表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/88

思わぬ訪問者が来たようです


「うん、これで完全に、痛みは消えたみたいね」


 右足首をさすりつつ、コーデリアは呟いた。

 ザイードとの一件があってから二十日ほど。

 足首の痛みは、すっかり消え失せたようだった。


(……これでもう、殿下に抱き上げられることも無いはず)


 ここ最近のレオンハルトとのやりとりを思い出し、コーデリアは頬を赤くした。

 足首が痛まないよう、レオンハルトと会うたび、抱き上げられている。

 彼の優しさは嬉しかったけど……やっぱりまだまだコーデリアには、刺激が強くて仕方ない。

 

(これから、私は色々慣れていかなきゃいけないわ……)


 『獅子の聖女』と呼ばれるようになったコーデリアは、レオンハルトと婚約を結ぶ予定だ。

 ザイードの件の後始末や、レオンハルトの立太子で忙しいせいで後回しになっているため、婚約を正式に交わす日取りは決まっていないが、そう遠くない日のはずだった。


(王族の一員になる以上、今まで以上に気合を入れないとね)


 そう頷き、気合を入れたコーデリアだったが、


「にゃー」

「……ニニ」


 足元から聞こえた声に、顔をほころばせた。

 ニニは真っ白で、毛並みの長い猫だ。

 毛先をほわほわとさせながら、コーデリアの足に体を擦り付けていた。


「ニニ、どうしたの? ご飯の時間ならまだだいぶ先よ?」

「にゃっ!!」


 ぽふぽふと、ニニの前足がコーデリアのドレスの裾に押し付けられた。

 爪はきちんとしまわれていて、薄い青の瞳が、期待の光を宿しコーデリアを見上げている。

 その期待に応えるべく、コーデリアはしゃがみこみニニをそっと抱き上げた。

 

 ニニは高齢の猫だ。

 元野良猫のため、正確な年齢はわからないけれど、最低でも12歳以上になる。

 ニニに負担をかけないよう注意しながら、膝の上に静かに乗せてやる。

 ぐんにゃりと温かな感触に、コーデリアは小さく微笑んだ。


(柔らかいわ。……子獅子の姿の殿下とも、少し抱き心地が違うのよね)


 レオンハルトは、獅子の精霊の先祖返りだった。

 鬣の立派な姿や、小さな子獅子の姿に、自由に変化できるのだ。

 子獅子に化けた時は、一見猫のような外見だが……。

 本物の猫と比べると耳が丸く、手足が太く、骨格がしっかりとしたやや硬めの撫で心地だった。


「ぐるるるるるる」


 ニニの背中を撫でてやると、ぐるぐるとのどを鳴らした。

 もっと撫でてと、ふわふわの頭を押し付けてくる。

 飼い主冥利に尽きる姿だった。


(ふふ、こうしてニニと一緒に暮らせる日がまたくるなんて、一年前の私に言っても、信じてくれないでしょうね)


 ニニは幼い頃、コーデリアが拾った猫だ。

 愛情を注ぎ、かわいがり……結果として、妹のプリシラに目を付けられてしまった。

 コーデリアは必死に抵抗したが、両親に無理やり、ニニを奪われてしまったのだ。


 そうしてニニを手に入れたプリシラだったが、彼女は飽き性だった。

 一月もする頃には興味を失い、餌を満足にやることもなく放置だ。


 すっかりやせ細ったニニの姿を、コーデリアは決して忘れたことは無かった。

 プリシラの魔の手が及ばないよう、祖母の知り合いにニニを預けるのが、当時の無力なコーデリアの精一杯だ。


 幸いニニは、新たな飼い主に程なく馴染み、かわいがられ暮らしていたようだった。

 しかし、そんな飼い主も祖母の知り合いだけあって高齢で、つい先日急死してしまったのだ。

 ニニの処遇に悩む遺族と相談し、コーデリアが引き取ることになったのだった。


(少し悩んだけど、ニニは私を覚えていてくれていて、もうプリシラに奪われる心配も無かったものね)


 記憶の大部分を失ったプリシラは、領地の屋敷で父親が面倒を見ている。

 プリシラと、そして母親について、コーデリアはまだ複雑な思いを抱えていたけれど……。

 それでも、ずっとプリシラを中心に回っていた伯爵家が大きく変わったのは、まぎれも無い事実だった。


「にー」

 

 ニニが子猫のような甘い声で鳴き、前足でコーデリアの膝を押している。

 綺麗な水色の瞳がうっとりと細められ、コーデリアに全身で甘えていた。

 

(かわいい……。でも、こうしてまったりニニを可愛がれるのも、きっとあと少しなのよね)


 コーデリアは足の怪我もあり、ここのところ屋敷にいることが多かった。

 何度か王宮に足を運んだし、屋敷でもそれなりに働いていたが、おおむね穏やかな日々だ。

 レオンハルトの正式な婚約者になれば忙しく、今のようにゆったりとニニを可愛がる時間もなくなりそうだ。


(私が失態を犯せば、殿下にも迷惑をかけてしまうわ。しっかりと、隙を見せないようにしないとね)


 コーデリアが、決意も新たにしていると、


「コーデリアお嬢様、来客がいらっしゃったようです」


 執事が、部屋の外から声をかけてきた。


「……どなたかしら? 今日は誰も、来客の予定は無かったはずよね」

「フェミナ殿下です」


 レオンハルトの異母妹、すなわち王族の姫君だ。


(……なぜ、フェミナ殿下がいきなり屋敷に?)


 コーデリアは首を捻った。

 先ぶれも無い訪問は非礼に当たるが、王族とあっては安易に断ることも出来なかった。


「ニニ、ごめんね。撫でるのはまた後ね」

「……みゃう……」


 ニニを膝の上から下すと、コーデリアは玄関へ向かったのだった。


お読みいただきありがとうございます。

続きは明日ないし明後日に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ