ある意味ほほえましいです
「うにゃうにゃ……」
切なげなニニの鳴き声に後ろ髪を引かれながらも、コーデリアは執事と共に歩き出した。
(フェミナ殿下……。どんなお方なのかしら)
10歳の彼女と、間近で顔を合わせるのは初めてだ。
レオンハルトとの兄妹仲は良いらしいが……。
彼から直接、フェミナについて聞いたことは数えるほどしかない。
つい先日まで、コーデリアが妹との関係に悩まされていたこともあり、レオンハルトが気を使ってか、兄弟姉妹の話題を出そうとしなかったからだ。
(殿下と仲が良いのなら、悪い方では無いと思うのだけど……)
ならばどうして、先ぶれも無く訪問してきたのかがわからなかった。
非礼を押してまで訪問せざるを得ない程の、緊急の要件なのだろうか?
少し不安になったが、表情には極力出さないようにする。
執事が扉を開ければ、そこはもう玄関ホールだ。
ドレスの裾を掴み、頭を下げ王族への礼をする。
「ふーん、あなたがコーデリアね?」
「はい。コーデリア・グーエンバーグです。フェミナ殿下にお会いできて光栄です」
顔を上げ、失礼にならない程度にフェミナを見た。
(かわいらしいお方ね)
淡い金の髪は柔らかで、瞳は明るい水色。
小づくりな鼻は形良く、ほんのりと赤い頬が愛らしい。
ふんだんにリボンとレースの使われたドレスの良く似合う、美しい姫君だった。
「フェミナ殿下、本日はどのようなご用件で、こちらにいらっしゃったのでしょうか?」
「ふふ、聞いて驚きなさい。私が来たのは……猫?」
「……?」
フェミナの視線はコーデリアを素通りし、その背後へと向かっている。
(何を見て……?)
コーデリアはそっと後ろを振り返った。
先ほどくぐってきた扉の足元に、ニニが座っている。
コーデリアを追いかけやってきたようだ。
ふわふわとした尾を揺らすニニに、フェミナは釘付けになっている。
「フェミナ殿下は、猫がお好きなのですか? 良かったら、少し撫でてみますか?」
「え、いいの? 嬉しい! ……じゃなくて‼ 違うわ!! 私は猫を撫でるために来たんじゃないわ!!」
ぱあっと表情が輝き、続いて眉が寄せられる。
表情の変化の大きい、まだまだ子供らしい性格のようだとコーデリアが思っていると、フェミナがびしりとこちらを指さした。
「私はいびりにやってきたのよ!!」
「……私のことを?」
「もちろん‼ あなたがレオンハルトお兄様の婚約者の座を諦めるまでいびっていびっていびりまくるわ!!」
「………もしや、先ぶれもない訪問も、いびりの一環なのでしょうか?」
「そうよその通りよ!! こうして指さすのも失礼で、とても立派ないびりでしょう⁉」
「立派ないびりかどうかはわかりませんが、無暗に姫君らしくない失礼な振る舞いを繰り返しては、フェミナ殿下の評判が下がるのでおやめください」
「そ、それもそうね!! 気を付けるわ!!」
フェミナがフンっと顔を反らした。
(素直と言うべきか、ズレていると言うべきなのか……)
どちらにしろフェミナは他人へのいびり、嫌がらせの類はあまり得意では無さそうだ。
「あなたが、レオンハルトお兄様の婚約者になるのを諦めればそれでいいのよ。お兄様は私のお兄様なんだもの」
「……フェミナ殿下は、レオンハルト殿下のことが大好きなんですね」
「えぇそうよ!! レオンハルトお兄様は渡さないわ!!」
フェミナの大きな水色の瞳が、きっとコーデリアを睨みつける。
(私に、殿下を取られると思い込んでいるのね)
ある意味ほほえましい行動だ。
コーデリアはふっと唇を緩めた。
プリシラとの姉妹仲が冷え切っていたコーデリアと違い、レオンハルトは妹に、ずいぶんと慕われているようだった。
「……フェミナ殿下のお気持ち、少しわかるかもしれません」
「えっ? いきなり何よ?」
「レオンハルト殿下は優しく立派なお方でしょう? フェミナ殿下にとっても、自慢のお兄様なんだと思います」
レオンハルトを褒めると、フェミナが嬉しそうにした。
……ここで、「お兄様について知った風な口を聞かないで」などと言い出さないあたり、やはり悪い子では無さそうだ。
「当たり前よ。レオンハルトお兄様は新しい詩を覚えたら一緒に喜んで、頭を撫でてくれるわ」
「いいですね。羨ましいです」
「ふふふ、そうでしょうそうでしょう? レオンハルトお兄様、私にはいつも優しくしてくれるもの!!」
「それだけ、フェミナ殿下のことが大切なんでしょうね。……他にどんなレオンハルト殿下との素敵な思い出があったのか、私に教えてもらえませんか?」
「お兄様との思い出? それだったらやっぱり――――」
身振り手振りを交えながら、フェミナが生き生きと語りだした。
コーデリアが相槌を打ちながら聞き役に徹していると、あっという間に時間が過ぎていく。
「――――レオンハルト殿下のお話をお聞かせいただき、ありがとうございます。ですが、既に陽が傾いてきていますし、また今度、続きを聞かせていただけますか?」
「もう、仕方ないわね。また来るから待っていなさい」
しゃべり疲れたのか、フェミナは踵を返し帰ろうとして、
「ってちょっと待ちなさいよ!! なんでそうなるの⁉ 私、あなたをいびりに来たのよ⁉」