――――私は殿下のまたたびです
――――――――レオンハルトに抱えられ、王宮内にある彼の一室へと下ろされた後。
コーデリアは一つ、聞きそびれていた事柄を思い出した。
「そういえば殿下、気になっていたことがあるのですが」
「なんだい?」
「殿下と舞踏会で出会った日、ワインの跳ねた私の手袋を、殿下は持ち帰られましたよね? あの手袋、今どこにありますか? あの程度の汚れなら十分再利用できますし、よかったら返してもらえませんか?」
そもそも、あの手袋をレオンハルトが回収したのは、コーデリアと再会するための口実としてだ。
手袋がその役割を果たした以上、返してもらっても問題ないはずなのだが―――――――
「殿下? なぜ目を反らすんですか?」
「なんのことかな?」
「怪しさがあからさますぎます。捨ててしまわれたんですか?」
「まさか!! 君の手袋だぞ? そんなことするわけないじゃないか」
「なら、返してもらえませんか? それともまさか………」
コーデリアはじっとりとした視線を向けた。
「獅子の姿の時、私に体をすり寄せていたように、手袋に頬ずりでもしてたんじゃないですよね?」
「誤解だ!! 後者はさすがに人としてまずいだろう!?」
「どっちもどっちのような気がしますが………。ではなぜ、手袋を返していただけないんですか?」
「…………またたびだからだ」
「またたび?」
問い返すと、観念したようにレオンハルトが語りだした。
「俺は人と獅子、二つの姿を取れるが、ずっと人の姿のままでいると息が詰まるようで、衝動的に獅子の姿に変化してしまうんだ」
「それを避けるため、定期的に人目の無い場所で、獅子の姿になる必要があったと?」
「だいたいそんなところだ。…………そして君も知っている通り獅子の姿になると、理性の抑えが弱くなるんだ。自室で子獅子の姿になったはずが抜け出して、人の姿に戻ったら城下町にいた、なんてことが何度もあった。だからこそ俺は、たとえ王宮の外で一人になっても最低限自衛できるよう、剣の腕を磨いたんだ」
「ご苦労なさったんですね………」
レオンハルトは剣術の名手だと聞いていたが、まさかそんな裏事情があったとは。
「ヘイルートと出会ってからは、事情を知る彼に、子獅子になった俺の姿を見張ってもらっていたのだが、いつも彼に迷惑をかけ悪いと思っていた。………だから、君からもらった手袋を、またたびとして使わせてもらったんだ」
「………えぇっと、つまり、殿下の私室に私の手袋を置いておけば、獅子の姿になっても、外に出ていかなくなったということですか?」
「そういうことだ。誓って手袋に頬ずりなどしていないと、これを見てもらえばわかるはずだ」
レオンハルトは書物机の引き出しから、小さな箱を取り出した。
箱の中には、見覚えのある手袋が、綺麗に折りたたまれ入っている。
「この箱に鍵をかけておけば、獅子の姿になっても指一本触れられないから安心して欲しい。………手袋を、またたびとして持ち続けることを許して欲しいんだ」
「………またたびとして、ですか」
手袋を返そうとしないまさかの理由に、コーデリアはくすりと笑った。
「だったらやはり、返してください。殿下にはもう、手袋は必要ないはずです」
「必要ない?」
「私がいます。殿下が獅子になった時、私がいればどこにもいかないでしょう?」
だって、私は殿下のまたたびなんですから、と。
そう笑い、レオンハルトを見上げると、
「………あぁ、約束する。もう手放せないんだ」
琥珀の瞳がとろけ、やがて視界いっぱいに広がり、
「必ず幸せにすると誓うよ。だから―――――――」
―――――――――コーデリアの唇へと、レオンハルトの唇が重なったのだった。
これにて第一部終了です。
お付き合いいただきありがとうございました!
この後は番外編を挟み、第二部を投稿していきたいと思います。
コーデリアとレオンハルトたちの日々に、この先もお付き合いいただけたら嬉しいです。
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時間軸としては本作の約二年後にあたり、ヘイルートも登場しています。
狼の先祖帰り、料理作りに獣人やもふもふや魔術など、
こちらと同じよう趣味を詰め込んで書いてますので、そちらも楽しんでいただけたら幸いです。