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そう殿下が決めたなら


「そこを動くな、レオンハルト。貴様を反逆罪の現行犯として捕えさせてもらおう」


 得意げな顔で、姿を現したザイード。

 矢傷を受けうずくまるレオンハルトを庇いながら、コーデリアは反論の声をあげる。


「ザイード殿下、いきなり何を仰るのですか? レオンハルト殿下が、なんの罪を犯したというのですか⁉」

「ふん、馬鹿め。おまえはここがどこなのか、わかっていないのか?」

「ここは………」

「惚けるつもりか? ならば言ってやろう。ここは国家事業である新運河へと水を運ぶ、水道橋の要になる部分だ。そしてそこにある屋敷は、水道橋の管理要員のための宿泊施設になる予定の建物だ」


 林の中に都合よく無人の屋敷があるなとは思ったが、そういう理由だったのか。


「コーデリア、そしてレオンハルト。貴様ら二人は新運河の使用を阻むべく、水道橋を破壊しようとしたんだろう? でなければこんな林の中に、二人で足を伸ばす理由も無いからな」

「言いがかりです。なぜ私たちが、水道橋を壊す必要があるんですか?」

「水道橋に水が通り新運河が稼働すれば、俺を支持する公爵たちが潤うからだ。貴様ら二人は俺の力を削ぐためだけに、卑劣にも水道橋の破壊工作に乗り出したんだろう? それは国家への反逆、まぎれも無い裏切りだ」


 断罪を告げるザイードを守るように、兵士たちがこちらへと槍を向けている。

 そして兵士たちの背後から、見慣れた影が姿を現した。


「トパック………!!」

「僕は見ました。そこにいるコーデリアとレオンハルト殿下が、水道橋にこれと同じ、爆発を引き起こす紋章具を仕掛けているのを、確かに見たんです………」


 トパックが手にしているのは、魔術師でなくとも魔術が扱える道具、紋章具だ。

 紋章具としては一般的な、両手で抱える程の大きさの鉄版型だが、当然コーデリアに見覚えは無かった。


「偽証です。トパックはザイード殿下にそそのかされ、嘘の証言をしています」

「嘘つきは貴様の方だろう? このトパックは不審な動きをした貴様を怪しみ後をつけ、俺に知らせてくれた功労者だからな」

「そ、その通りだぞコーデリアっ!! 早く罪を認めた方が罪が軽くなるぞ?」

「……………最低な男だと知っていたけど、更に下へと突き抜けたわね」


 下を向き呟くと、コーデリアは顔を上げた。


「そちらの証人はトパックだけですか? 確かな物証も無く、王子であるレオンハルト殿下を貶めるなど、認められると思っているのですか?」


 コーデリアの指摘に、兵士の一部がざわめいた。


「ザイード殿下、あの女の言葉、一理あるのではないで――――――」

「貴様、王太子である俺に逆らう気か?」 

「そ、そんなつもりはっ!!」

「ならば黙っていろ。………それに証拠なら、あの女自体が何よりの動かぬ証拠だろう?」

「私が?」


 ザイードの目が、酷薄な光を宿し歪んだ。


「妹と違い絶世の美女というわけでも無く、ただの伯爵令嬢にすぎない貴様が、なぜ弟に見初められたと思っている?」

「それは………」


 香りのせい。

 きっかけはまたたび扱いです、と。

 そう告げることも出来ず、思わずいいよどんでしまう。


「答えは簡単だ。弟は貴様に愛を囁き騙すことで、破壊工作の共犯者を獲得したんだ」

「違います! 根も葉もない言いがかりです」

「ではどう説明するつもりだ? 婚約者に四度まで捨てられた貴様が、なぜ王子である弟に気に入られたというんだ?」


 嘲るザイードに、兵士たちがざわめきだした。


「そうか、彼女が四度も婚約者に棄てられたという………」

「それなりに美人だが、気が強そうだからなぁ」

「そんな女を、確かに理由も無くレオンハルト殿下が選ぶわけないな……」

「殿下はお顔がいいから、あの女もあっさりと騙されてしまったに違いない」


 向けられる下世話な視線に、コーデリアは唇を噛んだ。


(まさかこんな形で、プリシラによる婚約破棄が響くなんて………!!)


 反論したいが、レオンハルトの獅子の姿を秘密にしている以上、説得力のある返しが思いつかなかった。


「ふん、ようやく貴様も諦めがついたようだな。しばらくすれば、王都の警備兵も駆けつけるはずだ。それまでは、精々あの屋敷の一室で大人しくしていろ」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 コーデリアは手足を縛られ放りこまれ、先ほど脱出した屋敷へと逆戻りした。


「殿下、意識はありますか………?」


 レオンハルトもまた手足を戒められていたが、さすがに兵士たちも王子である彼を粗略に扱うことは出来なかったのか、寝台へと横たえられていた。


「………あぁ、ようやく視界が定まってきた。どうも矢に、薬が塗られていたようだ」

「傷の方は大丈夫ですか?」

「一応咄嗟に、重要な腱や血管は外したつもりだ。俺は人より治癒速度が速いが………それでもしばらくは、利き腕は満足に使えなそうだ」

「………人の姿のまま、炎を出し操ることはできますか?」

「獅子の姿ほどでは無いとはいえできるが、だが………」


 レオンハルトが力なく笑った。


「俺は、ここから逃げるつもりはないよ」

「ですがこのままでは、冤罪を着せられてしまいます」

「兄上が一番憎んでいるのは、きっとこの俺だ。どうにか頼み込んで、君への罰は解いてもらうよ」

「それでは殿下が罪人に………!」

「……………この場から逃げるのは駄目だ。逃げたが最後、兄上は俺たちを堂々と謀反人に仕立て上げ、君の伯爵領を取り潰しにかかるに違いない。それに最悪、兄上と国を割る争いに―――――――」


 レオンハルトが黙り込んだ。

 硬質な足音が響き、部屋の入口の鍵が回った。


「罪人に堕とされた気分はどうだ、弟よ?」

「ザイード………!!」


 コーデリアがその名を呼び捨てた。

 もはや彼相手に、形だけとはいえ王族としての敬意を払う気になれなかった。


「ふん、呼び捨てか。ついに化けの皮がはがれたということか?」

「騙しているのはあなたの方でしょう? 勝った気でいるみたいだけど、本気でこんな無茶な筋書きが、国王陛下たちに認められると思ってるの?」 

「認めるに決まっているだろう? 貴様たちはこれから、水道橋を破壊するのだからな」

「………何ですって?」

「聡明なる俺は貴様らの謀反を察知したが、わずかばかり遅かった。貴様らが水道橋の柱にしかけた紋章具は、取り外すと術式を暴走させる種類だったせいで、哀れ水道橋は木っ端みじん――――というわけだ」

「それ、本気で言っているのかしら? あの水道橋を作るのに、どれだけの人手と血税が注がれたか、王族のあなたなら知っているわよね?」

「目障りな弟を排除し、将来への禍根が断てるなら安いものだろう? 水道橋が破壊されれば、新運河の開通は大きく後れ、最悪頓挫することになる。そうすれば、新運河で益を得る予定だった公爵家たちも怒り狂うはずだろう? 生贄を求められたら、父上だって弟を差し出すさ」

「…………………自身の支持者の公爵家さえ騙し傷つけるなんて、狂ってるわね」

「弟さえいなくなれば、これ以上貴族たちの顔色をうかがう必要もなくなるから、一石二鳥だろう?」

「兄上は…………」


 レオンハルトが、無表情で唇を開いた。


「兄上はそこまでして、俺のことを排除したかったんですか………?」

「祖国の中枢、王家の席に、貴様のような泥棒をのさばらせるわけにはいかないだろう?」

「ふざけないでっ!!」


 コーデリアが叫んだ。

 これ以上、心無い異母兄の言葉に傷つくレオンハルトを見たくなかった。


「あなたのは全部、ただの八つ当たりじゃない!! 偉そうなことを言っているけど、どうせ私があなたよりレオンハルト殿下を選んだと逆恨みして、私ごと始末しようとしただけでしょう⁉」

「始末、か。貴様も存外しぶといな。………元々は、弟にそそのかされた貴様とプリシラが水道橋を破壊しようとしたところ、貴様ら姉妹を警戒していたカトリシアがその計画を察知し、貴様らの犯行を阻止ししようと殺害。その功績をもってカトリシアの軟禁を正式に解除させ、父親である公爵に恩を売る。そしておまえの死体から弟との密通書が見つかり、弟は罪人へ――――――――という筋書きだったが、だいぶ狂ってしまったようだな?」


 だがおかげで、俺自ら弟を罪人として断罪出来てよかったかもしれないなと、ザイードが呟き笑った。


「負け犬らしく、貴様らはそこでうずくまっているといい。まもなく王都の警備団が到着したら、その目の前で紋章具を暴発させ、言い逃れをできなくしてやろう」


 吐き捨てると、ザイードは鍵をかけ去っていった。

 取り残されたコーデリアの耳に、レオンハルトの呟きが響いた。


「兄上は………俺の憧れていた兄上は、もうとっくに、亡くなってしまっていたんだな」

「殿下………」

「…………俺は兄上を尊重するふりをして、幼い俺の抱いた憧れを、壊されたくなかっただけかもしれない。………そんな俺の甘さのつけが、今の状況なんだろうな」


 痛みをこらえつつ、しかしレオンハルトの瞳には、自らの過ちを償おうとする光があった。


「コーデリア、君の言う通りだったな。兄上には、次期国王たる資格などないと。王族として、兄を許すことは出来ないと。………俺にもようやく理解し、決心することができたよ。ここから抜け出し、兄上の暴挙を阻止し、嘘を暴かなければならなくなった」


 国のため、民のため。

 兄への幼い感傷を断ち切ったレオンハルトには、確かな王者としての威風が宿っていた。


「………殿下は、玉座をお望みになりますか?」

「あぁ、そのつもりだ。俺が王冠を戴けば、王妃となる君の負担も増やしてしまうと思うが―――――」

「望むところです」


 コーデリアは力強く笑った。


 不安はある。恐れもある。

 だが、それ以上に、ザイードが王になるなど見過ごせなくて。


(―――――――殿下が、王冠を掴む決意をしたのなら)


 全力で支えるのが貴族としての義務であり、コーデリア個人の望みでもあった。


「殿下、私に一つ考えがあります。上手くいけば、全てひっくり返すことができると思います」



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