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頼みごとをされました



「――――――不敬を承知で申し上げますが………一国を背負う王として立つだけの器が、ザイード殿下にはあるのですか?」


 コーデリアの問いかけに、レオンハルトは困ったように笑った。


「人は得た地位に応じて、自らの器を育てるものだろう? 兄上に王としての資質があるのか、今の俺が断言することは出来ないよ」


 彼らしくない、歯切れの悪い回答だ。

 異母兄に対する明確な答えを避けるレオンハルトに、ふとコーデリアの脳裏に浮かんだ考えがあった。


(もしかしてレオンハルト殿下は、ザイード殿下のことを嫌ってはいないということ…………?)


 二人は母妃の違う王子の常として、仲が悪いと噂されている。

 そして実際、さきほどザイードと対峙していたレオンハルトに、親しげな様子は見られなかったのだが。


「見当違いでしたら申し訳ありませんが………。殿下はザイード殿下のことを、お慕い申し上げているのですか?」

「…………………兄上には、恩があるんだ」


 レオンハルトの視線が、遠く過去を見る様にさまよった。


「俺は小さい頃、とても体が弱くてね。先祖返りで獅子の力が強く出た副作用と言う奴らしいが…………十歳になるくらいまで、一年の半分以上を寝台の上で過ごしていたんだ」

「昔の殿下は病弱だったと伺った事がありますが、そういうご事情だったんですね」


 今のしなやかな立ち姿の彼からは信じられないが、幼い頃の彼が虚弱であったのは、この国の貴族なら皆知っていることだ。

 そしてレオンハルトが病弱だったからこそ、彼の母妃の血統が申し分無いものであったにも関わらず、大々的な王位争いも無く異母兄のザイードが王太子として選定された過去があった。


「…………父上も母上も、俺が聖獣の獅子の力を宿していると知った時は喜んだそうだ。……………だからこそ、俺がその力ゆえに虚弱だと判明した時に、二人はとても落胆したと聞いている。こんなにも体が弱くては、王族としての務めも満足に果たせないだろうと、見限られてしまったということだ」


 やるせない話だ。

 生まれながらに獅子の力を宿したのも、その結果虚弱であったのも、何一つレオンハルト自身に責任は無いはずだ。


「そんな悲しそうな顔をしないでくれ、コーデリア。むしろ父上たちは俺の体を案じ、王族ではなく一人の人間として幸福になれるよう、無駄な重圧をかけない様してくれていたのだと思うよ」


 けどな、と。

 レオンハルトの瞳に陰りが落ちるのが見えた。


「俺は寂しかったんだ。父上も母上も公務が忙しく、月に一度顔を合わせられればいい方で、残りの時間は全て、寝室で過ごすしか無かったんだ。虚弱とはいえ王子である以上、下手に外を出歩いて倒れたり、暗殺者に狙われでもしたら、大変なことになってしまうだろう?」

「………そんな寝室に置き去りの殿下を構ってくれたのが、ザイード殿下だったということですか?」

「あぁ、そうだ。兄上は王太子としての教育に忙しく、なかなか心を許せる相手もいなかったらしくてな。俺の元に来ては、息抜きのように遊び相手になってくれていたんだ」

「……………そうだったんですね」


 まさかあの高慢で陰湿そうなザイードに、そんな家族思いの一面があったとは驚きだ。


「今俺が、王子としてそれなりに認められているのも、元を辿れば王太子としての誇りを持っていた兄上に憧れ、必死に努力したからでもある。…………兄上とは今でこそ疎遠になってしまったが、幼い頃の俺にとって、兄は唯一触れ合える肉親と言ってもいい存在だったんだ」


 切なそうな表情で、レオンハルトが唇を噤んだ。


(………恩人、か。私には、当時の殿下が『虚弱』だったからこそ、ザイードと上手くいっていたとしか思えないのだけどね……………)


 ザイードは自らに歯向かってくる者、自分の手を取らない人間に対してはとことん冷酷な性質に見えた。

 幼い頃のレオンハルトは体が弱く、肉体的にも政治的にもザイードの脅威とはなりえなかったからこそ、ザイードとも良い関係を築けていたのではないだろうか? 


(けどこの推察は、他人である私だからこそのもので、レオンハルト殿下のお心は違うのでしょうね)

 

 当時のレオンハルトにとって、寝たきりの毎日に現われた異母兄ザイードはとてもまばゆい存在だったのだろう。

 …………それこそ、今の冷え切った兄弟関係であっても、表立って異母兄を非難出来ない程度に、レオンハルトの心に根を張っているのだ。


(幼い頃に病弱だと、その後の人生も色々と変わってしまうのでしょうね……)


 コーデリアにとっても、全くの他人事とは言えない話だ。

 妹のプリシラが自分勝手でわがままな性格に育った原因の一つは、妹が病弱だったせいでもある。

 いつも発熱しせき込んでいたプリシラに両親は釘付けになり、プリシラを甘やかすことになったのだ。


(もっとも、幼い頃健康に恵まれていなかったのは同じとしても、殿下とプリシラを並べるのは失礼よね)


 レオンハルトはかつての虚弱さを感じさせない程、堂々とした振る舞いや文武に渡る知識や技術を身に着けているのだ。

 王子でありながら他人への気配りを忘れない性格もおそらく、弱さや不自由を知っている身だからこそのもの。

 対してプリシラは甘やかされたままやりたい放題で、他人への共感力が欠片も無い性格に育ってしまっていた。


「……………殿下の過去について不躾に踏み込んでしまい、すみませんでした」

「いや、謝らないでくれ。元はと言えば俺が、はっきりしないのが悪かったからな」


 だが、と。

 レオンハルトの瞳が鋭さを帯び輝いた。


「もしこの先、また兄上が君に悪意を向けることがあったら、すぐに俺を呼んでくれ。いくら兄上でも、許せないことはあるからな」

「…………わかりました」


 ザイードについて、全てが納得できたわけではない。

 だが他人の兄弟事情に、しかも王家のものに対して、コーデリアに首を突っ込む資格は無かった。


「殿下のお心遣い、感謝いたしますね」

「俺の方こそ、昔話に付き合ってもらえて助かったよ。…………ところで話は戻るが、俺の獅子の姿の問題は、兄上との関係だけでは無いんだ」


 湿り気のある空気を入れ替える様に、レオンハルトはやや強引に話題を転換した。


「というとやはり、獣人への差別問題でしょうか? 獣人に対する差別感情は、今も根強く残っていますものね」


 獣人とは体の一部に、耳や尻尾、羽根といった獣の相を持つ人種のことだ。

 大陸を見渡せば、国民の多くを獣人が占める国はあったが、この国ではほとんど見かけなかった。

 元々獣人とは住んでいる土地が違うのも大きいが、一番の問題は多くの国民が獣人を『獣まじり』と見下しているからだ。


(王家の祖である獅子は聖獣として崇める一方、獣人のことを一方的に貶めるなんて、おかしいんじゃとは思うけど……)


 だが実際問題、差別感情と言うのは一朝一夕でどうにかなるものでは無いのは確かだ。

 自国の王家の獅子は聖なるものだが、他国の獣人は汚らわしいもの。

 そんな自国に甘く、他国に厳しい見方が自然と成立するのは、ある意味とても人間らしいのかもしれなかった。


「獣人に対する差別感情は俺にも色々と思うところがあるが……。だが現実問題として、今王家の人間である俺が獅子の姿に変じられると公に知られると、めんどうごとが多いのは確かだ」

「よほどの緊急事態にならない限り、この先も殿下が獅子に変化できると、公表なさるつもりはないのですね?」

「あぁ、そうだ。兄上との関係に、獣人に対する諸々。無駄な諍いを起こし国を割るのは、王族として許されないと思うからな」

「わかりました。私もしっかりと、口を噤ませてもらいますね」

 

 秘密を抱えて生きること。

 しかも王子という身分にあっては、とても大変なことだろうと思う。

 だが、レオンハルト自身が秘密を守り通すと決めている以上、コーデリアは口をつぐむだけだ。


「助かるよ。一応俺以外にも、代を遡れば獅子の姿に変じられる人間はいたようだが、皆生涯その秘密を守っていたようだからな」

「同じような境遇の方がおられたんですね。……………この国にはたびたび、聖獣である獅子が姿を現し、国民を助けたという伝説がありますが………」

「おそらく、俺と同じように獅子に変じた王家の人間のことだろうな。王家の人間が獅子に変化できると知られるのはまずいが、国民を守るために『どこからともなく』現れた獅子が人助けをするのは問題ない、ということさ」

「なるほど、そういうことだったんですね」

 

 伝説の正体を知り、コーデリアは深くうなずいた。

 これでレオンハルトの獅子化に関連することについて、おおよその疑問は解決することができたのだ。

 聞くべきことは聞いたし、あとはいかにしてこの屋敷を去るかだ。

 どう言い出そうか迷っていたところ――――――


「コーデリア、そろそろ君の家の人間も心配しているはずだ。名残惜しいが、帰りの準備をしてもらった方がいいな」


 レオンハルトの方から、帰り支度を告げられたのだった。


「君と別れるのは辛いが………。これ以上いっしょに居たら、どんどん家に帰したくなくなってしまうからな」

「殿下………」


 レオンハルトの手が、コーデリアの指をそっと握った。


「……………君が今、俺の求婚を受け入れる気が無いのはわかっているさ。君は思慮深いし、婚約破棄をされたばかりで、今はまだ恋も結婚もごめんだと思っているはずだ」

「………お待ちいただいたところで、私の答えは変わらないと思います」

「変えてみせるし、何年だって待ってみせるさ。俺が欲しいのは君の心だからね」


 だからこそ、君を無理やり閉じ込めることはしないよと。

 そうレオンハルトは、熱の燻った瞳で微笑んだのだった。

 

「とりあえず4日後、君の屋敷に手袋を届けに行くつもりだ。その時に、君の好きなことや趣味の話や、色々と聞かせてもらえると嬉しいな」

「………精一杯おもてなしさせていただきますね」


 一礼をし、コーデリアは立ち上がった。

 ドレスの裾を整え、部屋の外へと出ようと思っていたところ。


「コーデリア、すまないが最後に一つ、頼みごとを聞いてもらっていいかい?」


 にこやかに笑うレオンハルトから、『頼みごと』を持ち掛けられたのだった。



 

お読みいただきありがとうございます。

次話は本日中に投稿予定です。

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