀なことだ。まさか王子の婚約者ともあろうご令嬢が、のこのこと一人でやってくるなんてな」
誘拐犯たちは剣を手にしている。敵意を隠す気は全くないようだ。
そのうちの一人が持つ檻の中で、きらりと金色の毛並みが光ったのを、コーデリアはしっかりと確認した。
「うちの屋敷からさらった猫は、二匹いたはずでしょう?」
「はは、舐めるなよ。もう一匹は保険として置いてきただけさ。馬鹿正直に、二匹ともこの場に連れてくるわけが――――」
「にゃうっ‼ にゃにゃうっ!!」
誘拐犯の恫喝を遮るような、剣呑な場に似つかわしくない、かわいらしい鳴き声が響いた。
(鳴き声が二回……。つまり計画通り、ニニは無事逃げたようね)
コーデリアは胸を撫でおろした。
これで遠慮なく、誘拐犯たちに立ち向かえそうだ。
「このっ! 水差しやがって!! おまえは黙っとけ!!」
苛つきも露に、誘拐犯が檻を殴りつける。
耳障りな音が響き、コーデリアは眉をしかめた。
「やめて。その子に失礼よ」
「はっ!! 失礼? ずいぶんとお猫様に、首ったけなんだな?」
馬鹿にしたように、誘拐犯がコーデリアを見下す。
「『コーデリアは二匹の猫をかわいがっている』と聞いていたが、本当だったみたいだな。まさか、たかが猫ごときのために、一人でこの場にやってくるとは驚きだよ」
「………もし、私がニニを見捨てて、誘拐された事実を公にして糾弾したら、どうするつもりだったのよ?」
「どうにもなるわけないだろう? たかが猫の1、2匹誘拐されたところで、どうでもいいことだからな」
「…………」
誘拐犯が言うことは、ある意味もっともだった。
個人の好き嫌いは置いておけば、この国では法的に、猫は「もの」扱いされている。
誘拐や虐待を行ったところで、人間相手に行うのとはまるで罪の重さが異なっている。
(フェミナ殿下から脅迫状が来た、と私が騒いだところで、『子供のイタズラ』『猫が気まぐれにいなくなったのに便乗しただけで、フェミナ殿下は誘拐してない』と判断される可能性も高いものね)
悔しいが、他人からしたら『しょせん猫』と、まともに取り扱われないに違いない。
獣人が多く住まうヴォルフヴァルト王国でもない限り、もの扱いされて終わりだった。
(向こうも本来は、私への嫌がらせと……見せしめのために誘拐したんでしょうね)
今回誘拐したのは猫だけだが、次はどうなるかわかっているな?
という脅しのために、彼らはニニを誘拐したに違いない。
腹立たしいが、誘拐計画を事前に察知したコーデリア達は、逆に相手を罠にかけることにしたのだ。
(レオンハルト殿下から、ニニの誘拐計画と、対処方法を聞かされた時は驚いたわ)
レオンハルトは決して、妹のフェミナを放置しているわけでは無かった。
妹やその周辺に探りを入れた結果、コーデリアへの嫌がらせのため、ニニの誘拐が計画されていることを掴んだのだ。
『ニニの誘拐計画を潰すのは簡単だが……。今回のを潰しても、また別の時にニニや、コーデリアに親しい使用人が誘拐される危険がある。ならば今回は、あえて途中までは誘拐計画が上手くいっているように思わせ、動かない証拠を掴みたいんだ。具体的には――――』
レオンハルトの提案に、『それでニニの安全が保障され、相手を追い詰められるなら』と、コーデリアも協力することにした。
(そのために、殿下には私の飼い猫のフリをしてもらうことになったのだけど……)
王子であるレオンハルトを飼い猫扱いしてくれと言われて、軽く目まいを感じたのを覚えている。
レオンハルトは気にしていないようだったが、コーデリアとしては恐れ多い限りだ。
(仔獅子の姿とはいえ、妹であるフェミナ殿下に撫でられて良いのかも心配だったけど……)
結果大きな問題も無く、レオンハルトは猫のフリを完遂していた。
本物の猫と比べれば、耳は丸く手足は太く、顔立ちも異なっているけれど。
『南方大陸からやってきた珍しい種類の猫です』という言い訳に疑問は持たれなかったようだ。
(南方大陸さまさまね……)
40年ほど前、新航路が発見された南方大陸からは、種々の香辛料など、こちらの大陸では珍しい品々が持ち込まれている。
鱗馬と呼ばれる、馬ほどの大きさの騎乗用のトカゲなど、こちらの大陸には生息しない、様々な動植物もやってきていた。
貴族の間では、そういった珍奇な生物を飼うことがステータスにもなっているため、仔獅子姿のレオンハルトも、猫の一種だとすんなり受け入れられたようだった。
(フェミナ殿下が、こちらの屋敷を訪れるという情報を掴んだ時、レオンハルト殿下は仔獅子姿で、私の飼い猫のフリをしてくれたわ)
おかげでフェミナ達は、コーデリアがニニと仔獅子の二匹を飼い愛でていると誤解し、二匹一緒に誘拐することにしたらしい。
コーデリアはジストの屋敷に行き自邸を空けるとフェミナに知らせてやり、あえてその日、自邸の警備を緩くしておいたのだ。
おかげで誘拐犯はこちらの読み通り、二匹を一緒にさらっていくことになった。
あとはレオンハルトが時機を見て、炎を操りニニの檻の鍵を壊し、無事逃がしたのだ。
(ニニとレオンハルト殿下は、だいぶ仲良くなっていたものね……)
顔を合わせた当初は、異質な仔獅子に怯えていたニニ。
だが、仔獅子に害意が無いことが理解してからは打ち解けていた。
レオンハルトの方も、仔獅子の姿の時はある程度、猫であるニニと意思の疎通が取れるらしい。
今日もニニに対して、『檻を壊すから、この建物の近くの木の上に隠れていてくれ』と言い聞かせ、ちゃんと逃がせたようだった。
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次話は明日、月曜の昼に更新予定です。