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三度目はないということです


「なぜ殿下がここにっ⁉ あなたたち、ちゃんと見張っていたのっ⁉」


 レオンハルトの登場に、カトリシアが狼狽し左右を見回した。


 彼女が取り乱すのも仕方ないことかもしれない。

 レオンハルトは仔獅子の姿で庭へと侵入し、ずっと息を潜めていた。

 そしてカトリシアが魔術を行使し、周囲の視線が集まった隙に、密かに人の姿に戻ったのだ。

 カトリシアが言い逃れのできないタイミングで姿を現したのも、全ては計算通りである。


「見張らせていた? つまり君はやはり、自分が悪事を働いているという自覚はあるんだな?」


 静かだが鋭い声に、カトリシアの背が硬直した。

 動揺、混乱、屈辱、怒り、打算。

 めまぐるしく表情が入れ替わり、最後に媚を売るように歪な笑顔へと切り替わった。


「………女同士のおしゃべりには秘密がつきものです。人に聞かれたくない話だってありますわ」

「女性同士の会話であれば、見張りを立てるのも当然だと?」

「えぇそうです!! 殿方である殿下はご存じないかもしれませんが――――――」

「―――――――ふざけるな」

「ひっ⁉」


 レオンハルトの琥珀の瞳に射られ、カトリシアが小さく悲鳴を漏らした。


「君のような人間に女性の代表面をされたら、世の女性たちが甚だしく迷惑だ」

「で、殿下っ………!!」

「女性同士ならば相手に火球を向けることも、当たり前のことだと言うつもりか?」

「っ、あれはっ………!!」


 酸欠の魚のように、カトリシアの喉が喘いだ。


「…………っ!! そうです!! あれは冗談です!! 本当に火球を撃つつもりはありませんでしたわ!!」

「ほう? ただの戯れだと言うつもりか?」

「常識的に考えてくださいませっ!! 人に火球を撃つなんてありえないでしょう!?」

「…………君に常識を説かれるとはな」


 皮肉気な笑みが、レオンハルトの唇に刻み込まれた。

 ため息をつき笑う彼の姿に、カトリシアもぎこちない笑みを返したが――――――


「『公爵令嬢たる私を馬鹿にしたらどうなるか、その身で味あわせてあげるわ!!』」


 カトリシアの背中が震え、再び硬直した。


「俺にはそう聞こえたんだが?」

「っ、なっ、どうしてそれをっ…………?」

「庭の片隅で、全て聞かせてもらったよ」

「っっ………!! 盗み聞きなんて卑怯ですわっ!!」

「その反応は、発言は正しいと認めるということか」

「……………あっ!!」


 墓穴を掘ったことに気づき、カトリシアの顔が青ざめる。


「ち、違いますっ!! あれはちょっとしたそのっ、言い間違えのようなものでっ!!」

「口が滑ったということか?」

「そ、そうですっ!! 私うっかり口が滑って――――――――」


 卑屈な笑みを浮かべ、レオンハルトに必死に弁明するカトリシアだったが、


「―――――――舞踏会の時と同じ言い訳ですね」


 コーデリアの指摘に、カトリシアがぎりりと朱唇を噛みしめた。


「あの日カトリシア様は『うっかり手を滑らせて』私にワインをかけようとしました。あの時も今日と同じで、最初からわざとだったんですね?」

「っうるさいうるさいうるさいっ!!」


 コーデリアへと、カトリシアが憎悪と焦燥にまみれた瞳を向けた。


「私は今殿下とお話しているのっ!! 口を挟まないでくれるっ⁉」

「うっかりで殺されかけたんです。口出しする権利くらいあるでしょう?」

「黙りなさいっ!! 黙らないのならもう一度火球で――――――――ひっ⁉」


 カトリシアが悲鳴を漏らした。

 その喉元で、レオンハルトの白刃が輝いている。


「黙るのは君の方だ、カトリシア。コーデリアに危害を加える気なら、俺も容赦しないぞ?」

「っ、あっ…………」


 眼前に刃を突き付けられ、カトリシアが腰を抜かしへたりこんだ。


 終わりだ。

 コーデリアへ火球を撃とうとした現場を押さえられ、今また追加で、コーデリアを害そうとした発言を引き出されてしまったのだ。


 カトリシアは震えながら、立ち上がれず座り込んでいる。

 両脇にいた取り巻き達はカトリシアを支えるでもなく、遠ざかるよう身を引いたのだった。


「………っどこに行くのよあなたたちっ⁉ 早く私を助けなさいよっ!!」


 カトリシアがわめけばわめく程、取り巻き達は嫌悪の表情で距離を離していった。

 取り巻き達にカトリシアへの同情は欠片も無く、よそよそしく顔を背けるだけだ。


(……………当然ね。だって彼女たちは、カトリシア様の友人なんかじゃないもの)


 一人取り残されたカトリシアに若干の哀れみを覚えつつ、コーデリアは内心呟いた。

 取り巻き達はカトリシアの人柄ではなく、公爵令嬢という身分に従っていたにすぎないのだ。

 レオンハルトという、カトリシアより身分が上で正論を携えた相手が出てきた以上、カトリシアに従う人間は残ってはいないのだった。


「――――――コーデリア様っ!! 無事ですかっ⁉」


 上ずった声と共に、パメラが門から飛び込んできた。

 背後から数人の、王都警備隊の制服を着た人間が庭へと入ってくる。

 パメラは一人逃げ出さず、助けを呼ぼうとしてくれたらしかった。


 警備隊の男たちは最初不審げにしていたが、レオンハルトの姿に慌てて踵を揃え敬礼した。


「殿下っ⁉ 殿下がなぜこんなところにっ⁉」

「お仕事ご苦労様。ちょうどいいところに来てくれたな。一つ追加で仕事を頼んでも大丈夫かい?」

「はいっ!! なんでしょうか?」 

「罪人を運ぶのを手伝ってほしい。そこで座り込んでいる女性だ」

 

 レオンハルトの言葉に、警備兵がカトリシアへと近寄っていく。


「……………罪人…………?」


 両脇に迫る警備兵を跳ねのけ、カトリシアが勢いよく立ち上がった。


「ふざけないでっ!! 私がどんな罪を犯したというのっ!!」

「このっ!! 暴れるなっ!!」

「私は何も悪いことなんかしていないわ!! コーデリアがっ、たかが伯爵家の女が歯向かってきたから、罰を与えてやっただけじゃないっ!!」


 警備兵たちを跳ねのけながら、カトリシアが髪を振り乱し叫んだ。


「全部全部っ!! 悪いのはコーデリアよっ!! この女が生意気で恥知らずだから、公爵令嬢である私がっ、貴族の義務としてしつけてあげるつもりで――――――――」

「取り押さえろ。容赦する必要は無い」

「きゃあっ⁉」


 レオンハルトの指示に、警備兵たちがカトリシアを地面へと引き倒した。

 罪を認めず口汚くコーデリアを罵るカトリシアを、レオンハルトが静かに見下ろした。


「貴族の義務を果たしたのは、君ではなくコーデリアの方だろう?」

「何を言うのよっ⁉ いつこの女が――――――――」

「一度目は舞踏会の時のことだ」


 幼子に聞かせるように、レオンハルトが口を開いた。


「あの日、君に悪意を向けられたコーデリアは、しかし君を非難しなかったんだ。それは恐れや怯えではなく、公爵令嬢である君に公に恥をかかすことで、公爵家の、ひいてはこの国に無用な波風を立てないようにという判断だ」

「っ、知りませんわっ!! そんなのは、その女が勝手にしたことで―――――」

「そして二度目。先ほど、君がコーデリアを溺れさせようとした時も、コーデリアは君を公に断罪する気は無かった。大局を考え、見逃すつもりだったんだ」

「じゃぁどうしてっ⁉ どうして今私を罪人扱いしているというのっ⁉」

「――――――三度目はないということです」


 コーデリアが口を開いた。


「一度目は不幸な偶然として、二度目もそちらにも事情があるのだろうと、私は我慢していました」


 でも、と。コーデリアは言葉を続けた。


「三度目はありません。二度ならず三度までも、理不尽な理由で危害を加えてくる相手を見逃せるほど、私は寛容ではありません。それにあなたが公爵令嬢だからという理由で無罪放免としては、国民にも向ける顔がないでしょう?」


 いくらカトリシアが公爵令嬢であろうと、許されることでは無いのだと。

 かみ砕きわかりやすく、丁寧に説明したコーデリアだったが。

 

「どうして⁉ 私は公爵令嬢よっ⁉ 嫌よ嫌っ!! やめなさい!! 今すぐその手をどけなさいっ!!」


 現実を受け入れようとしないカトリシアに、届いてはいないようだった。

 


 


 

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