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人魚姫 守人の恋  作者: はるあき
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″守人″の家があった場所に、数十人が集まっていた。

焼け跡は、無残で、誰も目を向けようとしない。

ほとんどの者が、恐怖で疲れきった顔をしていた。

双頭のウマは、立ち上り、今にも駆け出しそうにしている。解放される時を今かと待っているようだった。

「これが、双頭のウマ!」

「まるで魔馬では、ないか!」

「勝てるはずがない。」

悲痛な声を上げて、祝福を受けた者たちが座り込む。

魔方陣というものがうまくいかなければ死しか待っていない。

そんな恐ろしい未来に彼等は、身を震わせていた。

「祝福を受けていない者たちは、早くここを去るように。」

後方、沈黙の森の入り口に立ち、レーライトは、静かに告げた。腰に下げた剣をいつでも抜ける体制だ。

ハイルドとテナヤもその近くで、祝福を受けた者が逃げないように見張っている。

「行くではない!」

「我らを見捨てるのか!」

貴族たちが、自分達の従者たちに止まるように命令しているが、レーライトの部下たちが、その者たちを森の外に停まっている馬車に誘導している。

祝福を受けていない者たちが、躊躇いながら、乗り込んでいく。ほとんどが、主である貴族に無理やり同行させられた者たちだ。主たちに義理があるわけではない。躊躇うのは、主たちが戻ったときにどんな叱責を受けるか恐れているだけ。

「大丈夫だ。君たちは、私の命に従っただけ。彼らとその家族が君たちを罰することは、出来ない。もし、そんなことをされたら、ヤカタハ侯爵に言うといいよ。」

レーライトは、躊躇う者たちにはっきりと告げる。心配などしなくていいと。

「レーライトさま、我らは!」

レーライトの部下が、縋るように主君を見ていた。

「君たちは、私の代わりに大事な民の護衛を頼む。彼らが何もされないように。私は、アレを止める責任がある。」

「レーライトさま!!」

悲痛な声を上げて、主君の名前を呼ぶ。レーライトは、苦笑して、無理だと首を横に振るだけだ。

ハイルドは、レーライトを逃がしたかった。

レーライトこそ、この国の王に相応しい。こんな危ないところにいてほしくない。だが、実力行使に出れば、レーライトの剣がこの身に襲いかかるのが、わかっていた。

「その者たちを盾にすれば、いいじゃないか。」

豪華な椅子の上に震えながら座っている国王が言った。怖くて堪らないのにその場にいるのは、助かりたいからだ。

「ハイルドとテナヤも早く。」

レーライトの言葉にハイルドは、首を横に振る。思いは有り難いが、ハイルドには、頷けない。

「テナヤ、お前は行け!」

テナヤもハイルドと離れる気はない。首を横に振り、ハイルドの側に控えている。

「レーライトさま。」

双頭のウマが、嘶いた。雷鳴が轟き、突風が吹き荒れる。

レーライトの従者たちだけが、風で森の外に出された。顔を上げると沈黙の森の入り口が風で閉ざされている。

「私は、アレを生み出した責任があるのだよ。早く行きなさい。」

森の外にいた者たちだけにその声は、聞こえた。


「二人とも強情だね。もう逃げれないよ。」

レーライトは、ふわりと笑うと不浄の沼のほうに歩きだした。

こんな時でも笑えるレーライトは、凄いと思いながら、ハイルドは、その後に続く。

「レーライト、早くしないか!」

体をブルブル震わせている国王の姿に、ハイルドは出てきそうになるため息を押し殺した。

「陛下、まだ時が満ちていないようです。」

レーライトは、目を細めて、″守人″の魂を眩しそうに見つめている。

″守人″の魂は、真珠ほどの大きさになっていた。その金色の光だけは、最初と同じように衰えていない。

「あとどれくらいなのだ?」

ウマが動く度に、国王は、びくりと肩を震わせている。椅子を握る手も血の気を失い、白くなっている。

「ちちうえ!」

可愛らしい声が、レーライトを呼ぶ。小さな影がレーライトに近づいた。レーライトの息子、アルフィードだ。

「ちちうえ。」

不浄の沼を包む膜の前に立ち、アルフィードは、惚れ惚れとウマを見つめている。

「すごく綺麗ですね。本当に魔物なのですか?」

アルフィードの赤紫の目は、ウマに釘付けだ。

レーライトは、息子の頭を撫でながら、同じようにウマを見つめた。

「そうだよ。残念なことに魔物なんだ。普通のウマならば、立派な軍馬になっただろうに。」

ウマがゆっくりとレーライトたちのほうに近づいてきた。

それを見た者たちは、恐怖で身を竦めている。

「殿下、アルフィードさま、危ない!」

声が上がる。早く逃げるように。

ハイルドも剣に手を置き、もしもに備えて構えていた。

レーライトは、アルフィードがウマが見やすいように抱き上げていた。

レーライトは、″守人″の封印があるから、大丈夫だというように平然と息子と近付いてくるウマを見ていた。

その時、ハイルドは、動けなかった。

いきなりレーライトの顔の側から、細長い棒のようなものが突き出たと思うと、その棒は、ウマの片方の頭に咥えられ、何かが宙吊りにされている。

ウマのもう片方の頭がアルフィードの襟を咥え、レーライトから

引き離していた。アルフィードのお腹には、大きな穴が開いており、赤い血が大量に流れ落ちていた。

「アルフィード!!」

レーライトの悲痛な叫び声を誰も聞いていなかった。

その場にいた者は、ウマが首だけでも″守人″の封印の外に出てきた恐怖に捕らわれていた。

「ガゥダ。」

ハイルドは、ウマが咥えた魔物を見た。アルフィードのお腹から出てきたソレは、ネズミくらいの大きさで、額に伸び縮みがする一本の角を持つ魔物だった。

ウマは、ガゥダを地面に叩きつけると容赦なく足で踏み潰している。その存在自体が許せないかのように、形も残らないくらいに。

ハイルドは、慌ててレーライトを見た。

レーライトの左頬には、一本の筋がついており、そこから、血が滲み出ていた。ガゥダの角がかすったのだろう。ウマが、アルフィードの体を咥え、レーライトから離さなければ、ガゥダの角は、レーライトの頭に突き刺さっていた。

誰かがレーライトを狙っていた。

ハイルドにとって、それは、許されないことだった。

この事態が無事にすめば、ハイルドは、どんな手を使ってでも現国王を退位させ、レーライトを即位させるつもりだ。

こんなところで、レーライトを失うわけにはいかなかった。

そのレーライトは、小さな体を抱き締め、肩を震わせている。

仲の良い親子だった。たとえ僅かでもレーライトは、息子との時間を大切にしていたのをハイルドは知っていた。

「ミューミア、君はそこまで・・・。」

自分の妻を見るレーライトの目には、強い怒りが宿っている。

ミューミアは、そんな夫の目を震えて受け止めていた。

「リア、まだダメだよ。」

ウマが甘えるように慰めるかのようにレーライトの頬に鼻をつけていた。

「ミューミア、左手の手袋を取ってくれるかい?それとも、信じていない夫の言うことは、もう聞けないのかい?」

ウマの顔を撫でながら、レーライトは、傷ついたように言った。

ミューミアは、何かに耐えるように首を横に振っている。

「レーライトさま、ウマが・・・。」

誰かが訊いた。

ウマは、完全に″守人″の封印から、その体を全て出して、レーライトに頭を擦り付けている。

「この子は、リアというんだ。男の子ならリアード、女の子ならリリア、生まれてくるアリミアの子供につける名前だった。私の思いから、生まれた子だよ。」

ああ、だから双頭て生まれたのか。

レーライトは、愛しそうにウマを見つめ、自分の言葉に納得していた。

「リアードとリリアなのだね。」

双頭のウマは、嬉しそうに小さく嘶いた。

「レーライト・・・。」

ハイルドは、言葉を探していた。

何がどうなっているのかわからない。

けれど、確かにレーライトは、双頭のウマを生み出したと言っていた。

レーライトは、輝きを失ったアルフィードの目を閉じていた。

「そうだね。このままだと可哀想だ。」

マントでお腹の傷を隠し、地面にそっと寝かす。

「リリア、お願い出来るかい?」

レーライトは、片方のウマの首を撫でている。

リリアと呼ばれた首は、白く輝く息をアルフィードに吹きかけた。

アルフィードの体がみるみるうちに透明な何かに包まれていく。ひんやりとした空気がそこから流れてくる。

小さな氷の棺が出来上がった。

「今からのコトを思うと、この子には良かったのかもしれないね。母親に殺されたこともわからずに死ねたのだから。」

二つの首を優しく撫でながら、レーライトは、ポツリと言った。

「ミューミア、手袋を外すつもりは、無いようだね。」

レーライトは、左腕を押さえているミューミアを見た。その目は、何もかも見ているようで、何も見ていないようだった。

「テナヤ、ミューミアの左手を取ってくれないかな。ああ、肘から下を引っ張るだけて、簡単に取れるよ。」

レーライトが、ミューミアの近くにいたテナヤに命じた。

「王太子妃殿下に触れるな!」

直ぐ様、ローヒカ伯が、ミューミアとテナヤの間に手を伸ばし阻止しようとするが、それを止めたモノがいた。

伸ばされた手を赤い炎が包み込んでいた。

レーライトが、片方の首を撫でながら、少し困ったように言った。

「リアード、殺してはいけないよ。君の父親だったかもしれなかった男だ。」

父親殺しは、させたくないからね。

火ダルマになった右手を見て、ローヒカ伯は悲鳴をあげている。炎は、手首までの右手を焼き、フッと消えた。

「テナヤ、ハイルドといっしょに手袋の中にある手を見てくれるかい?」

動きを止め、固まっているテナヤにレーライトは、優しくけれど有無を言わせない強さで動けと命じる。

「王太子妃殿下、失礼を。」

テナヤは、ミューミアの左腕を掴んだ。ちょうど、手首から少し上の部分を。

くしゃりとそれは、潰れた。まるで中身が入っていないかのように。肘上、二の腕を半分くらいまで覆っていた長い手袋は、テナヤの掴んだところであり得ない角度で折れ曲がっている。

テナヤは、手袋を掴んだ手を引き寄せた。何の抵抗もなく、手袋だけテナヤの方に来る。黒い粉が手袋から、零れ一瞬で消えていく。

「やめろー!」

叫ぶローヒカ伯が、取り替えそうとテナヤに近付くが、その足元に炎が踊る。

「ローヒカ伯、その左手に何故そんなに拘るのかい?

リアード、リリア、あの左手は、君たちにも大切なモノだけど、危険なモノでもあるから、我慢しておくれ。」

レーライトは、ウマの体を撫でながら、優しく言い聞かしていた。

テナヤは、戸惑いながらもハイルドの側に行き、中身を傷つけないようにナイフで手袋を裂いていく。

出てきたのは、手首から下の左手だった。ほっそりした女性の手。だが、貴族の女性らしくなく肌が荒れていた。

誤字脱字報告、ありがとうございました。

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