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殿下が名残惜しそうにしていたので



「コーデリア、無事か⁉」


 ――――――――――それはまるで、童話に謳われる白馬に乗った王子様のように。


 ザイードからコーデリアを守るように、レオンハルトが駆け付けたのだった。


「レオンハルトでん――――――っ、きゃっ⁉」

「コーデリア、君はそこにいてくれ」


 ぐいと肩をつかまれ、レオンハルトの背後へと庇われる。

 広い背中越しに、ザイードが唇を歪めるのが見えた。


「ははっ、随分と必死だなレオンハルト。そんなにその女に入れあげているのか?」

「兄上の方こそ、一体何をしているのです? 嫌がる女性に迫ろうとするなど、乱心なさいましたか?」


 異母兄と相対したレオンハルトは、険しい顔をしている。

 穏やかな笑みを浮かべていたことが多い彼だが、今の表情を見ると、ザイードと似ているのだと感じた。


(半分とはいえ、血が繋がっているということね)


 陽光を束ねた金の髪のレオンハルトと、宵闇で染め上げた黒い髪のザイード。

 光と闇、方向性は違いながらも、どこか似通った所のある美貌の持ち主の二人だ。

 異母兄弟の王子たちを見ながら、コーデリアはゆっくりと息を吸い込んだ。


 ザイードに迫られた時には、正直どうしようかと思った。

 王太子である彼から強引に逃げ出せば、後々やっかいな事態になるのは明らかだ。

 レオンハルトのおかげで一息つけたし、仕切り直しが出来そうだった。


「レオンハルト殿下、ありがとうございます」

「コーデリア?」


 すい、と。

 レオンハルトの背をすり抜け、前へ出た。


「何をするつもりだい? 兄上とのことなら、俺にまかせておいてく――――――」

「大丈夫です、殿下。ザイード殿下は私の、命の恩人ですもの」


 突然何を言い出したのだと言いたげに、ザイードが眉をひそめる。

 彼に口を出させる隙を与えない様、コーデリアは滑らかに言葉を続けた。


「私が賊に襲われそうになって怯えていたところを、ザイード殿下が助けてくれたんです。なのに私、恐怖がすぐには収まらなくて、恩人である殿下からも、反射的に逃げ出そうとしてしまったんです」


 言いつつ、コーデリアは自らの右腕を上へとかざした。

 指は小刻みに震え、持ち主の動揺を雄弁に物語っているようだった。

 半分は演技で、半分は心からの恐怖だ。

 長身の男性であるザイードに迫られるのは、図太いコーデリアであっても、やはり恐ろしいものだった。


「こんなに震えてしまって、冷静になれなくて。…………でもこれはザイード殿下に対してではなく、賊に対しての恐怖心の現れです」

「はっ。面白い言い草だな、女? さっきまで散々、俺への拒絶の言葉を吐いてしていたのはどの口だ?」

「先ほどは私、動転していましたから……。殿下も、私の拒絶が本気で殿下を嫌悪してのものではないとご存知でしたのでしょう? 嫌がる女性に無理やり迫るなどという犯罪者まがいの行いを、英明と名高い殿下がなさるなんてとても思えませんもの」


 英明と、という部分にそれとなく力をこめて言ってやると、ザイードが瞳を険しくした。

 コーデリアの言葉を意訳すると、

 『ザイードは動揺したコーデリアを落ち着かせようとしていただけであり、コーデリアがザイードを本気で拒絶したわけではないし、ザイードも犯罪者のような振る舞いをしたわけではなかった』

 ――――――ということにして、この場を手打ちにしようという提案だ。


 ザイードの振る舞いは腹立たしかったが、表立って告発すれば、王太子であるザイードと本格的に敵対することになるので、それは避けたかった。

 それにザイードの側としても、嫌がる女を襲おうとした、などという醜聞は避けたいと考えるはずだった。


「確かに、誤解を生みかねない場面であったのは確かですし、レオンハルト殿下が勘違いなされても仕方ないと思います。ですからこそ、今日の出来事は口外せず互いの心の内だけに留め、あらぬ憶測が流れぬようにしませんか?」

「………全てを、無かったことにしろということか?」

「それが、互いにとって最良の道だと思います。…………私は既に、四度も婚約者に捨てられた惨めな令嬢として、悪評がつきまとう身です。これ以上私が噂の種になるかは、全て殿下のお心一つにかかっていますから………」


 ザイードがこちらの提案を呑んでくれれば、とても助かると。

 そう彼にすがり、持ち上げる様に言ってやると、ザイードが唇を緩めた。

 自尊心が満たされ、コーデリアの言い分を受け入れる気になったようだった。


「ふんっ、貴様がそこまで言うなら仕方ないな」 


 ばさりと、ザイードがマントを翻し背を向けた。


「俺はここで誰にも会わなかったし、哀れな女を助けることもなかった。そういうことにしておいてやるから、感謝するがいい」


 悠然と去るザイードの背を、木陰から姿を現した従者らしき男たちが追いかけた。


(王太子である彼が、一人きりで行動しているわけないと思っていたけど……)


 やはり、人を控えさせていたようだ。

 そもそもザイードがここへ来たのは突発的な行動ではなく、コーデリアをはめるためだ。 

 コーデリアが本気でザイードから逃げ出そうとしたら、数人がかりで押さえつけられていたかもしれなかった。


(レオンハルト殿下がいらっしゃらなかったら、危なかったわね………)


 最悪この場で殺されるか、女性としての尊厳を奪われていた可能性もある。

 一難去って緊張の糸が切れると、再び恐怖がぶり返してきた。

 背筋が冷え、心臓が嫌な音を立てる。

 恐怖を鎮め、平静さを取り戻そうとしていると、


「コーデリア、我慢しないでくれ」

「殿下………?」


 コーデリアの手を、レオンハルトがそっと包み込んでいた。


「兄上は去ったんだ。もう君が警戒し、恐怖を押し殺す必要は無い」

「…………先ほどの手の震えは演技です。その証拠に、今はどこもおかしなところはないでしょう?」


 表情はいつも通りに微笑んでいるはずだし、体だって無様に震えていないはずだ。

 そう主張したはずだったのに、


「怖かったら震えていい。そうした方がきっと、心も早く落ち着くはずだ」


 私は震えてなんていないし怯えてもいません。

 再びそう主張しようとしたところで、コーデリアは言いよどんだ。


(温かいわね………)


 それはきっと、レオンハルトの言葉が静かだったから。

 弱さを哀れむのではなく、強がりを笑うでもなく、心を開けと迫るでもなく。

 震えていいのだと、恐怖を表していいのだと、そう告げられただけだったから。

 残ったのはただ、そっと包まれた手の温かさだけだった。


「………ありがとうございます、殿下」


 彼の手を振り払うことは出来ず、だからと言って恐怖を表に出すことも出来ず。

 結果出てきたのは陳腐でありふれた、でも心からの感謝の言葉だった。


 プリシラならきっとこんな時、目に涙をためてレオンハルトに抱き着くのだろうなと、妙な確信をもって想像しつつ、コーデリアはそっと俯いた。


 気が付けば恐怖心は収まっていた。

 平静を装っていたつもりだが、やはり確かに動揺していたらしい。

 冷静になると、レオンハルトと恋人でもないのに、手を握られているのはまずかった。


「殿下、すみません。手を外させてもらいますね」

「あ…………」


 指を引き抜くと、レオンハルトが切なそうな声をあげた。

 名残惜しそうな彼の顔に、コーデリアは自らの腕を見つめた。


 手の甲と指の関節、薄桃の爪がある。

 今日は素手で、手袋は装着していなかった。

 なのに彼は、コーデリアの手を見ているということは。

 

「………手袋フェチではない?」

「手袋……? 俺がどうかしたのか?」

「いえ、独り言です。どうか気になさらないでください」


 危ない危ない。

 つい気が緩んで、本音が零れ落ちてしまったようだ。


 なぜかこちらに好意的なレオンハルトだが、彼はれっきとした王子だ。

 王族の前にいる以上、いつも以上にしっかりせねばと、コーデリアは気を引き締めたのだった。

 



祝・週間異世界恋愛ランキング1位‼

たくさんの方にお読みいただいているようで、嬉しいです。

期待に応えられるよう投稿を続けていきますので、よろしくお願いいたします。

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