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婚約者を譲れと言われました


「おまえは姉なのだから、妹に譲ってやりなさい」


 そう言われ諭されたのは、もう何度目だろうか?

 コーデリアは内心ため息をつくが、顔には出さなかった。


 表情を崩さなかったのは、コーデリアなりの伯爵令嬢としての意地と、ただの慣れだ。

 乾いた目をしたコーデリアとは対照的に、目の前の少女は、可憐な笑いを浮かべている。


「お姉さま、お願い。私、トパック様のことを好きになってしまったの」 

 

 鈴を振るような声に、愛らしく無邪気な微笑み。

 妹のプリシラは、上目遣いでコーデリアを見つめると、傍らの青年に寄り添った。

 青年――――コーデリアの婚約者であったトパックは、今はプリシラに向けて、甘く熱い視線を向けている。


「僕は彼女を、プリシラを愛しているんだ。君には悪いと思っているが…………」

 

 気まずそうに語尾を濁すトパックの手を、華奢なプリシラの手が包み込む。


「プリシラ………」

「トパック様……」


 潤んだ視線で見つめあう二人を、コーデリアは無表情で見つめた。

 トパックの口にした謝罪の言葉も罪悪感も、形だけ。

 『婚約者の妹と恋に落ちてしまった罪な自分』に酔うための、材料にしかなっていないようだった。


 恋に酔い盛り上がる二人を、冷めた目で見るコーデリア。

 そんな仲睦まじい恋人たちを庇うように、二人の人間が立ちふさがった。


「コーデリア、おまえ、二人を引き裂こうなどと、変な気を起こすなよ?」

「辛いでしょうけど諦めなさい。恋心は止められないものよ」

 

 口々に諭すのは、コーデリアの両親だ。

 婚約破棄された娘をいたわるでもなく、追い打ちをかけるように言葉を重ねていく。


「姉なんだから、かわいい妹のことを思いやってあげなさい」


 人の婚約者を盗る妹をかわいがれと?


「トパック君は素敵な男性だ。残念だが、おまえとは釣り合わなかったということだ」


 一方的に婚約を破棄した彼が、素敵な男性?


「プリシラはやっと、運命の恋をみつけたのよ」

 

 それ、何度目の運命の恋ですか?


 心の中でつっこみを入れつつ、コーデリアはうんざりとしていた。

 目の前の両親にとって、コーデリアはプリシラの幸せを邪魔する障害物でしかない。

 そしてそれは、昔から何ら変わらない、グーエンバーグ伯爵家では見慣れた光景だった。


 「わかりました。婚約破棄を受け入れます。トパックの婚約者の座は、プリシラに譲りましょう」


 そう、わかっている。

 わからされていた。

 両親が大切にしているのはプリシラで、姉であるコーデリアは全てを妹に譲り、諦めざるを得ないのだと、十八年の人生で、嫌になる程理解させられていたのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 グーエンバーグ伯爵家は、ライオルベルン王国の中堅貴族だ。

 コーデリアが伯爵令嬢として生を受け、三年。

 妹が生まれたその日から、コーデリアの人生には暗雲が立ち込めることになった。


 赤子の頃から整った顔立ちで、絶世の美少女の片りんをのぞかせていたプリシラ。

 その愛らしさに両親は心奪われ、掌中の珠のごとく、大切に大切に可愛がっていた。


 プリシラを溺愛する両親の姿を、乳母に抱えられ眺めている自分。

 それがコーデリアの覚えている、人生で一番最初の記憶だった。


 赤子の世話は手のかかるもの。両親が妹にかかりきりなのも今だけのこと。

 そう乳母に言い聞かされたコーデリアは、幼いながらも我慢し、寂しさを誤魔化していた。

 

 いい子にしていれば、待っていれば、あともう少し妹が大きくなったら、お父様とお母さまも自分を可愛がってくれるはず。

 そんな幼い期待は、コーデリアが十八となった今も、叶うことはなかった。


 透き通る銀の髪に、黒目がちな大きな瞳、抜けるような白い肌。

 プリシラは可憐で、そして病弱だった。

 発熱と咳を繰り返すプリシラに両親は構いきりになり、コーデリアを顧みることはなかった。


『両親を恨んではなりません。病弱な妹を助けられるよう、あなたは立派な伯爵令嬢となりなさい』


 コーデリアを育ててくれた、父方の祖母の言葉だ。

 両親に放置されていたコーデリアの教育を引き受け、一人前の令嬢に仕立て上げてくれた恩人。

 厳しくて、けれども深い愛情にあふれた、コーデリアの唯一尊敬している血縁者だった。


『わたし、おばあさまは嫌いよ。いっしょにくらすなんて、ぜったいに嫌っ!!』


 しかしそんな祖母のことを、両親に甘やかされたプリシラは激しく嫌っていた。

 プリシラが病弱だったのは、ごく幼い頃だけのこと。

 七、八歳になるころにはほぼ健康体になっていたが、それまで病人として甘やかされた結果、我慢の利かない性格に成長していた。


 だがプリシラは、とても愛らしい外見の少女だ。

 文句やわがままを言う姿さえ可愛らしく、両親はプリシラの虜だった。

 コーデリアと祖母は、伯爵家の当主である父親に疎まれ、領地の別邸へと追いやられた。

 

 幸い、祖母との別邸での暮らしは、悪いものではなかった。

 妹を猫かわいがりする両親の姿を見せつけられることもなく、伯爵家の令嬢として必要な知識と教養を蓄える日々。

 領民たちと仲良くなり、気さくな侍女たちとおしゃべりを楽しんだりもしていた。

 そんな平穏で幸福な毎日は、祖母が亡くなった三年前に終わりを告げた。


 その当時、コーデリアは十五歳。

 結婚適齢期ということで、王都の屋敷に呼び戻され、両親の決めた婚約者と顔を合わせることになったのだ。


 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「二か月もたなかったのよね……」


 自室で一人、コーデリアは呟いた。

 最初の婚約者は二か月、次の婚約者は半年、その次の婚約者にいたってはわずか十日で。

 全員が妹のプリシラに惚れこみ、コーデリアとの婚約破棄を求めてきたのだ。


「今回のトパックは三か月、歴代の婚約者に比べれば長い方ね」


 やや優柔不断なところがあるものの、穏やかで人当たりのいいトパック。

 コーデリアは彼にそれなりに好感をもっていたが、またもや妹に奪われてしまったのだ。


「本当にもう、うんざりするわね………」


 ため息の対象は、無邪気に姉の彼氏を奪う妹か、そんな妹を甘やかす両親か、妹を選んだ元婚約者たちに対してか、奪われるままだった自分自身に対してか、それら全てか。


 婚約破棄も四度目ともなると慣れてくるが、それでも不快感が消えることはなかった。

 気を紛らわすように書類仕事に没頭していると、部屋の扉が叩かれた。


「お姉さま、いる? どうしてお祝いに出てくれないの?」 


 プリシラだ。

 銀色の髪に薄桃の造花を散らし、ミントグリーンのドレスで着飾った姿は、妖精もかくやという可憐さだ。

 ただし、あくまで外見だけは、だったが。


「あなたの婚約祝いの会食は欠席すると、そう伝えていたはずよ?」


 トパックに婚約破棄を申し出られてから、今日で三日目。

 妹が新たな恋人を得たことを喜んだ両親が会食を設けたが、コーデリアは欠席を申し出ていた。


「どうしてお姉さま? やっぱり私のこと許してないの? トパックを奪うつもりなの?」

「なんでそうなるのよ……」


 自分から婚約者を奪っておいて、一体何をのたまっているのだろう?

 今更、元婚約者にすがりつき、彼らの邪魔をする気はさらさらない。

 むしろ、二人の婚約のための雑事仕事を請け負っているくらいだから、感謝して欲しいくらいだ。


「プリシラ、私は忙しいの。婚約ということは、貴族の家同士が新たな契約を結ぶということ。たくさんの人間が関わることになるし、いくつもの手続きが必要なのよ」

「そんなこと、私のお祝いとは関係ないでしょ?」


 首を傾げるプリシラに、コーデリアの顔から表情が抜け落ちた。


 妹は、いつもこうだ。

 欲しいものは姉から奪い、面倒なことは全て押し付け、理解しようとすらしない。


 コーデリアだって、妹の尻拭いがやりたくてやっているわけでは無い。

 だが、伯爵家でまともに働ける人間は、自分しかいなかった。

 妹は論外だし、両親もそんな妹のわがままに振り回され、浪費を重ねるだけの存在だ。

 

 伯爵家の仕事をコーデリアが投げ出せば、没落はすぐそこに迫っている。

 今回だって、両親は妹の新たな恋を無責任に祝うだけで、手続きや雑務は全てコーデリアに丸投げだ。

 そんな忙しい中、時間を捻出して妹たちを祝ってやる気には、さすがにコーデリアもなれなかった。


「何と言われようと、私はあなたたちの婚約祝いに出る時間は無いの。会食がもうすぐ始まるんだから、主役のあなたは早く戻った方がいいわ」

「お姉さまがいっしょじゃなきゃ嫌よ。ほら、早くいきましょうよ」

 

 聞く耳を持たない妹に、コーデリアの袖がぐいぐいと引っ張られる。


「ちょっと、やめなさい。袖が伸びてしまうわ」

「きゃっ」


 軽く腕を振り払うと、プリシラがよろめいた。

 その体を、


「プリシラ、危ない!」

「トパック様!」

 

 廊下の角から飛び出してきたトパックが抱き留める。

 体を密着させた二人は、そのまま手を重ね、抱き合った。

 トパックはプリシラに甘く微笑みかけた後、コーデリアを睨みつけた。


「見損なったぞ、コーデリア」

 

 

 

お読みいただき、ありがとうございます。

本日夜に、第二話目を投稿予定ですので、よろしくお願いします。

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