贈り物が届きました
「コーデリア様、今よろしいでしょうか?」
「えぇ、大丈夫よ」
自室で書類に目を通していたコーデリアが答えると、侍女が礼をして入室してきた。
手にはピンクと白の化粧紙で包装された、綺麗な箱を抱えている。
「贈り物とお手紙が届いています」
「どなたからかしら?」
そう問い返しつつも、コーデリアにはうっすらと贈り主の予想がついていた。
「差出人は、レオンハルト殿下となっています」
「そう……」
予想的中だ。
愛しい婚約者からの贈り物に、しかしコーデリアの顔は晴れなかった。
「手紙を見せてもらえるかしら? 箱の方はとりあえず、そこの机に箱を置いておいてちょうだい」
「承知いたしました」
手渡されたのはこれまた淡いピンク色の、かわいらしい封筒だ。
コーデリアが文面に目を通していると、がさりと音が鳴った。
発生源は机の上、箱の中からのようだ。
「コーデリア様、これはもしや今回も……?」
「……たぶん、そうだと思うわ」
コーデリアはため息をつくと、箱を抱え立ち上がった。
庭に面した吐き出し窓へと箱の上面を向け、そっと蓋に手をかける。
広がっていく隙間から――――
「げろっ?」
緑色の影が飛び出した。
窓から庭の芝生へと降り立ち、ぴょこぴょこと跳ねまわっている。
「今日はカエルね」
1匹、2匹、3匹―――――。
何匹ものカエルが、次々に転がり出してきた。
蓋の隙間から差し込んだ光に、動きが活発になったのかもしれない。
箱をさかさまにすると、ひらりと紙片が舞い落ちる。
「失礼いたします」
侍女がしゃがみ込み、素早く紙片を手に取った。
「なんて書かれているの?」
「『あなたにぴったりの贈り物を贈ってあげたわ。驚いたかしら?』だそうです」
いやがらせのための贈り物だ。
差出人は当然、レオンハルトではありえなかった。
(……犯人も色々と、詰めが甘いのよね)
コーデリアは窓の外を眺めた。
緑色のカエルたちが、自由を満喫するように跳ねまわっている。
カエルたちに罪はない。
そう思い見ていると、庭の外れ、境界である生け垣の向こうが騒がしくなる
「きゃあぁっ⁉ なんでカエルがこっちにくるのよ⁉ いやぁぁぁーーーーっ!!」
生け垣の隙間から、金の髪が躍るのが見えたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うっ、ひっく、なんで、こっちに向かってくるのよぉ……」
生け垣の影では、フェミナが涙目になっていた。
近くをカエルが跳ねるたび、小さく悲鳴を上げ従者にしがみついている。
よっぽどカエルが苦手なのか、コーデリアの接近にも気づかないようだ。
「ほら、あっちへ行きなさい。ここに居ても、何もいいことはないわ」
カエルを追い立て、フェミナから遠ざけてやった。
「フェミナ殿下、落ち着いてください。もうカエルはいなくなりました」
「本当っ⁉」
フェミナは恐る恐る周りを見回すと、ようやく安心したようだ。
「よかった……。ありが、っ!!」
緩んだ顔を引き締める、フェミナが睨みつけてくる。
「コーデリアっ!! なんであなたが、私を助けるのよっ⁉」
「カエルを怖がられていたからです」
「し、失礼ねっ!! 怖がってなんかないわよ!!」
フェミナが噛みつくが、涙目ではまるで説得力が無かった。
本人もそれがよくわかっているのか、顔が赤くなっていく。
「あぁもうどうしてそうなるのっ⁉ むしろあなたが怖がりなさいよ! 少しは驚きなさいよ!! いきなり箱から、カエルが飛び出してきたのよ⁉」
「開ける前から、予想はついていましたから……」
コーデリアは苦笑を浮かべた。
がさりと音がしていたし、そもそもの話、箱の見た目からして怪しかったのだ。
(あのピンクと白の包装紙は、ちょっとかわいらしすぎたのよね)
コーデリアは青やえんじ色といった色の方が好きだ。
レオンハルトもそれは知っていたし、彼からの本物の贈り物は、落ち着いた色合いでまとめられていた。
今日届けられた箱はフェミナのような、まだ幼い少女が喜びそうな包装だったのだ。
疑って手紙を見れば、レオンハルトの筆跡に似せてはいたが、別物だとはっきり確信できた。
(箱の中身がカエルだったのも、それだけフェミナ殿下が、カエルが嫌いだからでしょうね)
自分が贈られたら嫌なものを、自分が好ましいと思う包装を施し送り付ける。
フェミナ自ら、いやがらせの準備をしたに違いない。
同じようなやり方で既に数度、コーデリアは嫌がらせを受けていた。
(……もっとも今日の贈り物が、レオンハルト殿下からじゃないとわかった一番の理由は、別にあるわけだけど……)
自室を一瞥すると、コーデリアはフェミナへと視線を戻した。
「フェミナ殿下、あいにくですが私は、カエルは怖くありません。嫌がらせをするにせよ、生き物を使って、命を粗末に扱うのはおやめください」
「……どうしてあなたに、そんなこと説教されないといけないのよ」
「でしたら、私以外の人間から注意される方がよろしいのですか?」
「……っ……」
フェミナが黙り込む。
他愛もないイタズラとも言える、ちょっとした嫌がらせとはいえ、彼女は兄王子であるレオンハルトの名前を騙り贈り物をしているのだ。
大事になればどうなるか、理解できているようだった。
(自分がやっているのが悪いことである、という自覚はあるのよね)
ならば嫌がらせなどやめて欲しいが、そう上手くもいかないようだ。
「あなた以外に、こんなことしないわよ」
顔を反らしながら、フェミナがぽつりと呟いた。
小さな拳が、強く握り込まれている。
「お兄様との婚約を、さっさと解消しなさいよ。……そうすれば私だって、嫌がらせをやめてあげるわ」
「それはできません」
コーデリアはきっぱりと断った。
フェミナの思い、抱える感情。
いくらか想像がついたし、理解することもできるけれど。
だからと言って、彼女の要求を受け入れることはできなかった。
「っ……!!」
唇を噛み、涙をこらえるフェミナに、コーデリアは微笑みかけた。
「フェミナ殿下、泣かないでください。ニニもきっと、そう言っていますわ」
「……ニニ……」
するり、と。
フェミナの足元に、ニニが体をすり寄せている。
ニニは優しい。フェミナを心配しているようだ。
「にゃう?」
「………」
無言でニニを撫でるうちに、フェミナの涙が引っ込んでいく。
子供らしく、気持ちの浮き沈みが早いようだった。
「フェミナ殿下、よかったらこちらの屋敷で、お茶をしていかれませんか? そちらの方が、ニニ達も喜ぶと思います」
「……仕方ないわね」
コーデリアから視線を外しながらも、フェミナはしっかりと頷いた。
「あなたの家に、嫌がらせの準備のためにお邪魔してあげるわ」
猫を可愛がるためなんかじゃないからね、と。
言い訳をするように呟いて、フェミナはニニを抱え屋敷へと向かったのだった。
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