君はまたたびだと言われました
(変わったお方ね……)
コーデリア自身でさえ気づかなかった小さなささくれを、見逃せないと告げたレオンハルト。
ほんの些細な傷であれ、コーデリアが傷つく姿を見るのは嫌だと。
そう出会って数日の彼が言うのは無茶な要求で、お節介なのかもしれない。
けれど不思議と、コーデリアは不快感を感じてはいなかった。
彼の言葉に嘘が無く、落ち着いた声が心地よかったからだろうか?
ほんの少しだけ、心のどこかが軽くなったような、温かくなったような。
柔らかい部分をくすぐられたような気がして、コーデリアは自然と微笑んでいたのだった。
「コーデリア………」
レオンハルトもまた瞳を蕩かせ、甘く柔らかく微笑んでいた。
愛おし気にコーデリアの名を呟き、こちらに向かい手を伸ばす。
彼の指が触れようとしたところで―――――――
(手袋フェチの匂いフェチっ!!)
脳内に走った単語に、咄嗟に一歩、後ろへと後ずさってしまっていた。
「あっ…………」
目の前でお菓子の皿を取り上げられてしまったような。
切なげな様子のレオンハルトに罪悪感を刺激されつつ、一歩二歩と、更に距離を取るよう後ずさる。
(すみません殿下。でも………)
このまま雰囲気に流されるわけにはいかなかった。
彼が王子だということもあるが、それ以上に見過ごせない理由がある。
思い出す。
彼と初めて言葉を交わした、舞踏会の日のことだ。
あの日も彼はコーデリアに甘く囁き、うっとりとした瞳で手袋を握っていた。
初対面とはとても思えない溺愛っぷりに、
『殿下は手袋フェチではないか?』と引いてしまったほどだった。
そしてついさっきだって、こちらを切なげに見る彼のことを、『匂いフェチでは?』と疑ったところだ。
(殿下が、私に好意を向けてくれているのはもう疑っていないけど………)
その理由が、まだコーデリアには理解できていなかった。
気になりだすと、彼の好意を素直に受け入れることは出来なかった。
こういう理屈っぽい性格が、トパック達に『かわいげがない』と言われる原因なのはわかっている。
だが自覚したところで、やはりコーデリアは、レオンハルトに問いかけるのを止められなかった。
「殿下、一つお聞きしたいことがあります」
「何だい?」
「舞踏会でお会いした時から、殿下はとても私によくしてくれていました。それはとてもありがたいことなのですが…………」
少し言いよどむ。
「………そもそも何故殿下は、私のことをそんなにも気にかけてくれているのですか?」
「目が合うと嬉しくて、君が俺にとってこの上なく魅力的だったから。……それでだけは不満かい?」
寸分も照れることなく、砂糖たっぷりのセリフを吐くレオンハルトに、コーデリアは気圧されていた。
甘く熱く、こんなにも真っすぐな思いを囁かれるのは初めてで、やりづらさを感じて仕方ない。
「私にはどうしても、疑問が残るのです――――殿下が、私を魅力的だというその理由。殿下は初対面の時に私の何を、そこまで気に入ってくださったというのですか?」
「一目惚れ………と言いたいところだが、それだけでは、君は納得できないだろうな」
レオンハルトは、自身の胸へと手を当て、語りだした。
「先ほど君も直接見た様に、俺は人と獅子、2つの姿に生まれつき変化することができるんだ」
「生来のもの、そして変じた姿が獅子ということは、やはり王家の祖である、獅子の精霊繋がりで?」
ライオルベルン王家の始まりは、黄金の獅子の精霊と、その加護を受けた聖女にあるとされている。
黄金の獅子は聖獣として敬われており、国の紋章にも取り入れられていた。
「正解だ。詳しい説明は後にするが、あの獅子の姿は確かに俺本人だし、人の姿をとっている時にも、普通の人間と違う点がいくつかある」
「聴覚が鋭いのも、そのおかげなのですか?」
先ほど気絶していた令嬢が意識を取り戻すのを、レオンハルトはいち早く察知していた。
注意力の差かとも思ったが、あの時はコーデリアも、それなり以上に神経を尖らせていたはずだった。
「その通りだ。視覚や聴覚といった感覚は人と少し異なっているし、それとは別の五感以外の感覚が、俺の身には備わっていたんだ」
「………先ほど言っていた、『匂いのようなもの』、ですか?」
目に見えず耳に聞こえず熱くも無く冷たくも無く触れることもないと言っていた、匂いのようなその感覚。
コーデリアは自身の腕を鼻先にもってきて、ついその匂いを嗅いでしまった。
「ただの人間である私には、どういうものかわからないのですが………。その匂いのようなものは、殿下の感覚からすると、個人個人によってそんなに違うものなのですか?」
「大違いだ」
断言されてしまった。
「今まで君ほど、惹きつけられる相手はいなかったんだ。その違いや魅力を、言葉にして説明するのは難しいんだが………」
「…………猫にとっての、またたびのようなものでしょうか?」
コーデリアはぽつりと呟いた。
先ほどの獅子の様子は、昔見た、またたびを与えられた猫にとてもよく似ていた。
「またたび、か………」
レオンハルトは呟きつつ、何やら深く頷いていた。
「………確かに、言いえて妙かもしれないな。俺は君を前にすると手放したくなくて、惹きつけられてたまらなくなってしまうからな」
甘く恍惚とした光を宿した瞳で、レオンハルトが告白した。
言葉だけ聞けば、これ以上ないほど熱烈な溺愛宣言であったのだが―――――――
「コーデリア、君は俺のまたたびなんだ」
「………はい?」
――――――――――続くセリフが台無しだった。
またたびの例えを最初に出したのはコーデリアの方だったとはいえ、面と向かってまたたび扱いされてしまったら、どう反応を返せばいいかわからなくなってしまう。
戸惑い曖昧に笑うコーデリアの前で、レオンハルトがキラキラと光り輝く、極上の笑顔で口を開いた。
「俺のまたたび…………いや、妃になってくれ、コーデリア」
「またたび扱いはお断りします」
―――――――せめて人間扱いして欲しいです、と。
そう嘆いたコーデリアなのであった。
タイトルとあらすじのまたたびワードを回収できたので、今回は短めですがここまでで。
続きは明日投稿予定です。
感想と誤字脱字報告を何件か受けているので、順番に返信させてもらいますね。




