表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/88

背中に乗れと言われましたが


「俺のまたたび…………いや、妃になってくれ、コーデリア」

「またたび扱いはお断りします」


 レオンハルトからの情熱的な求婚(?)を、コーデリアは間髪入れず拒絶した。

 きっぱりと言い切ると、レオンハルトが目をしばたかせている。


「………まさかコーデリアは、またたびが嫌いなのか?」

「好きとか嫌い以前に、私はまたたびではありません」


 『私はまたたびではありません』

 …………我ながら意味不明なセリフである。

 人生においてまさかこんな断り文句を使う日が来なんてと、コーデリアは遠い目をした。


 そんなコーデリアの内心を知ってか知らずか、レオンハルトが熱に浮かされたかのように唇を開いた。

 

「すまない、俺の言葉が悪かったようだな…………。またたびというのは比喩だ。コーデリア、君は俺にとってまたたび以上に愛らしい、とても素晴らしく魅力的な存在なんだ」

 

 違う、そうじゃない。

 ツッコミを入れたくなるのを、コーデリアは全力で我慢した。


(というかそもそも、『またたびより愛らしい』というのは誉め言葉になるのかしら……?)


 ならないはずである。

 自分の思考に駄目だしをしつつ、コーデリアが口を開こうとしたところ―――――――


「コーデリア、しばらく今の話は後だ。彼女が意識を取り戻しそうだ」


 レオンハルトが声を潜め、木によりかかる令嬢を見やった。

 人より優れた聴覚で、令嬢の様子に変化を感じ取ったらしい。

 その表情に、つい今までコーデリアへと向けられていた甘やかな熱は欠片も無く、穏やかだが感情のうかがえない笑みが浮かべられている。

 彼の表情制御術に無言で拍手を送りつつ、コーデリアも令嬢の姿を見守った。


「……んっ………」


 ゆっくりと、令嬢のまぶたが持ち上がる。

 目を開いた令嬢はまばたきをしつつ、数度ゆっくりと首を振った。


「私は………なぜ、こんなところに…………?」


 答えを探しさまよう視線が、コーデリアを見て固まった。


「っひっ!! コーデリアっ⁉」


 令嬢の声がひっくり返る。

 どうやらまだ錯乱状態が続いているようだ。

 瞳に恐怖を滲ませ、あえぐように唇を開閉させている。


 どうなだめたものかとコーデリアが思い悩んでいる前で、顔を青くした令嬢が絶叫を放ち――――― 


「子爵令嬢パメラ、その口を閉じるんだ」


 凛とした声が響き、悲鳴が断ち切られた。

 レオンハルトだ。

 大声を出したわけでも、声が荒げられていたわけでもなかったが、彼の言葉には人を従わせる確かな力があった。

 

 いつも穏やかで人当たりがよく、コーデリアの前では甘く優しいレオンハルトだが、彼はれっきとした王族の一人である。

 その事実を再確認しつつ、コーデリアは真っ青な顔で震えているパメラへと声をかけた。


「パメラ、落ち着いて。怯えなくても大丈夫。殿下は溺れていたあなたを助けてくれたのよ」

「殿下が、溺れた私を………?」


 パメラの瞳が、記憶を確認するように閉じられた。


「私、ボートから落ちて、溺れて――――――――っ」


 パメラは立ち上がると、慌てて周囲を見渡した。


「獅子よっ!! 溺れる私に獅子が襲い掛かってきたのよっ‼ どこにいったのっ⁉」

「パメラ、落ち着け」


 レオンハルトの命令に、パメラが再び固まった。


「獅子なんていない。君が見たのは幻だ」

「そ、そんなわけっ…………!!」

「君は水を大量に飲んでいたんだ。苦しさのあまり、幻を見ていたに違いない」

「でもっ、あんなに近くで、私のドレスが引っ張られて………!!」

「それも全て幻だ。こんな王都の近くに、獅子がいるわけがないだろう?」

「殿下のおっしゃるとおりよ、パメラ。私も見ていたけど、獅子なんてどこにもいなかったわ」


 コーデリアも加勢すると、さすがにパメラも納得したようだった。


「…………そ、そうですよね。もし本当に獅子がいたなら、コーデリア様だって噛みつかれて死んでしまって、無事ではいられないものね」

「……………その通りね」


 …………獅子にじゃれつかれまたたび扱いされ求婚され、ある意味全く無事では無かったのだが。

 そんな事実はおくびも出すことなく、パメラを安心させるように、コーデリアは微笑んだ。

 どうやらパメラもだいぶ落ち着いてきたようで、コーデリアへの敬称が復活していた。


「でも、獅子がいなかったなら、コーデリア様のそのドレスはどうしたんですか?」

「あなたを助けるため、湖に飛び込もうとして――――――――」

「その件なんだが、まずはパメラ、目を覆い向こうを向いていてくれないか?」

 

 レオンハルトが、コーデリア達のいる方向と反対方向を指し示す。

 パメラは反射的に指示に従いつつ、不安そうに声を上げた。


「レオンハルト殿下、どういうことですか?」

「コーデリアはちょうど今、服の乱れを整えようとしていたところなんだ。相手が同性であれ、他人に着替えや身支度は見られたくないものだろう?」

「す、すみませんでしたっ!!」

「気にすることは無い。コーデリアがいいというまで、君は目をつぶり反対方向を向いていてくれ」


 両手で目を覆ったまま、パメラがこくこくと首を振った。

 それを確認したレオンハルトがコーデリアへと近寄り、小声で話しかけてきた。


「さてコーデリア、これからどうするかなんだが…………」

「殿下はここにはいなかった、と言うことにして、彼女にも口裏を合わせてもらうべきですね」


 レオンハルトが助けに来たと公表すれば、色々とめんどうなことになることは間違いない。

 ザイードの関与といい、説明の難しい件が多すぎる。


「いつここにパメラや私の従者たち、それにカトリシア様がやってくるかわかりません。殿下は早くこの場を離れてた方がよろしいかと」

「その通りだな。ではコーデリア、この後で俺の背中に乗ってもらえるか?」


 ……………はい?

 この殿下は一体何を言っているのだろうと訝しんだところで。


(あ、そういうことね。獅子の姿になるから、背中に乗れということ………?)


 意味するところは理解できたが、レオンハルトの真意は読めなかった。


「無理です。獅子の殿下を乗り物がわりにするなんて、私にはとてもできません」

「相手が君なら、俺は大歓迎だよ?」

「私が恐れ多いです」

「気にしなくても大丈夫。君は羽のように軽いからな」


 麗しい笑顔で断言するレオンハルトに、コーデリアは頭痛を覚えつつ口を開いた。


「そもそも、獅子の殿下に騎乗する必要性がわかりません」

「人間の姿の方がいいのか? ならば君を、両腕で抱き上げて行こうか?」


 森の中は危ないから、君を歩かせるわけにはいかないよと、レオンハルトが当然の顔をして言っている。


「………なぜこれから私が、殿下と行動を共にする前提になっているのですか?」

「当然だろう? カトリシアは君を憎んでいるんだ。そんな彼女がやってくるかもしれないここに、君一人を残して帰るわけにはいかないじゃないか」

「殿下、ご心配はありがたいのですが、カトリシア様くらい私一人で―――――――」

「コーデリア」


 びくりと跳ね上がりそうになる肩を、意思の力で押さえつける。

 レオンハルトの声は静かだが、どこか恐ろしく熱を帯びた響きがこもっていて。

 まるで大型の獣ににらまれたように、心臓が早鐘を打つのがわかった。


「君は俺のまたたびだと、そう告げたはずだ」

「またたび……………」


 レオンハルトの指がコーデリアの手首に触れ、捕らえる様に握りしめた。


「獅子は獣で、そして猫の仲間だ。またたびである君を置き去りにするなんて、できるわけがないだろう?」


 獅子は獣。

 その言葉を証明するかのごとく、レオンハルトの瞳には獰猛な光が煌いているようだった。


「………コーデリア、君の選択肢は2つだ」


 手首が解放され、レオンハルトが人差し指と中指を立てた。

 その瞳から、つい今しがたの危うい光は消えている。

 肩の力を抜くコーデリアの前で、レオンハルトは人差し指を折った。


「1つ、獅子の姿の俺に騎乗し、森を突っ切って俺の乗ってきた馬車へと向かう」


 続いて中指が折られた。


「2つ、俺とともにこの場に残り迎えに来たボートにのり、伯爵家の屋敷までむかう」


 差し出された選択肢に、コーデリアはそっとため息をついた。


(そんなのは最初から、二択として成立してないじゃないの)


 2番目を選んだ場合。

 レオンハルトがコーデリアの元に駆け付けたと、カトリシアを筆頭に多くの人間に知られることになる。

 しかも不可抗力とはいえ間が悪いことに、コーデリアのドレスは脱げかけで乱れ切っている。


 レオンハルトのお気に入りと噂されているコーデリアが、肌もあらわな状態で彼と共にいた。

 …………そんな状態を他人に見られたらなんと噂されるか、火を見るよりも明らかである。

 コーデリアにレオンハルトの求婚を受け入れる気が無い以上、2番目の選択肢は存在しないも同然だ。


「……………わかりました。恐れ多いことですが、獅子の殿下に乗らせてもらいますね」

「君なら、きっとそちらを選んでくれると信じていたよ」


 いい笑顔のレオンハルトに対し、


(殿下、結構くせ者よね………)


 コーデリアは心の中で呟いた。

 いつもこちらに対し優しく甘く、またたびを前にした猫のようだったレオンハルト。

 

 ………だが彼は決して、優しく穏やかなだけの男性ではなかった。

 彼は王子であり、獅子でもあるのだ。

 パメラに見せた支配者たる王族としての顔や、肉食獣のごとき威圧感を放つ瞳の持ち主だ。


 ――――――――きわめてめんどくさい相手に、またたび認定されてしまったコーデリアなのであった。




お読みいただきありがとうございます。

感想欄への返信と、指摘いただいた誤字を訂正させてもらいました。

感想や誤字報告、いつもとてもありがたいです。


次話は明日更新予定ですので、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[良い点] 初めまして。とても楽しく作品を拝読させて頂いております。 どんなに相手が良い方でもまたたび扱いに怒る点、とても共感出来 違和感なく楽しめております。 [気になる点] "「………コーデリア、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ