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血縁とは厄介なものですから


 決して自分の罪を認めようとせず、泣きわめくだけだったカトリシア。

 彼女が警備兵に抱えられ退場すると、庭先には静寂が戻った。


 庭の片隅で気まずそうに、カトリシアの取り巻きだった令嬢たちが固まっている。

 彼女たちには、後日あらためて事情を聴取すると伝え、解散させることにした。


 こちらを心配そうに見ながら去るパメラに手を振ると、コーデリアは一つため息をついた。

 これでカトリシアの暴走は止まるはずで一安心だが、まだ大きな気がかりが他にある。


「君の家族は、結局誰も出てこなかったな」


 コーデリアの思いを察したかのように、レオンハルトが呟きを落とした。


「自分の屋敷の庭先で、娘である君が騒動に巻き込まれていたのに知らんぷりか……」

「………下手に首を突っ込まれて、余計にこじれるよりは良かったと思います」


 それはまごうことなき本音だったが、一抹の寂しさを感じないわけでは無い。


(お父様もお母さまも、私のことはどうでもいいんでしょうね………)

 

 父と母にとって、娘はプリシラ一人しかいないのだ。

 コーデリアのことは、血が繋がった他人程度にしか認識していないはず。

 そんな自分が厄介ごとに巻き込まれたところで、両親は見て見ぬふりをするだけだった。


 屋敷の書斎のある部屋の窓を見ると、カーテンの端からのぞく、青色の瞳と目があった気がした。

 プリシラと、そしてコーデリアと似た色の瞳の持ち主。

 すぐカーテンの影に隠れ見えなくなってしまったが、おそらく父のはずだ。


 こそこそと覗き見をするだけとは情けないが、それでも家族は家族である。

 血縁である以上、カトリシアのように簡単に切り捨てることも出来ず厄介だった。

 

「今回の件については、私から両親に大まかな事情を説明しておきますね」

「頼む。もし君だけの説明で満足しない様だったら、今度俺が屋敷を訪ねた時に追加で説明するよ」

「よろしくお願いいたしします。…………殿下はこれから、王宮に戻られますか?」

「あぁ、そうさせてもらうよ。カトリシアの処遇について、根回しする必要があるからな」

「…………公爵家領での十年程の謹慎、それに生涯にわたる私との接触禁止令といったところでしょうか?」

「そんな所になるだろうな。君からしたら、罰が軽すぎると感じるかもしれないが………」

「いえ、十分です。それくらいが妥当だと思います」


 殺人未遂の罰に相応しいかは微妙だが、落としどころとしては予想通りだ。

 カトリシアの父親であるアーバード公爵は、娘を溺愛していることで有名だった。

 あまり厳しい罰を与えるとアーバード公爵が反発し、今日の森での一件への、ザイードの関与を主張する可能性もある。


 もしそうなれば、事態は『第二王子のお気に入りの伯爵令嬢に公爵令嬢が嫌がらせをした』だけではおさまらず、『第二王子のお気に入りの伯爵令嬢を第一王子が害そうとした』という兄弟対立へと発展してしまうのだ。

 レオンハルトにザイードと本格対立する意思がない以上、それは望ましい未来では無かった。


(それに十年の謹慎とはいえ、カトリシア様にとってはかなり重い罰よね………)


 貴族令嬢の多くは二十になるまでに結婚するもの。

 遅くとも二十代半ばまでには、身を固めるのが大半だ。

 今18歳のカトリシアにとって、結婚適齢期を棒にふることになる。

 当然、今いる婚約者も去るだろうし、十年後に謹慎が明けても、前科が消え去ることは無い。

 自業自得とはいえ、貴族令嬢としてはなかなかに辛い罰なのであった。

 


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「おまえは大変なことをしでかしてくれたようだな」


 苦渋に満ちた声で、アーバード公爵はそう告げた。

 場所は王都の外れにある石造りの塔の一室。

 高貴な身分の罪人が入れられる、豪華な囚人部屋だった。


「お父様っ!!」


 カトリシアは顔を上げると、父親へと走り寄った。


「来てくださると信じてました!! さぁ早く、ここから私を出してくださいっ!!」

「カトリシア」

「早くあの愚かしい小娘を、黒焦げにして―――――っ⁉」


 乾いた音が、カトリシアの頬で弾けた。

 呆然と瞳を開いたカトリシアが、自らの頬を叩いた父親を見上げた。


「お父様が、ぶった………?」

「おまえはまだ、自分の罪を理解していないのか?」

「っなっ⁉」


 頬を押さえたカトリシアが、癇癪を炸裂させ叫びだす。


「なんでお父様まで、そんなことを言うのですかっ⁉ 私は何も罪なんて犯していないわっ!!」

「コーデリアに火球をぶつけ、殺そうとしたのも忘れたのか?」

「それが何だというのですか⁉」

「彼女は、レオンハルト殿下のお気に入りだ。おまえは殿下に喧嘩を売ったも同然だと理解しろ」


 額を押さえ、公爵は深く深く嘆息をした。


 高慢な性格の娘だと、感情的なきらいのある娘だと理解していたつもりだ。


 娘が公爵家の権力を振りかざし激情のまま、下級貴族や平民を虐めているのは知っていた。

 だが娘の癇癪は、若さゆえの身勝手さの発露。

 一過性のものだと思っていたのだ。

 父親である自分が、仕事にかまけて十分に娘に構ってやれなかったという負い目もあり、見逃していたのだったが―――――――


「……………その結果が、このザマか」


 深い悔恨を滲ませ、公爵は力なく笑った。

 いつもは娘に甘い顔を向けるだけだった父の変化に、カトリシアが不安そうに体を揺らした。


「お父様、どうしたんですか? お加減が悪いなら、早く一緒に屋敷に帰りま――――――」

「無理だ、カトリシア。おまえはもう、王都の屋敷に足を踏み入れることは許されなくなった」

「なっ⁉」

「公爵領の屋敷での十年の謹慎。それが殿下から求められた罰だ」

「どうして私がそんな目にっ⁉ 酷いわっ!!」

「……………これはかなり、手加減された罰なのだがな」


 そんなこともきっと、この娘は理解できないのだろうなと、公爵は不甲斐なく俯いた。


 カトリシアはコーデリアに嫌がらせを繰り返し、ついには命まで奪おうとしたのだ。

 レオンハルトは内心はらわたが煮えくり返っているだろうに、兄や公爵家との関係を鑑み、カトリシアを謹慎程度で済ませたのである。

 被害者であるコーデリアもまた、カトリシアへの恨みつらみを叫ぶでもなく、立派な態度だったと伝え聞いていた。


 コーデリアとカトリシア。

 同い年の二人でありながら、あまりに大きな落差に、公爵は嘆きを深くする。


 ―――――――――自分はどこで、間違ってしまったのだろう?


 公爵には五人の子がいるが、娘は末子のカトリシア一人だった。

 そしてカトリシアは、今は亡き妻と生き写しの容姿をしている。

 

 はじまりは政略結婚であったが、公爵は妻と深い愛情で結ばれていた。

 だからこそ、妻の忘れ形見になったカトリシアのことを、深く深く愛していたつもりだった。

 早くに母を亡くしたカトリシアを可哀想に思い、出来る限りの望みは叶えてやったつもりだ。

 

 カトリシアは公爵家の令嬢であり、魔力にも恵まれていたから、多少わがままに育っても婚約相手には困らないだろうと。

 そう娘の欠点に目をつむり、今日まで放置してしまっていたのだ。


「……………ただ愛するだけでは、駄目だったということか」


 亡き妻に向ける顔がないなと、公爵は目頭を覆ったのだった。

 

  

お読みいただきありがとうございます。

次話は明日投稿予定ですので、よろしくお願いいたします。


今回出てきたカトリシアの父親は、公人としては結構優秀な人物だったりします。

私人としても、貴族には珍しい愛妻家で、娘に向けていた愛情も本物。

けれど愛情のせいで目がくらみ、結果的に娘の教育に失敗してしまったという…………。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 公爵サマ、意外にまともな良識をお持ちだ。 [一言] とはいえ、行きすぎた甘やかしはもはや犯罪です。
[一言] 子育ては難しいですね。 こともを信じて待つことも必要だけど、人に迷惑をかけまくっているのを放置するのは違うよなぁと思います。
[一言] 『世界樹』とだいぶ雰囲気違うので、 少し驚いています。 こういう『なろうらしい貴族モノ』 も書かれるんですね。
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