表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/88

気にならなくなりました



「女のくせに本にかじりつくとは、小賢しいおまえらしいな」

「……………ザイード殿下、ごきげんよう」


 読んでいた本から顔を上げ、コーデリアは挨拶を述べた。


 王宮の敷地内にある図書館で座っていたところだ。

 本はレオンハルトのおすすめなだけあり興味深い内容で、読書を楽しんでいたのだが―――――


(最悪ね)


 ザイードの登場に気分は急降下、警戒心は上昇する一方だ。


 周囲を見ると、ザイード派の貴族の男性がこちらの様子をうかがっていた。

 彼から情報を受け、ザイードはこちらに会いにやってきたのかもしれない。


「殿下、本日はどのような書物をお求めでいらしたのですか?」

「おまえを救ってやるためだ。感謝するといい」


 つながらない会話に、見下してくる視線。


「………殿下、どういうことでしょうか?」

「おまえは近頃、レオンハルトに気に入られ調子にのっているだろう?」

「レオンハルト殿下からの求婚は、丁重にお断りしています」

「嘘をつくな。弟は近頃、浮かれっぱなしだぞ? 隠しているつもりのようだが、兄である俺の目は誤魔化せないからな」


 鼻で笑うザイード。

 彼はこれでも兄として、レオンハルトを幼い頃から知っているのだ。

 兄弟姉妹とはやはり厄介なものだな、と。

 コーデリアはプリシラの顔を思い浮かべた。


「レオンハルト殿下のお心はともかく、私に求婚を受けるつもりはありませ――――――――」

「口では何とでも言えるものだ。王子である弟に気に入られ、貴様も内心いい気になって増長しているのだろう? でなければ、この俺の手をふりはらうなどあり得ないからな」


 罵られ勘違いされ、酷い誤解をされていた。

 

(………あなたが王太子じゃなかったら、口もききたくないくらい嫌いよ)


 ふつふつと沸き上がるザイードへの怒りと嫌悪感を隠しつつ、コーデリアは席を立った。


「失礼します。帰らせてもらいますね。私にはザイード殿下の手も、そしてレオンハルト殿下の手も、どちらも取る気はありませんので」

「逃げるな」


 ザイードが強引に、右腕を強く掴んだ。


「痛いです。やめてください」

「おまえは俺に感謝し、求婚を受け入れるべきだ」

「離してください。私の心は私一人のものです」

「………っ、またも断るとは、妹とそっくりの愚かな女だな………」


 ザイードが何かつぶやいたが、コーデリアには内容が聞こえなかった。


「殿下、何かおっしゃいましたか?」

「っちっ‼ 何でも無い。………四度も婚約者を奪われた惨めで馬鹿な女。貴様の男を見る目の無さは、いっそ哀れみさえ覚えるほどだぞ?」

「哀れんでいただかなくても結構です」

「貴様は今、弟の上辺のよさに騙されているだけだ」

「レオンハルト殿下が、何を騙すというのですか?」

「ははっ、その反応は、やはり知らされていないようだな?」


 ザイードの唇が、嗜虐心を刷き歪んだ。


「弟はかつて、俺の婚約者を奪った恩知らずだ」

「…………え?」

「病弱だった弟を可愛がってやっていたにもかかわらず、弟は俺の婚約者を奪いとったんだぞ? 卑怯者の弟に騙されている哀れな貴様だが、俺を選ぶなら改心の機会を与えてやってもい―――――――」

「殿下は一体、何をおっしゃってるんですか?」


 早口で語るザイードとは裏腹に、コーデリアは冷静な表情だ。

 レオンハルトが兄から婚約者を奪ったと言われ、一瞬驚いたのは認めるが、


「殿下には三年前に結ばれた正妃様以外、婚約者はいなかったはずです」

「公にされた情報のみに囚われる、底の浅い女だな。俺にはかつて婚約者にと用意された女がいて―――――」

「兄上っ⁉」


 レオンハルトだ

 彼の登場にザイードが気を取られた隙に、コーデリアは素早く腕を引きはがした。


「コーデリアとこんなところで、何をしているのですか?」

「貴様の悪行を、この女に教えてやっていたところだ」


 ザイードがレオンハルトに、優越感と憎悪のあふれる瞳を向けた。


「コーデリア、俺の手を取れ。貴様を騙していた弟から、俺が救ってやると言っているんだ」


 こちらへと手を伸ばすザイードを、


「お断りします。私にはレオンハルト殿下が、そんなことをする酷い方とは思えません」

「………俺の言葉が信じられないのか?」

「今まで接してきた、レオンハルト殿下のお人柄を信じているだけです」


 コーデリアは礼をし今度こそザイードに別れを告げると、速足で駆け出した。


「ふざけるなよコーデリアっ!! よりによって貴様がっ!! 妹に奪われ続けてきた貴様が‼ 俺から婚約者を奪ったレオンハルトを選ぶというのかっ⁉」


 怨嗟に満ちたザイードの叫びが、背中へと響いたのだった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ここまでくれば、兄上も追いかけてはこないはずだ」

 

 レオンハルトが足を止めたのは、周囲に目隠しの木がならぶ、王宮の庭園の外れだった。


「兄上に怒鳴られていたが、大丈夫だったかい?」

「腕を掴まれたくらいです。殿下のおかげで助かりました」

「よかった………。王宮を歩いていたら君の気配を感じたから、こっそり顔をのぞこうと思って抜け出してきたんだ。…………まさか兄上が、あぁも強引に君に迫るとは思い至らず、すまなかったな………」

「殿下は悪くありません。…………ですが一つ、お聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」

「…………兄上が、俺に婚約者を奪われたと言っていた話か?」


 コーデリアは頷いた。


「…………いつかは君にも、話さなければいけないことだからな。あれは十一年前のことだ――――――」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 十一年前、先祖帰りの影響で虚弱だった九歳のレオンハルトは、多くの時間を寝台の上で過ごしていた。

 自由に歩き回ることもできない彼を哀れんだのが、当時ザイードの婚約者候補だったテレーズだ。


 テレーズはザイードの元を訪れた帰りに、レオンハルトの遊び相手になってくれていた。

 心優しい彼女に、幼いレオンハルトも懐いていったが――――――――


「だが、テレーズは優しすぎた。王太子の婚約者という重い立場を、受け入れることはできなかったんだ」


 王太子であるザイードは他者に高慢な、当たりの強い性格をしている。

 そんな彼と、優しいが気の弱いテレーズの相性は、お世辞にも良いものでは無かったらしい。

 ついにはテレーズ側からの断りにより、婚約は結ばれることなく消滅したのだ。


「正式な婚約が結ばれる前とはいえ、それはもう兄上は怒り狂ったよ。だが、兄上が怒れば怒るほど、テレーズは委縮し、心が離れて行ってしまったようだった。そしてどうにか兄上を諦めさせようと、ついこう言ってしまったんだ」


 ――――――――あなたと共に生きることはできません。どうしても王家との婚姻が必要というならば、私はレオンハルト殿下の婚約者になります、と。


「…………それは、ちょっと………。彼女の気持ちもわかりますけど………」

 

 コーデリアは眉を寄せた。

 ザイードの執念深さは、つい先ほど経験したばかりだ。

 だが、いくらザイードから逃れるためとはいえ、当時9歳のレオンハルトの名前を出すのは、少し酷いと思ったのだった。

 

「…………彼女の言葉に、兄上の怒りは俺に向かうことになったんだ。『おまえがテレーズをたぶらかし俺から奪った』と責められ、現在に至るまで仲直りできていないからな………」

「それって完全に、ザイード殿下の逆恨みじゃないですか………」

「だが結果的に、兄上が婚約者候補を失ったのは事実だ。…………俺は兄上からテレーズを奪う気は欠片も無かったと誓えるが………………君にも信じて欲しいんだ」

「もちろんです。殿下が、自身の兄から婚約者を奪えるような方には見えませんもの」


 コーデリアは深く頷いた。


(これですっきりしたわね。いくら殿下が虚弱だったとはいえ、どうしてザイード殿下にあぁも引け目を感じているのか不思議だったのだけど………)


 きっとレオンハルトは、テレーズの件でザイードに責任を感じているのだ。


「コーデリア、すまなかった。このことを告げたら、君に嫌われてしまうかもと思って、なかなか言い出せなかったんだ」

「私が、嫌う?」

「………君は妹に、婚約者を奪われているだろう? その傷跡を、思い出させてしまうかもと怖かったんだ」


 コーデリアは自身の心の内側をのぞきこんだ。

 かつての婚約者に棄てられた時、それなりに胸は痛んだ。

 だが、それはもう過去のこと。

 とくについ最近、レオンハルトに出会ってからは――――――


「―――――――――殿下にまたたび扱いされているうちに、そんな傷、なくなってしまっています」


 王子である彼に求婚され、またたび扱いされ、散々振り回されているのだ。

 ささいな過去の痛みを思い出す暇もなく、騒々しくも楽しい毎日だったのである。


 レオンハルトと過ごした日々を思い微笑むと――――――――


「…………やはり、たまらないな…………」


 レオンハルトの手が、そっと頬へと添えられた。

 愛おしそうに一撫ですると、レオンハルトは意を決したように口を開いた。


「コーデリア、聞いてくれ。俺にはもう一つ、黙っていたことがあるんだ」

 



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ