妹君が待ち構えているようです
「使用人を上手く働かせることができるのは、れっきとした貴族としての才覚だ。コーデリア、おまえは自分が思うよりずっと優秀だし、立派にやっているよ」
「……ありがとう。でも……」
ジストに褒められるのは、嬉しい。
嬉しいけど、勘違いしてはいけない。
(レオンハルト殿下や、高位貴族の方々と比べたら、私は足りないところばかりよ)
本音を言えばコーデリアは、こと自分の実務能力について、それなりに自信を持っていた。
……しかしそれも、あくまで伯爵令嬢としては、だった。
レオンハルトの婚約者となり、国政の中枢人物に関わるにつれ、コーデリアのちっぽけな自信はぐらついている。
伯爵家の令嬢であれば自領の周辺と国内政治、そしてある程度の外交事情を押さえていればそれでよかった。
しかし一国の王太子妃としては、まだまだ知識も教養も経験も、何もかも不足している。
(レオンハルト殿下は幼い頃は寝込みがちで、今だって先祖返りという事情を抱えているのに、私よりずっと優秀でいらっしゃるわ)
博識な彼と話すのは楽しいが、同時に焦燥感が消せなかった。
彼の隣に立つに足る能力が資格が、本当に自分にはあるのだろうか?
消せない焦燥感が、コーデリアの胸の底にわだかまっていた。
(レオンハルト殿下だけじゃないわ。エルトリアの王太子の婚約者、レティーシア様は私より年下だけど、隣国のこちらにも評判が届く程、優秀であられると聞くわ)
血筋も能力も申し分ない彼や彼女らと比べれば、コーデリアには足りないものが多すぎる。
レオンハルトは優しいから、コーデリアを責めることは無いけれど。
いつかあの翡翠の瞳に、失意の目を向けられたらと思うと、胸が軋むのが止められなかった。
「コーデリア、おまえの考えているだろうことはわかるが――――」
「コーデリアお嬢様、失礼いたします」
気づかわしげなジストの声を遮り、使用人が飛び込んでくる。
普段は寡黙で気が利く使用人が、今は慌てた様子だ。
「どうしたのかしら?」
「誘拐です! ニニ達が誘拐されました!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「フェミナ殿下、ついにやらかしましたね」
街道をゆく馬車の中で、ぽつりと。
侍女が苦々し気に、呟きを漏らした。
ニニ達の誘拐の報を受け、王都の伯爵邸へとトンボ帰りしているところだ。
「嫌がらせの数々を大事にしないよう、コーデリア様が大目に見ていたのに、恩を仇で返すなんて……」
軽蔑いたしました、と。
声にならない、侍女の声が聞こえるようだった。
王族への不敬にあたるため言葉にはしていないが、跳ね上がった眉の角度が、侍女の怒りを雄弁に語っている。
「怒らないで。フェミナ殿下にも、色々と事情があるのよ」
「相手がレオンハルト殿下の妹君だからといって、コーデリア様は遠慮しすぎです。その優しいお心は素晴らしいと思いますが……」
「……私は別に、優しくなんかないわ」
侍女をなだめていると、やがて馬車の振動が弱まっていく。
「どうしたの? まだ屋敷の馬車どまりまで、もう少しあるわよね?」
御者席へ向かい声をかけると。
「フェミナ殿下の馬車があります。屋敷の中で、こちらを待ち構えているようです」
困惑半分、怒り半分の御者の声が返ってくる。
コーデリアは窓から外の様子を確認すると、馬車を止め屋敷の中へ入った。
「フェミナ殿下、ごきげんよう」
声をかけるとびくりと、フェミナの肩が跳ね上がる。
「……」
「ニニ達を誘拐して、何がしたいんですか?」
「っ……!!」
目を見つめて問いかけるも、視線をそらされてしまった。
「……あなたのせいよ!! あなたがいつまでも、お兄様の婚約者の座にしがみつくからっ!!」
「だから、ニニ達を酷い目にあわせても構わないと?」
「……っ……」
コーデリアに叱責され青ざめながらも、フェミナは考えを曲げる気は無いようだ。
「……あなたがお兄様の婚約者の座を降りれば、ニニ達も無事に帰ってくるわ。さっさと諦めなさいよ」
震える声で言い残すと、フェミナは従者と共に、道路脇に停めていた馬車に乗り込んだ。
馬車の後ろ姿が小さくなるのを見届けると、コーデリアはため息をつき屋敷へと入った。
「申し訳ありません、コーデリアお嬢様。フェミナ殿下の手のものに、ニニ達をさらわれてしまいました」
「ニニ達がさらわれてから、どれくらい経っているの?」
「まだ半日ほどです。明け方の、警備の交代で手薄になっている時間帯に忍び込まれたようです。ニニ達の寝床に、こちらの手紙が遺されていました」
手渡された手紙に目を通す。
『ニニ達を返してほしければ、今日の夜、指定の場所に1人で来るように』
という怪しさにあふれた、ある意味わかりやすい文面だった。
「卑怯です。ニニ達の命を盾に取るなんて……!」
侍女が唇を噛みしめている。
コーデリア付きの侍女である彼女は、コーデリアがニニをかわいがっていることをよく知っていた。
侍女本人も、ニニに餌をやっていることもあり、誘拐犯が許せないようだ。
「……心配しないで。ニニはちゃんと、私が連れて帰ってくるわ」
「コーデリア様っ⁉」
侍女が目をみはった。
「そんなまさか、手紙の指示に従うおつもりですか⁉」
「そうするつもりよ」
「危険ですおやめください!! どう見てもこれは罠です!! コーデリアお嬢様が、ニニ達をかわいがっているのは存じ上げていますがっ、一人で誘拐犯の元へ向かうなんて無謀です!!」
侍女の言うことはもっともだ。
主の機嫌を損ねることも恐れず、コーデリアを押しとどめようしている。
「どうしても行くというなら、私がほろを被って、コーデリアお嬢様のフリをして行かせていただきます!!」
「大丈夫よ。私に任せて。だって、一人じゃないのだから」
「……えっ?」
「この件についてはひそかに、レオンハルト殿下が動いてらっしゃるもの」
――――だからこそコーデリアも、慌てずにいられるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次話は明日、日曜の昼に更新予定です。