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そんな演劇のようなことが起こるなんて

祝・十話目です。

お読みいただいた皆様に感謝を。


 きぃん、と。


 澄んだ音が鳴り、コーデリア達と賊との間に、男が一人立ちふさがった。


 黒い髪をうなじでくくった男だ。

 手にした長剣から金属音を響かせ、襲い掛かってきた賊と切り結んでいる。


 手出しすることも出来ず息を潜めていると、徐々に男が押していくように見えた。

 一筋二筋と、賊の体に斬撃が浅く刻まれ、血が宙へと舞い散った。

 形勢不利を悟ったのか、賊が大ぶりに剣を薙ぐ。

 男が避けた隙に、賊は素早く森へと逃げこんでいってしまった。


「……………怪我はないな?」


 長剣を鞘に納めた男が、コーデリア達へと振り返った。

 宵闇が凝ったかのような黒い髪に、夜を閉じ込めた氷のような、濃紺の瞳の持ち主だ。

 表情もこれまた冷ややかで、硬質な美貌が際立っていた。


 賊に襲われそうになっていたコーデリア達を、剣でもって守った美貌の青年。

 まるで演劇の一幕のような、鮮やかな登場だ。

 舞台俳優と比べても遜色ない容姿の彼の名を、コーデリアは唇へとのぼらせた。

 

「ザイード殿下、何故ここに…………?」


 レオンハルトの異母兄であり、王太子の青年だ。


「俺の顔を知っているということは、貴族か? こんなところで令嬢二人きりで何をしている?」


 こちらの質問に答えることなく、質問で返すザイード。

 傲慢な振る舞いが板についており、その傲慢さが自身の魅力の一つであると、理解している類の人間だ。

 

(自信とプライドが服を着ているかのような方ね。弟のレオンハルト殿下とは、あまり似ていないかしら)

 

 臣下としての挨拶をしつつ、コーデリアはそう分析していた。


「私は、グーエンバーグ伯爵家のコーデリアと申します。ボート遊びの途中でボートが沈みかけてしまい、こちらで気絶している令嬢とともに、この岸へと上陸していました」

「ボート遊びか。気楽なものだな」

「遊びや社交は、貴族の仕事の一つですので」

「ならば今、誰と歓談することもなく立っていた貴様は、仕事を放り出していたというわけか?」

「一時的な、雨宿りのようなものでしょうか? 雨天のごとく悪意が降り注ぐので、辟易していたところです」

「あぁ言えばこう言う、随分と舌の回る女だな」

「ありがとうございます。ところで、ザイード殿下が何故この場所にいらしたのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

 問いかけに、ザイードは視線を森の奥へと動かした。


「俺は時折、この森で狩りを楽しんでいる。今日も狐を射ようとしたところで、おまえ達の悲鳴が聞こえてきたから、駆けつけてやっただけだ」

「そうでしたか。危ないところを助けていただき、ありがとうございます。あらためてお礼を申し上げさせていただきますね」


 コーデリアが礼をするも、ザイードは鼻で笑った。


「助けてもらいありがとうございます、か。その割に貴様は、全く動揺も恐怖も感じていないようだな?」

「恐慌は心の内に沈め、王太子殿下に見苦しい様を見せないようしているだけです」

「教科書通りの、かわいげのない生意気な答えだな。弟が執心だと聞いたから、どんな愛くるしいご令嬢かと思ったのだがな」

「ご期待に添えずすみませんが、私はレオンハルト殿下に女性として気に入られるようなことは、何一つしていませんので」

「その有様ではそうかもしれんな。どうも弟は、女の趣味が悪いようだな?」


 あからさまな挑発に、しかしコーデリアは応じることはなかった。 

 この程度の悪口は、すでにプリシラ絡みで言われ慣れている。

 鉄壁の笑顔を貫いていると、ザイードが苛立たし気に眉をひそめた。


「本当にかわいげのない女だな。そんなのだからカトリシアに目をつけられ、賊を差し向けられたのではないか?」

「さぁ、どうでしょう?」

「カトリシアを、公爵家を敵に回すと厄介だぞ? ここで出会ったのも何かの縁だ。俺にひれ伏し希うなら、公爵家をいさめてやってもいいぞ?」


 さぁ跪けと、断られるとは微塵も思っていない口調でザイードが言い放ったが、


「遠慮しておきます」

「…………どういうことだ?」 


 ザイードの声がより一層冷え込み、濃紺の瞳に剣呑な光が瞬いた。

 

「なぜ、俺の申し出を断る? この俺が、わざわざ助力してやると言っているんだぞ?」

「ザイード殿下が、嘘をつかれているからです」

「俺を侮辱するつもりか?」

「ではお聞かせください。殿下は先ほど、『カトリシアに賊を差し向けられたのか』と問われましたが、なぜそこで、カトリシア様の名前が出てきたんですか? 私は殿下に会ってから、一度もカトリシア様の名前を出してはいないはずです」

「……………っちっ、小賢しいな」


 忌々し気に、ザイードが舌打ちをした。


「少し考えればわかることだろう? カトリシアが貴様を敵視しているのは有名だ。可能性の高い推測を言ったら、偶然真実を射ていただけだ」

「偶然、ですか。ですが偶然も、二度続けば必然になると言いますよね? 先ほど殿下は賊と切り結んでいましたが、どちらの剣筋も勢いがなく、互いに深い傷を負わぬよう、示し合わせたかのような切りあいに見えました。これも偶然と、偶然が二度重なっただけと、殿下はそう仰いますか?」

「………女のくせに剣術まで修めているとは、どこまでも可愛げのない女だな」

「剣術は、令嬢の嗜みですので」


 大嘘である。

 ライオルベルンの令嬢で剣術を学んでいるのは変わり者だけ。

 当然コーデリアに剣の心得など無く、つまるところは当て推量、揺さぶりのためのはったりだった。


 コーデリアの追撃に、今度こそザイードは黙り込んでいる。


(最初から怪しいと思っていたのよ)


 賊に襲われていたところに、まるで演劇の主役のごとタイミングで、剣をもち駆け付けたザイード。


(でも、そんな演劇のようなことが現実に起こるなんて、怪しすぎるに決まってるじゃない)


 そもそもの話、いくらカトリシアがこちらを嫌っているからといって、本格的に家ごと対立しているわけでは無いのだ。

 なのに、コーデリアが溺れ死んでしまうかもしれない罠をしかけ、賊を差し向けるなど、どう考えてもやりすぎだ。

 公爵家の権力を使えばもみ消せるのかもしれないが、たかが嫌がらせに、そこまでの危険を冒す価値はないはずだった。


(けどこれが公爵家の独断ではなく、裏で王子であるザイード殿下も動いていたなら、おかしくはないものね)


 ザイードの母親は現アーバード公爵の姉だ。

 ザイードと公爵家、両者が手を組むのは、何も不思議なことでは無かった。

 王子であるザイードが今回の計画に一枚噛んでいるなら、よっぽど強固な証拠がない限り、コーデリアの側から訴えるのは難しくなる。

 それゆえ、こうも物理的で危険な嫌がらせになったのも納得だった。


「殿下は最初から、全てご存知だったんでしょう? きっとカトリシア様も、本気で私を賊に殺させようとまでは思っていなかったはずです。私に恐怖を与え嫌がらせをするのが、カトリシア様の目的。そして賊から私を助けるふりをして恩を売ろうとしたのが、殿下の目的ではないのですか?」

「ご立派な推察だが、証拠はあるのか?」

「殿下が否定されないことこそ、答え合わせになっていると思います」


 指摘すると、ザイードがほの暗く笑った。


「あぁ、満点だ。あの弟が執着する女と聞いていたからどれ程のものかと思ったが、頭の廻りは申し分ないようだな。やはり直接確かめてみて正解だったようだ」

「………私を試す。それが今回の動機ですか?」


 コーデリアは内心眉をひそめた。

 レオンハルトが興味を持っているからと言って、こちらを巻き込むのはやめて欲しかった。

 ザイードとレオンハルトの兄弟は、王族の常として関係が冷え切っているとの噂だ。


(兄弟喧嘩なら、他所でやってほしいものね)


 コーデリアの心の中の文句に気づくこともなく、ザイードがこちらへと手を伸ばした。


「貴様は合格だ。特別に、俺の側妃として迎えてやってもいい。俺の妃になればカトリシア程度、簡単に黙らせることができるぞ?」

「遠慮しておきます」


 近づいてきたザイードから、素早くコーデリアは後ずさった。

 すると見る見るうちに、ザイードの機嫌が急降下していく。


「貴様、一度ならず二度までも、この俺の手を振り払うつもりか?」

「出合頭にだまし討ちをしてくる方と、手を携えることはできません」


 王子であるザイードの不興を買うのはやっかいだが、彼の手を取ることは出来なかった。

 人を危険に巻き込んでなお欠片の謝罪も無い彼と手を組むのを、理性が警鐘を鳴らしていたのに加えて


(………プリシラに似ている?)


 ただの直感だ。

 性別も性格も違うザイードとプリシラだが、何故か似ていると感じた。

 その感覚が、彼の手を取るべきではないと、コーデリアに囁きかけているのだった。


 じりじりと、近寄ってくるザイードと距離を取り膠着状態に陥っていたところ―――――――


「コーデリア、無事か⁉」


 颯爽と駆けつける、金の髪の王子様。

 

 ――――――それはまるで、演劇の一幕のような一瞬で。


 自分を守るように立つレオンハルトの姿に、コーデリアは場違いにもそんな感想を抱いたのだった。




というわけで、次話からはレオンハルトのターンです。

またたびやあらすじのセリフを回収していく予定ですので、お楽しみいただけたら嬉しいです。

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