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君が彼女の妹だからと



「待っててくださいレオンハルト様っ!!」


 演劇場から飛び出したプリシラは、大通りへと出て周囲を見渡した。

 そして目的地、辻馬車の待合場所を見つけると、勢いよく駆けだす。

 ちょうど幸運なことに、空の馬車が近づいてくるのが見えた。


「どいてくださいっ!! その馬車私が乗ります!!」

「ちょっとあんたっ⁉ 何するんだい!?」

「このっ、横入りすんなよっ!!」


 待機していた人間を押しのけ、プリシラは馬車の扉を開いた。


「おぅ、ずいぶんな別嬪さんだな。だがすまないが、順番は守って――――――」

「急いでるの!! 私は伯爵家の人間よ⁉」

「……………あぁ、お貴族様か」

「駄賃ならこれをあげるわ!! 十分でしょ!? さっさと馬車を出して‼」


 プリシラは右指から指輪を引き抜くと、御者に叩きつけるよう投げつけた。

 サファイアのはめ込まれた指輪は、トパックから贈られたそれなりの値段の一品だ。

 婚約者からの贈り物など、今のプリシラにはどうでも良かったのだった。


「……………わかりました。どこに向かえばいいんですかね?」


 御者がしぶしぶと言った様子で手綱をとった。

 平民一年分の生活費よりも高い指輪を投げ捨て、一方的に命令してくるプリシラ。

 そんなわがまま放題な彼女を拒絶するのは、面倒ごとになると判断したからだった。


「8番通りにあるグーエンバーグ伯爵家の屋敷!! 急ぎなさいよ⁉」

「へいへいわかりましたよっと。その指輪は受け取れませんから、お代を現金で準備しておいてくださいね」


 馬がいななき、車輪が石畳を噛みまわりだす。

 『グーエンバーグ伯爵家の令嬢は金にものを言わせるわがまま娘』という形で伯爵家の悪評のみを残しつつ、プリシラはその場を去っていったのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「どうして⁉ どうして中に入れてくれないのよっ⁉」

「プリシラお嬢様、お許し下さい。旦那様のご命令ですから………」


 馬車を降りたプリシラは、自邸の玄関で使用人たちと押し問答を繰り返していた。

 言うことを聞かない使用人に、プリシラがかっとなって手を上げようとしたところ―――――――


「あなたたち、どきなさい。プリシラを通してあげるのです」

「奥様……………」


 伯爵家の女主人の命令に、使用人たちは戸惑いつつ道を空けた。


「お母さまありがとう!! 大好きですっ!!」

「ふふっ、かわいいプリシラのためですもの」


 抱き着いてきたプリシラの頭を、母が愛おしげに撫でた。

 母はプリシラと同じ銀髪で、二児の母には見えないほど若々しい、少女のような女性だった。


「母である私にはわかります。プリシラ、あなたは今、レオンハルト殿下に恋をしているのでしょう?」

「………はい。トパック様がいる身で、許されない恋だとはわかっているのですが……」


 しおらしげに顔をうつむけるプリシラに、母は優しく微笑みかけた。


「あなたは何も恥じることはないわ、プリシラ。恋する心は、何より尊いものだもの。それにトパックは、先日の舞踏会であなたを見捨て傍観していたんでしょう? そんな意気地なしの彼より殿下を選ぶ、あなたの見る目は確かだと思うわ」

「お母さま………」

「殿下はお顔も優れていらっしゃるし、可愛らしいあなたにピッタリよ」


 ―――――――――あんな素敵なお方がコーデリアと結ばれるなんて許せないわ、と。

 小さな呟きが落ち、母の唇が歪められた。


「お母さま、何かおっしゃいましたか?」

「……いえ、何も? あなたが気にすることでは無いわ」


 母の手が、プリシラの銀の髪をとき透かす。


「かわいいかわいいプリシラ。あなたは素直で無垢な、私の愛する娘のままでいてね?」

「はい、お母さま」


 プリシラは笑顔で頷いた。

 プリシラは、母親のことが好きだ。

 いつだって自分を愛してくれるし、望めばたいていのことは叶えてくれた。

 だからこそプリシラは母も望むように、自分の感情を押さえつけることなく、自由に振る舞うのだった。


「プリシラ、あなたにはいつまでも、純粋なままでいて欲しいの。………理屈っぽく可愛げのないコーデリアや、いじわるだったおばあ様のようになっては駄目よ?」

「えぇ、大丈夫です。私は決して、お姉さまやおばあ様のようにはなりません」


 プリシラは幼い頃から母に、父方の祖母のようになるなと言い聞かされ育っていた。


 プリシラの父には昔、母とは別の婚約者がいたらしい。

 しかししょせんは家の都合、政略結婚の相手だ。

 当時子爵令嬢だった母と出会った父は、一目で熱烈な恋に落ちたらしい。

 そんな父を、母もまた深く愛した結果、祖母らの反対を押し切り、母は伯爵夫人の座に収まったのである。


「………おばあ様は元の婚約者がお気にいりだったようで、それはもう私に辛く当たったわ。コーデリアを見ると、こちらをどなりつけるおばあ様の顔を思い出してしまうの……。あの子は外見も気の強さも、亡きおばあ様にそっくりで………。だから私にとっての娘はプリシラ、あなた一人しかいないのよ」


 母の嘆きは、もう何十回と知れず聞いたもの。

 

 プリシラは形だけ頷くと、レオンハルトのいる応接間へと駆け出した。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「―――――――レオンハルト様っ!! いらっしゃいますか⁉」

「プリシラっ⁉」


 部屋に入るなり、レオンハルトへ駆け寄るプリシラを、コーデリアは慌てて押しとどめた。


「プリシラ、演劇は? トパックはどうしたのよ?」

「殿下のために抜け出してきました!」

「……礼儀作法を修めない限り、殿下とご対面するのは許さないと、そう言ったわよね?」


 現に今、プリシラは淑女にはあるまじき勢いでドアを開け、礼儀の一切を無視しレオンハルトに走り寄ったのだ。

 しかし、そんな自らの無礼さを顧みることも無く、プリシラは不満げに頬を膨らました。


「もうっ、お姉さまのいじわるっ!! 今はそんなことどうでもいいでしょう!?」

「っ、暴れないでっ!!」


 手足をばたつかせるプリシラの指先が、コーデリアの頬をかすめかけ―――――――


「いい加減にしろ」

「レオンハルト様っ⁉」


 プリシラの腕を掴んだレオンハルトが、コーデリアから引きはがした。

 思い焦がれていた王子に直接触れられ、プリシラの瞳が甘えを浮かべ蕩けだす。


「レオンハルト様、嬉しい………。お会いしたかったです………」


 そのまま抱き着こうとするプリシラを、レオンハルトは体を捻りかわした。


「やめろ。君は一体、何がしたいんだ?」

「レオンハルト様とお話ししたいだけです!!」

「そのためにコーデリアの、家族の言いつけを破り礼儀を無視しても、か?」

「お姉さまの小言より、レオンハルト様の方が何十倍も大切です。一緒にお話ししましょう?」


 頬を染め瞳を潤ませ、じっとレオンハルトを見上げるプリシラ。

 こうして見つめれば、いつだって男性はプリシラの望みを叶えてくれたのだったが、


「断る。君と話したいことなど、俺には何もないからな」

「…………えっ?」


 プリシラの瞳が、ぽかんと見開かれた。


「……………聞き間違えですか? 私と話したくないなんてご冗談を―――――――」

「冗談でも聞き間違えでも無く、まぎれも無い俺の本心だ」

「……………嘘です。どうしてそんな酷いこと言うんですか?」

「酷いのは、君の姉や周囲への態度だろう?」

「っ………!! どうして私を責めるんですかっ⁉ 殿下はあの舞踏会の日、私のことを助けてくれたはずでしょう!?」


 レオンハルトへ縋りつこうとするプリシラを、王子の従者が羽交い絞めにし拘束した。


「何するのよっ⁉ 離してっ!!」

「ならば俺の話を聞け、プリシラ。あの日も告げたはずだが、俺が守りたかったのはコーデリアだ。君を助けることになったのは結果論。ついでのようなものだよ」

「…………ついで…………? この私が、お姉さまのオマケ……………?」

「そうだ。そもそも君がコーデリアの妹でなかったら、こうして言葉を交わす気にもならず避けていたはずだ。あいにくと俺は、君のような人間は好きになれないからな」

「嘘っ!! 嘘つきっ!! どうして私が嫌われなくちゃ―――――――――っ⁉」

「黙れプリシラ‼! 殿下の前で口が過ぎる!」


 泣きわめくプリシラの口を、父が強引に塞いでいた。


「殿下、お許しください。娘のことは、しっかりと私が叱っておきます。ですからどうか、プリシラを許してやってください…………」

「………コーデリアを罪人の姉にするつもりはない。以後プリシラが、俺の前に顔を出さなければ十分だ」

「ありがたきお言葉、感謝いたします…………!!」


 顔を青ざめさせながらも、父が使用人とともにプリシラを引きずり退室した。

 取り残されたコーデリアは、いたたまれずレオンハルトへと頭を下げる。


「殿下、申し訳ありません。妹の見苦しい様、情けないかぎりです……………」

「頭を上げてくれ。君が謝る必要は無いんだ。妹の尻拭いに慣れてしまっているのだろうが………。きっとこれからは、君の父も力になってくれるはずだ。それにもちろん、俺だって力を貸すつもりだぞ?」


 少し茶化して言うと、レオンハルトがプリシラの消えた扉を見つめた。


「………と言ったそばからあれだが、とりあえず今日のところ、俺は帰ろうと思う。俺が居座っている限り、プリシラの癇癪もおさまらないだろうからな…………」

「…………はい。そうしていただけると、私も父も助かります」


 頷いたコーデリアだったが、言葉とは裏腹に、内心は沈み込んでいた。

 

 妹の乱入で、レオンハルトと過ごす時間が終わってしまい残念だと。

 そう思ってしまった自分に、コーデリアが少し戸惑っていたところ――――――


「コーデリア、また訪ねてきてもいいかい? 今度は誰にも邪魔されないよう、俺に考えがあるんだ」


 レオンハルトから、一つ提案をされたのだった。

 

お読みいただきありがとうございます。

誤字脱字報告、適用させていただきました。

いただいた感想も順次返信していく予定ですので、よろしくお願いいたします。


少し今回出てきた、コーデリアの祖母について補足を。

コーデリアの母は、姑である祖母を蛇蝎のごとく嫌い貶していますが、それはあくまで母親視点での評価です。

実際のところ、祖母が母親に求めたのは『恋を押し通し伯爵夫人になったのだから、それ相応の責任を果たすように』というごくまっとうなものであり、陰湿な嫁いびりのようなものはありませんでした。

祖母は基本的に常識人であり、特別悪いことはしていないのですが、いかんせんコーデリアの両親とは相性が悪かったということです。


コーデリアの父方の祖父母は、貴族の誇りを持った真面目な人間でした。

ただ、唯一の男児であり、跡取り息子であったコーデリア父には厳しくなりきれず、甘やかして教育に失敗してしまった過去があります。


コーデリアの父は家族を愛していますが、それ以上に自分に甘く鈍感。

母親は悪い意味で恋愛脳。加えて、姑への憎悪を娘に投影するという…………。

そしてプリシラは、両親の欠点が濃縮還元されてしまったわがまま娘です。


こんな家族に囲まれたコーデリアが真面目に育ったのは、両親を反面教師にしたのと、養育の多くを祖母によって行われたからでした。


ちなみにコーデリア姉妹の外見は、コーデリアは父親というか祖母似。

プリシラは母親似ですが、なんの遺伝子のいたずらか顔面偏差値だけは突き抜けているという設定です。

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[一言] 愛さえあれば何でも許される、みたいなディズニー脳の毒母親。 プリシラ共々火山の噴火口に叩き込んだ方が世のため人のためになるな。
[良い点] 母親が想像以上の毒親だった。 祖母の代わりにコーデリアを不幸にしようとしてる? 意外と父親は、残念で無能なだけという、夫婦の娘に対する温度差が今後どう影響するのか楽しみです。
[一言] コーデリア、強く生きて(切実)
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