とっておきを贈られました
コーデリア達を見つけたレオンハルトの従者は、とても驚いた顔をしていた。
驚愕はすぐさまソツのない笑みにとってかわったが、こちらに向けられる視線が痛かった。
(まぁ、当然よね)
自分たちの主である王子が、ボロボロのドレスの令嬢を森から連れて帰ってきたのだ。
声に出して詰問されないだけ、レオンハルトの従者教育が行き届いていると言えた。
従者たちに自己紹介を済ませた後、彼らに先導され、森の外れの馬車へと連れられて行く。
馬車は二頭立てのしっかりとした作りだが、王家の紋章は掲げられていなかった。
お忍び用の移動手段のようだ。
馬車に揺られることしばし。
足元に感じる振動が規則的になり、石畳の道に入ったのがわかった。
更に進むと、やがて車輪の速度が落ち停車する。
馬車を降りると、裕福な商人の住む屋敷のような建物がある。
王都の東地区にある、レオンハルトの別邸らしい。
「コーデリア、替えのドレスが用意できるまで、用意した部屋で待っていてもらえるかい?」
「殿下にそこまでしていただくわけにはいきません。うちの屋敷に使いを出し、着替えを持ってきて――――」
「悪いがそれは無理だ。ここは俺の隠れ家のような屋敷で、場所を知られたくない。君自身のことは信頼しているんだが………」
「……わかりました。お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
コーデリアは、引き下がらざるを得なかった。
自邸に使いを出した場合、おそらく父には知られることになる。
最悪、妹にまで知られた場合、どうなるかわかったものでは無いからだ。
「気にしないでいいよ。とっておきのドレスを用意するから、楽しみにしていてくれ」
爽やかに言い切ると、レオンハルトは屋敷の奥へと消えていった。
屋敷の従者の先導に従い、客室へと足を向ける。
従者が一礼して去り一人になると、どっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。
(大変なことになったわね…………)
深く深く、長椅子へと腰かける。
レオンハルトに助けられたまでは、まだいいとしても。
その後に、王家がらみの彼の秘密を知らされてしまって。
押し切られた形とはいえ、男性の屋敷に1人でお邪魔したあげく、ドレスまで用意してもらっている。
(私これ、どんどん深みにはまっていってない?)
笑えない。
レオンハルトからの求婚を受ける気はないのに、この流れはまずかった。
(………この屋敷から帰してもらえない、なんてことはないわよね?)
思い浮かんだ怖れを、馬鹿な考えと一蹴することがコーデリアにはできなかった。
『またたびである君を、手放す気は無い』
言葉だけ聞くとふざけた宣言だが、彼の瞳は本気だった。
手首を捕らえた腕、肉食獣の視線。
手放す気が無いという宣言を、王子である彼なら、そのまま強行することもできるのだ。
なんだかんだと理由をつけ、自分が求婚を受け入れるまで、この屋敷に軟禁するくらいはありうる。
そして自分が帰らなかったところで、あの父母や妹が、王子を敵に回してまで助けてくれるとはとても思えないのだった。
(私の考えすぎ、心配しすぎならばいいのだけど………)
うぬぼれではないが、彼の自分への執着は相当なものだ。
先ほどの『とっておきのドレスを用意する』発言も、いったいどんな豪華絢爛なドレスを持ってこられるのかと、正直恐ろしかった。
戦々恐々としたまま、長椅子で体を休めていたところ。
「コーデリア様、失礼します。殿下からのドレスが届きました」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「素敵だ、コーデリア。やはりその色が、君の美しさを一層引き立ててくれたようだね」
歯の浮くようなセリフを、さらりと口にするレオンハルト。
用意されたドレスはこっくりとした臙脂を基調とした、上品かつ華やかなデザインのものだった。
首元の紺のリボンや袖口の白レースが、落ち着いた色合いの中にも可愛らしさをのぞかせ揺れている。
コーデリアの好みにもあう、美しいドレスだったのだが――――――――
(思ったより普通でよかったわ…………)
使われている素材は、いつも自分が着ているドレスより少しだけランクが上、といった程度だ。
内心ほっと胸を撫でおろしていたところ。
「どうしたんだい、コーデリア? まさか気に入らなかったのかい?」
レオンハルトは目ざとかった。
「そんなことはありません。素敵なドレスを用意していただき、感謝しています」
「デザインはどうだい?」
「色も素材も好みで、とても嬉しいです」
「よかった。君は美しいからこそ、もったいないと思っていたところだったからね」
上機嫌な猫のように、レオンハルトの目が細められた。
「舞踏会の時も今日も、君は淡い色合いのドレスを着ていただろう? あれもあれで良かったけど…………やはり少し、物足りなかったからね」
「お見苦しかったですか?」
「いいや、違う。何を着ても君は魅力的だけど、より美しさが引き立つのは、藍色や臙脂といった、深い色のドレスだと思ったからだよ」
俺の目に狂いはなかったようだなと、レオンハルトが満足げにしていた。
(私に似合う色、か………)
コーデリアだって年頃の女性として、人並みにドレスに興味は持っていた。
だがしかし、伯爵家にはお金が無かった。
妹が湯水のごとく浪費を繰り返すおかげで、コーデリアの服飾費は雀の涙だ。
公の場で着る用のドレスは妹のお下がりか、母や祖母が昔着ていたもののみ。
妹の好みはピンクや水色といった淡い色合いが多く、デザインも甘いものが多かった。
母や祖母のお下がりは型が古いものがほとんどで、色合いも若い自分には地味すぎるのが大半だ。
今着ているドレスは袖口のレースなどに流行が取り入れられており、揺れる艶やかな紺のリボンが愛らしかった。
「殿下、ありがとうございます………」
社交辞令ではない、ささやかだが心からの感謝だった。
微笑むコーデリアに、レオンハルトが囁きを落とす。
「そんな顔をされると、このまま閉じ込めたくなってしまうな」
コーデリアの笑みが強張った。
「冗談だよ。そんなに怯えないでくれ」
「殿下のご冗談は心臓に悪いです」
「心臓にって…………。君は俺のことをなんだと思ってるんだい?」
人をまたたび扱いして執着する変人。
といった本音を漏らすわけにもいかず、コーデリアは無言で視線をそらした。
「ははっ、君は意外とわかりやすいな。それだけ打ち解けてくれたということかな?」
「………そうでしょうか?」
答えつつも、コーデリアは彼の言葉を認めざるを得なかった。
まっすぐに感情をぶつけてくるレオンハルトに釣られ、感情を表に出してしまっている自覚はある。
彼は押せ押せに見えて、人の表情をよく観察しているから、下手な嘘をついても無駄だというのもある。
「そうだったら嬉しいよ。俺の方も君の考えていることが、少しは理解できるようになってきたところだからな」
「どういうことですか?」
「今君はドレスを受け取った時、内心ほっとしていただろう?」
「………バレていましたか。表情には出していなかったつもりなのですが………。もしかして、獅子の姿に由来する感覚で、何か私の変化でも察知できたのですか?」
「俺の特殊感覚は、そこまで便利なものではないよ」
そういうものなのだろうか?
レオンハルトに嘘の気配は感じられないが、持っている感覚が異なっている以上、全面的に彼の言葉を信じ、理解することは難しいようだった。
「ただの当て推量だよ。君は金銭感覚がしっかりしているし、今のところ俺の求婚を受け入れる気もないだろう? そんな状態で、うっかり高価なドレスを着せられたらどうしようと、内心悩んでいたはずだ」
「…………すみませんが、その通りです。殿下が『とっておきのドレスを』とおっしゃっていたので、どんな豪華なドレスが来るのかと…………」
「『とっておき』なのは確かだぞ? 君に似合う色の布地を潤沢に使い、デザインにもこだわりつつ動きやすく、それでいて高価になりすぎないように、というオーダーで試行錯誤した一品だからな」
…………やはりこのドレスは、コーデリアのために仕立て上げられた一品らしい。
なんとなく予想していたとはいえ、明言されると重かった。
「私のためを思って頂きありがたいのですが……。殿下が私と出会って、まだ数日のはずです。なのにもうドレスが仕上がっているとは、職人にかなり無茶を聞いてもらったのではありませんか?」
「………そこは君が、気にするところではないよ。言っただろう? これは『とっておきのドレス』だ。このドレスなら、君だって受け取ってくれるだろう?」
「殿下、お気持ちはありがたいのですが――――――」
「これは俺の獅子の姿を知った君への、口止め料でもあるんだ。受け取ってくれるよな?」
自信たっぷりのレオンハルトに、
「………ありがたく頂戴させていただきます」
コーデリアも、頷かざるを得ないのだった。
(確かにこれは『とっておき』ね)
ドレスだけでなく、渡し方やタイミングもだ。
もしドレスが、コーデリアの予想していたように高価なものであったら、口止め料と言われたところで、釣り合わないと断固として拒否していたはずだ。
だが、デザインはしゃれているが値段自体は常識的とあっては、断る理由として弱かった。
加えて何より、今までコーデリアが着ていたドレスはボロボロだ。
あのドレスのまま外に出るわけにもいかない以上、レオンハルトの厚意を拒絶することもできないのだった。
「ありがとうございます、殿下。殿下の獅子のお姿は決して口外しませんので、ご安心ください」
「君のことだから、その辺は大丈夫だと思っているよ。もし、俺の獅子の姿が知れ渡ったらどうなるか、君なら十分理解しているだろう?」
「………次期王位に、波風が立ちますね」
ライオルベルンの王太子は、レオンハルトの異母兄であるザイードだ。
そんな状況で、もしレオンハルトこそが王家の祖である獅子の力を宿していると公表したら?
「俺は王になるつもりはないが、兄上や周りの貴族たちは、そうは思ってくれていないようだからな」
「殿下は、王位に興味は無いのですか?」
「冷たい玉座より、君の方がよっぽど俺には魅力的だよ」
「はぐらかさないでください」
不敬を覚悟で、コーデリアは踏み込み言い切った。
王位について問いかけをする権利が、たかが伯爵令嬢でしかない自分に無いのは理解している。
だがそれでも、多くの領民を抱える貴族の端くれとして、聞かずにはいられないのだった。
「レオンハルト殿下はザイード殿下が、本当に玉座に相応しいと信じていらっしゃるのですか?」
「…………兄上は王太子として、十年以上大過なく勤めている実績がある」
「王太子としては、でしょう? 不敬を承知で申し上げますが………一国を背負う王として立つだけの器が、ザイード殿下にはあるのですか?」
とてもそうは思えないと、コーデリアは確信していた。
確かにザイードは、決まりきった手順を踏襲し、政治を行うことは向いているのかもしれない。
だが彼は高慢で慢心し、感情的になる傾向があると、先ほどの短い邂逅でも思い知らされている。
そんなザイードが王冠を戴いたらどうなるのだろうという不安が、コーデリアから離れないのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次話は明日投稿予定ですので、よろしくお願いいたします。