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妹に何故と聞いてみました


「見損なったぞ、コーデリア」


 忌々し気に、トパックがコーデリアを睨んだ。

 妹に向けていた、蕩ける様に甘い表情は跡形も無い。


「君が妹に乱暴をするような女だなんて、幻滅だ」

「乱暴? 袖を引っ張られたから、振りほどいただけよ?」

「やりすぎだ。プリシラは転びかけたんだぞ?」


 壊れ物を扱うように、トパックがプリシラを抱き寄せる。

 優しくも力強い恋人の手に、プリシラも幸せそうに身を預けた。

 可憐な令嬢と、彼女を守る麗しい貴族の青年。

 事情を知らない者からすれば、まるで演劇の一幕のようにも見える、美しい二人の姿だった。


(これじゃ、まるで私が悪役の令嬢ね) 


 冷ややかに見つめていると、トパックが再びこちらを睨みつける。 


「まだ謝る気は無いのか? そもそも、君が今日の会食に出ようとしないから悪いんだろう?」

「欠席は申し訳ありませんが、私は忙しいんです」

「忙しい? 君はさっきからそればかりだな。そんなに僕と妹のことを祝いたくないのか?」

「さっきからそればかり……?」


 コーデリアは眉をひそめた。

 トパックはどうも、自分とプリシラとの会話を盗み聞きしていたらしい。

 だからこそ、妹がよろめいたタイミングで、素早く支えることが出来たのだ。


「あなた、私と妹の会話を聞いていたのよね? その上でなお、私を責めるの?」

「当然だ。君の書類仕事なんかより、僕たちの婚約祝いの方が大切に決まってるじゃないか」

 

 …………誰のせいで、忙しく書類と格闘していたと思っているのだろう?

 元婚約者ということで残っていた最後の情も、綺麗さっぱり消え去る発言だった。


(私と婚約していた頃は、もう少し周りが見える人だと思ったのだけど……)


 それだけ、妹に心を奪われ、頭が茹ってしまったのだろうか?

 恋に浮かされるトパックとは裏腹に、コーデリアの心は冷え冷えとしていった。


「……ではお聞きするけど、あなたは本当に私が、今日の会食に出席するのを望んでるの?」

「そんな問題じゃないこともわからないのか? 君がどんなに性格が悪かろうが、プリシラの姉であることは変わりないんだ。婚約を祝う場に家族が欠けていては、プリシラがかわいそうじゃないか」

「そうね、私はプリシラの姉よ。でもね、あなたの元婚約者でもあるの。私、あなたのご両親とも面識があるってこと、忘れていないかしら?」

「それは……」


 トパックが言いよどんだ。

 彼の両親は善人とまではいかなくとも、ごく真っ当な常識をもった貴族だった。

 そんな彼らが、トパックの元婚約者であるコーデリアの参加を、歓迎するわけがない。


 その程度、少し考えればわかるはずだが、恋に酔うトパックには思い至らなかったらしい。

 もごもごと口を動かすと、ばつが悪そうに顔を背けた。


「……っ。わかった。君は欠席すると、僕からも両親に伝えておこう」

「トパック様、そんな……」

「ごめんよプリシラ。でも、コーデリア一人が欠席したくらいで、僕たちの絆は揺るがないさ」


 トパックは無責任に言い放つと、逃げる様に去っていった。


(情けない人。恋と自分に酔ってるだけね)


 いっそ、プリシラ以外目に入らないと。

 周囲にどれ程非難されようと、プリシラへの愛を貫くといった態度であれば。

 コーデリアだって、元婚約者の新しい恋を応援できたかもしれないのに。


(けど、トパックにそこまでの思いも覚悟も無いわ。妹に迫られて、その気になっていただけね)


 とびっきりの美少女が、一心に自分へと愛を告げ抱きついてくるのだ。

 男としては悪い気がせず、肉欲や優越感をいつしか、恋心だと勘違いしてしまったのだろう。

 優柔不断で流されやすい、トパックらしい流れだった。


「トパック様……。そんな、酷いです……」


 トパックに置き去りにされたプリシラが、うっすらと涙ぐんでいた。

 コーデリアからすると、泣く程か?と思うが、甘やかされ放題のプリシラにとっては一大事のようだ。

 

 酷い酷いと呟くプリシラに、コーデリアは一つ質問をぶつけることにした。


「ねぇプリシラ、あなた、トパックのことを愛しているのよね?」

「えぇ、大好きよ。どうしてそんなことを聞くの?」

「トパックのどこを、あなたは好きになったの?」

 

 トパックは容姿こそ優れていたが、それ以外には特筆するところの無い青年貴族だ。

 プリシラが、コーデリアの婚約者を奪うこと四度目。

 トパックには、今までの3人と趣味や性格に明らかな共通点も無く、なぜ妹が惚れたのか不思議だった。


「人を好きになるのに理由はいらないわ、お姉さま」

「じゃぁどうして、相手がトパックじゃなくては駄目だったの? いつから彼に恋をしていたのか、思い当たる点は無いの?」 

「いつから……? うぅん、だったら…………」


 顎に指を当て、考え始めるプリシラ。

 その瞳に涙の気配は無く、既に完全に乾ききっていた。


「お姉さまのことを見つめるトパック様の横顔を、見てしまった時かしら?」

「私を?」

「お姉さまを見るトパック様の瞳が優しくて素敵で……。気づいたら、恋をしてしまっていたんです」


 頬に手を添え顔を赤くするプリシラは、恋する少女そのものといった様子だ。

 花も恥じらうようなその姿に、しかしコーデリアの心は冷えきっていた。


(なるほど。そういうことだったのね)


 思えば、昔からそうだった。


 ――――お姉さま、私、そのおもちゃが欲しいわ。


 そう言ってプリシラが指さしたのは、コーデリアの誕生日プレゼントの玩具だった。

 人形を、ぬいぐるみを、お菓子を、本を、宝石を、ドレスを――――そして婚約者を。

 

 コーデリアの持ち物を、いつもプリシラは欲しがっていた。

 おもちゃもドレスも、どれも特別上等な品物ではない。

 理由は、コーデリアの持っている物だから。

 

 遠い異国には、『隣の芝生は青い』ということわざがあるらしい。

 妹にとっては、姉である自分の持ち物が、何より魅力的に映ってるだけだ。


(だからといって、まさかそんな理由で、婚約者まで奪われるなんてね……)


 プリシラは人より、わがままで鈍感で自分勝手なだけ。

 自分は妹や両親に軽んじられてはいても、悪意までは向けられていないと思っていた。

 そして実際、少なくとも表面上は、妹に悪意は無いはずだ。

 だからこそ、両親や周囲の人間も妹のわがままを受け入れ、コーデリアから奪い続けてきたのだった。


「プリシラ、あなたの思いはよくわかったわ。でもね、トパックは私の婚約者だったの。そのこと、少しは考えなかったのかしら?」

「どうして? どうしてそんなことを気にする必要があるの?」


 小鳥が首を傾げるように、プリシラが首を傾けた。

 演技ではない。

 本気でわからないと、何故そんなことを聞くのかと不思議がっていた。


 プリシラが欲しいと思えば、プリシラのものになるのが当然で。

 ――――奪われる側のコーデリアの心など、微塵も気にしていないのだ。


「……あなた、私に悪いと、そう思ったことも無かったの?」

「悪いと思う理由が無いのに、どうしてです? だってお姉さま、トパック様を愛してたわけじゃないでしょう? だったら――――――」


 ―――――私がもらってしまっても、構わないでしょう?


 当たり前のように告げるプリシラに、コーデリアは怒りを通り越して脱力感を覚えた。

 貴族にとっての婚約は、家同士の契約の一種でもある。

 愛していたとか恋していたとか、それだけで済む問題ではない。

 妹相手とはいえ、婚約者を奪われればコーデリアの名誉は損なわれるし、心だって全くの無傷とはいかないのだ。


「つまりあなたにとっては、私の四回の婚約破棄も、どうでもいいことなのね?」

「四度も婚約を破棄されたお姉さまには同情しますが……。でも言い変えれば、何度婚約を破棄されようと、別のお相手が見つかるということですし、何も問題ないでしょう?」


 問題、大ありである。

 無邪気に微笑む妹を、思わず平手打ちし説教したくなる。

 しかし、そんなことをすれば両親やトパックらに責められ、コーデリアが悪役にされて終わりだ。

 

(お父様たちに甘やかされているのは知ってたけど…………)


 ここまで愚かだとは、さすがにコーデリアも予想していなかった。

 妹には貴族社会の常識も、今のグーエンバーグ伯爵家の状況も、何も見えてはいなかった。

 

 三度までも婚約破棄の憂き目にあったコーデリアは、社交界で腫れ物のような扱いになっていた。

 当然、そんなコーデリアの婚約者になってくれる男性など滅多にいない。

 トパックは、祖母の代の縁を伝い、ようやく見つけた婚約者だった。


 グーエンバーグ伯爵家には、コーデリアとプリシラ以外、直系の子がいなかった。

 だからこそ、頼りにならない妹や両親に見切りをつけ、コーデリアが婿を迎え入れ血をつなぐことで、どうにか伯爵家を存続させようとしていたのだが。


(これはもう駄目ね……)


 コーデリアは、自らの結婚を諦めることにした。

 ただでさえ、四度の婚約破棄をされた令嬢として悪評がついて回るのだ。

 その上、こちらの婚約者を欲しがるプリシラだ。

 コーデリア自身、妹に心変わりする男たちに、恋や結婚への憧れも消え失せていた。


「プリシラ、もう一度聞くけど、トパックのことを愛しているのよね? 結婚し生涯寄り添いたいと、そう願っているのよね?」

「もちろんですわ、お姉さま。結婚式には、お姉さまも出てくださいますよね?」


 花咲くような笑顔の、美しく愚かで、無邪気で強欲な妹。

 彼女の言葉を、コーデリアは何一つ信用しようとはしなかった。


 コーデリアが婚約者を奪われること、三年で四回。

 つまりそれは、プリシラが四度、そのつど婚約相手から心変わりしているということでもある。


 プリシラはきっと、姉である自分の婚約者が欲しいだけで、婚約者自体に魅力など感じていないはずだ。

 手に入った端から興味を失い、トパックだっておそらく、数か月としないうちに飽きるはずだ。

 トパックの方だって、プリシラの自分勝手さに閉口し、いつまで愛情がもつかも怪しかった。


「……えぇ、トパックとの結婚式の日取りが決まったら、ぜひ呼んでちょうだい」


 ありえない未来だからこそ、コーデリアは気軽に約束をし、妹を会食へと送り出した。

 この先わがままな妹が、きちんとした婚約相手を見つけられる可能性は低い。

 プリシラも自分もまともな結婚を望めない以上、伯爵家の後継者を探す必要がある。


(領地に帰って、遠縁の方たちを当たらないと…………)


 コーデリアの頭の中で、血縁者の情報が目まぐるしく展開していく。

 両親や妹が落ちぶれるのは自業自得だが、祖母たちの守ってきた伯爵家を没落させるのは嫌だった。

 領地にはコーデリアを慕ってくれる領民たちも多いし、使用人たちを無職で放り出すわけにもいかない。


 未来に思いを馳せるコーデリアの脳内では、婚約破棄の事実と妹は隅へと追いやられていた。

 怒りや悔しい思いはあるが、そんなことより伯爵家及び関係者の将来の方が大切だ。


(早く領地に帰って仕事を片付けたいけど…………。二十日後の舞踏会は外せないわね)


 公爵家主催の、大規模な舞踏会だ。

 もともとはその日に、トパックとの婚約を、舞踏会に集った知人の貴族たちに大々的にお披露目する予定だったのだ。

 今更不参加を表明しては角が立つし、休むことは難しそうだった。


 不本意だが、出席することになった舞踏会。

 ――――――――その夜、コーデリアの運命を一変させる出来事があるとは、今の彼女には知りえないことだった。

 


 

 

 

 

 

 

  

お読みいただきありがとうございます。

次の話は、明日夜に投稿予定ですので、よろしくお願いいたします。

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