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殿下は妹君とお話しする


「みゃみゃぅ……」

 

 切なげな声が、仔獅子姿のレオンハルトから漏れ出した。

 王都を、四本の足で駆けている。

 が、気を抜くと足が止まり、コーデリアの屋敷へ引き返しそうになってしまう。


(コーデリア……)


 十日ぶりに会った彼女は、とてもかわいらしかった。

 礼儀正しく浮かべられた微笑みに、ふとした瞬間柔らかさがのぞく。

 清冽な冬の朝にほころぶ、花の香りをかいだようだ。

 ほころぶ唇は赤く、色づく頬は林檎のようで、レオンハルトを釘付けにしてやまなかった。


 コーデリアに惹かれるのは今日に始まったことではないが、今日はニニもいた。

 ニニを見るコーデリアの横顔が優しくて。

 嫉妬と愛おしさが、とめどなく湧きあがり止まらなかった。


(……でも、まだ駄目だ)


 コーデリアのことを思えばこそ。

 今は先にやるべきことがあった。

 

 立太子をつつがなく終えるための準備。

 コーデリアを正式な婚約者とするための、手続きや根回し。

 領地の管理に配下の人間のとりまとめ……。

 

 レオンハルトは多忙を極めていた。

 加えて、フェミナの嫌がらせの件だ。

 兄として一度、彼女と話をする必要があった。


 もう間もなく、フェミナも住まう王宮が見えてくるはずだ。

 王宮はぐるりと錬鉄製の柵に囲まれている。

 あちらこちらに衛兵が立ち、幾重にも警備が敷かれている。

 

 が、それは、人間に対する布陣だ。

 仔獅子の大きさは猫とほぼ同じ。

 よいしょよいしょ、と。

 柵の間に体を突っ込み、するりと王宮へと帰還する。

 

 出てきた時も、仔獅子の姿で抜け出してきているから、こっそり入っても問題なかった。

 コーデリアに会うために、王宮を抜け出すのも慣れたものだ。

 巡回する衛兵の目を避け、王宮庭園の片隅で人の姿へと戻る。何食わぬ顔で、レオンハルトは二本の足で歩きだした。


(フェミナも、もう王宮に帰っているはずだ)


 ライオルベルンの王宮は、いくつかの区域に分けられている。

 区域ごとに入れる人間が制限されて、果たす役割が違った。

 官僚が集い政務を行う外宮。謁見の間のある大広間。そして王族の寝起きする内宮など、数十の建物と数百の部屋が構えられているのだ。

 

 精緻な彫刻で飾られた建物を、石の敷き詰められた道が繋いでいる。

 レオンハルトは速足で内宮へと向かった。

 内宮は王族の生活の場であり、もっとも奥まった場所に位置している。

 王の暮らす建物を中心に、第一王妃、第二王妃、第三王妃、と。

 それぞれの王妃と子供たちが、別々の建物で日々を過ごしているのだ。


 フェミナの母、第三王妃の住まう棟が見えてきたところで、レオンハルトは足を速めた。

 フェミナだ。

 どこか寄り道をしたのか、ちょうど馬車を降りるところだ。

 近づき声をかけると、


「お兄様っ⁉」


 フェミナが目をみはった。

 驚き、そして喜び。ドレスの裾をつかみ駆け寄ってきた。


「お久しぶりお兄様っ!! 嬉しい!! 今日のお仕事は終わったの?」


 そわそわと、フェミナが頭を近づけてくる。

 撫でて欲しいのだ。

 しかしレオンハルトは手を伸ばさず、フェミナは目をまたたかせた。


「お兄様?」

「俺も嬉しいよ。……だが、フェミナは今日、何をしてたんだ?」

「……っ!!」


 一転、フェミナが表情を曇らせ俯く。

 地面へと視線を落とし、レオンハルトを見ないようにしている。


「……コーデリアの屋敷に……嫌がらせに行っていました」

「それが悪いことだと、わかっているんだな?」


 レオンハルトの声は静かだが、言い逃れを許さない響きがあった。

 フェミナは肩を跳ね上げ、しかし黙り込んだままだ。

 身長差があるため、うつむいた表情はレオンハルトには見えなかった。


「ここ最近俺は忙しくて、フェミナを構ってやれなかった。だがその不満を、コーデリアにぶつけるのは間違っていると、そう理解できるだろう?」

「っ……!!」


 フェミナは明るい妹だ。

 少なくともレオンハルトが知る限り、他人に当たり散らす性格ではなかった。

 レオンハルトはしゃがみ込み、そっとフェミナと視線をあわせた。


「悪いことをしたら、きちんと謝るべきだ。それもわかるよな?」

「でもっ……!!」


 頑なに、フェミナは頷こうとしなかった。

 レオンハルトがコーデリアと婚約を結ぶことをまだ、受け入れられないのかもしれない。 

 

 フェミナはまだ十歳。兄であるレオンハルトに、甘えたい年頃だった。

 ただ道理を言って聞かせても、心がついていかないようだ。


「……すぐには納得できないかもしれないが、コーデリアへの嫌がらせは止めるんだ。父上とフェミナの母上にも、フェミナが勝手にコーデリアの元へ向かわないよう注意させ――――」

「駄目ッ!!」


 悲鳴があがった。

 フェミナの顔が跳ね上がる。

 

「嫌よっ!! お母さまを巻き込まないで!! 私は、私が、コーデリアをいびるって決めたもの!!」 


 一息で言い切ると、フェミナは逃げるように走り去っていく。


「フェミナ……」


 追いつくのはたやすいが、レオンハルトはしばし考え込んだ。

 小さくなるフェミナの背中を、目を細め見つめたのだった。

 

お読みいただきありがとうございます。


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