兄弟仲が良いのは良いことです
引っ越し作業で投稿が遅れ申し訳ありませんでした。
ある程度書き溜められたので、投稿を再開しますね。
「ってちょっと待ちなさいよ!! なんでそうなるの⁉ 私、あなたをいびりに来たのよ⁉」
フェミナが叫んだ。
玄関へ向かっていた足を止め、コーデリアへと詰め寄ってくる。
(このままお帰りになってくれたらよかったのだけど……。やっぱり、そこまで上手くはいかないわね)
フェミナがこの屋敷にやってきたのは、コーデリアをいびるため……らしい。
いわば、喧嘩を売られたようなもの。
だがコーデリアとしては、フェミナと険悪になりたくはなかった。
(……フェミナ殿下だって、本気で私を憎んでいるようには見えなかったし……)
なのでコーデリアはフェミナをおだて話を逸らすことで、うやむやにしようとしたのだ。
途中までは目論見通りだったが、さすがに誤魔化しきれないようだった。
「私はいびりにきたって、あなたも聞いてたわよね⁉」
「はい。お聞きしました」
「ならどうして、私を和やかに迎え入れたのよ⁉」
「フェミナ殿下が、私にとって大切なお方だからです」
「……どういうこと? 私が王族だから、媚を売ってるつもりなの?」
「レオンハルト殿下の妹君だからです。レオンハルト殿下が慈しんでおられるフェミナ殿下は、私にとっても大切なお方になります」
王族や貴族の場合、兄弟姉妹とは不仲か、疎遠になることが多かった。
だからこそ王族であり異母兄弟でありながら、仲の良いレオンハルトとフェミナの関係は貴重だ。
自分が原因で、二人の関係を壊したくなかった。
「何よ、それ……。あなた、同腹の妹と喧嘩したんでしょう? なのにどうして今更、他人の兄弟関係に気を遣うのよ?」
「私の姉妹関係が上手くいかなかったからこそ、です。私と妹のように嫌いあう関係に、フェミナ殿下たちにはなって欲しくありません。慕うことのできる肉親の存在は、得難いものだと思いますから」
「……そう。あなたも大変だったのね」
フェミナが顔をうつむける。
彼女にはレオンハルト以外に、何人もの異母兄弟がいる。
なにかしら兄弟関係で悩み、苦労してきたようだ。
「……今日のところは帰ってあげるわ。感謝しなさい」
しんみりとしたフェミナに、これ以上居座る気は無くなったようだ。
言い捨てると、そそくさと出て行ってしまった。
(……とりあえず、今日のところはどうにかなったようだけど)
フェミナはまだ、嫌がらせを諦めていないようだ。
兄を取られまいと嫉妬する10歳の妹。
だが王女でもある。放っておくこともできなかった。
(一度、レオンハルト殿下に会って相談したいところだけど……)
立太子を控え、レオンハルトはとても忙しくしている。
いたずらに、彼の手を煩わせたくは無い。
どう動けば、できるだけ彼に負担をかけずフェミナの件を解決できるだろうか?
コーデリアは自室の長椅子に座り、ニニを撫でながら考え込んだ。
「にゃっ!!」
「ニニ?」
膝の上から、ニニが弾かれたように飛び降りた。
勢いよく、庭に面した窓へと走り寄っていく。
白い尻尾が、ぶわりと逆立ちふくらんでいる。
(どうしたのかしら……?)
ニニは穏やかな性格の猫だ。
こうも警戒心を表すのは珍しかった。
コーデリアが慎重に、窓の向こうを観察していると、
「……殿下?」
金色の仔獅子、レオンハルトが姿を現した。
肉球でぽふぽふと、軽く窓枠をつっついている。
コーデリアは立ち上がり、慌てて窓へと駆け寄った。
「今開けます。どうぞこちらへ」
「ぎゃうっ!!」
仔獅子が勢いよく飛び込んでくる。
コーデリアのドレスに体をすり寄せる、仔獅子の全身が淡く光った。
次の瞬間にはジェストコールを身にまとった、レオンハルトがその場に立っている。
「殿下、いらっしゃいませ。今日は政務があられたはずで――わっ!?」
コーデリアの体が、強い力で引き寄せられた。
気づけばしっかりと、レオンハルトに抱きしめられていた。
胸板に顔が当たる。髪にレオンハルトの吐息がかかった。
伝わってくる体温と感触に、コーデリアは手足をばたつかせた。
「で、殿下っ⁉ いきなりどうされたのですか⁉」
「……もう少しだけ、このままでいさせてくれ」
「ですが……」
「十日以上、君に会えなかったんだ」
低くかすれた声が、コーデリアの耳をくすぐった。
声が吐息が、触れた箇所が熱くなっていく。
コーデリアは顔を赤らめ、レオンハルトを見上げた。
「……私も、殿下にとてもお会いしたかったです」
「コーデリア……」
背中に回された腕の力が強くなった。
力強くも優しく、コーデリアを腕の中に閉じ込めている。
レオンハルトの翡翠の瞳は蕩け、だが同時に、どう猛な光を宿しているようだ。
「嬉しいことを言ってくれるな……。このままだと、我慢できなくなりそうだ」
「殿下……」
何を、我慢できなくなるのだろうか?
疑問と熱に、くらりと頭が回った。
コーデリアの姿を映し込んだレオンハルトの瞳が、すいと細められていき――
「ふぎゃうっ!!」
ニニの鳴き声に、コーデリアは我に返った。
毛を逆立てたニニが、レオンハルトを睨みつけている。
コーデリアがレオンハルトに拘束され、襲われているように見えたのかもしれない。
「……驚かせてしまったみたいだな」
苦笑する気配と共に、レオンハルトの体が離れた。
安堵し、どこか寂しく思いつつも。
コーデリアはニニへとしゃがみこんだ。
「ニニ、大丈夫よ。殿下は悪いお方じゃないわ」
「みゃうみゃうみゃ……」
飼い主であるコーデリアの声に、ニニも少し落ち着いたようだ。
しかし完全には警戒心を解かず、レオンハルトの動きをうかがっている。
(どうしたのかしら……?)
ニニは基本、人懐っこい猫だ。
過去のプリシラの仕打ちが原因で、プリシラや彼女に似た人間は苦手だが、それ以外の相手を拒絶することはなかった。
(殿下に、何か気になることでもあるのかしら?)
そっと、レオンハルトの姿を観察する。
深い青色のジェストコールを着こなし、すらりと姿勢よく立っている。
金の髪はまばゆく、通った鼻筋に、形の良い眉。
切れ長の翠の瞳と目が合い、優しく微笑まれてしまった。
(殿下は、今日も変わりなく美しいわ……)
思わず見とれかけ、コーデリアは視線を引きはがした。
誰か一人の顔をまじまじと見るなんて、今までは無かったことだ。
鼓動を落ち着かせていると、レオンハルトがニニを見やった。
「すまない。その猫の態度は、完全に俺のせいだ」
レオンハルトが苦笑をこぼした。
「猫や犬というのは、人間よりずっと敏感なところがあるだろう?」
「……殿下を、怖がっているのですか?」
「たまに、こういうことがあるんだ。蛇の先祖返りのヘイルートほどでは無いが、俺も犬猫には、過剰に反応されることがある」
言われてみれば、納得かもしれない。
獣人は存在しているが、獣と人の姿に自由に変化できるような種族はいないのだ。
ニニからしたらレオンハルトは未知の存在で、警戒対象のようだった。