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人魚姫 守人の恋  作者: はるあき
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「殿下、ローヒカ伯がいらっしゃいません。

それから、ヒサキマ侯爵さまとご子息のマーシャタさまがご遺体で発見されました。

カマンタ伯爵は、王宮から退出しようとなさいましたので、拘束してあります。」

レーライトの従者が、眉間に皺を寄せながら、報告する。

「ヒサキマ侯爵は、矜恃の高い人だった。やはり自決されたか。ヒサキマ侯爵たちは、丁重にご実家に帰すように手配を。

カマンタ伯爵は、地下牢に。」

レーライトは、深く息を吐き、指示を出す。

「ローヒカ伯は・・・。責められるとわかっていてから、逃げたか。行き先は、わかっているから。」

レーライトは、ありがとうと従者を労った。

「君は、祝福を受けていない。それらの手配が終わったら、王宮を出るように。」

「いえ、私は、殿下の従者です。」

小さく息を吐くと、レーライトは、もう一度ありがとうと言って、従者を下がらせた。

「ローヒカ伯は、何処に行った?」

「ローヒカ邸だよ。」

ハイルドの問いに当たり前のようにレーライトは、答える。

「あそこは、沈黙の森に近いのに?」

沈黙の森には、不浄の沼がある。魔物に一番近い場所だ。

「なのに、何故か、ローヒカ邸では、魔物の被害は、ほとんどない。少し離れた村や町には、あるのに。」

レーライトは、普通にお茶のお代わりをハイルドとテナヤに勧めた。お伽噺で喋り疲れたハイルドは、お茶をもらうことにした。

「今までは、″守人″がいたからかもしれないが、″守人″を護るために何かあるかもしれない。」

新しいお茶を入れながら、レーライトは、冷静に言った。

「だから、祝福を受けた者たちをローヒカ邸に移動させるつもりだ。もし、何もなくても、魔物の移動が少なく、被害も抑えられるかもしれない。」

確かに生き残れる何かがあるとわかれば、祝福を受けた者たちは、進んでローヒカ邸に移動するだろう。あの国王さえ。

「ローヒカ伯が、本当に邸に向かったのなら、だけどね。」

レーライトの言葉にハイルドは、頷いた。祝福を受けたローヒカ伯が、向かったのなら、ローヒカ邸には、何かがあるのだろう。

「なあ、他国の魔物が入ってくることは?」

魔物も人間と同じように生まれた土地に縛られる。簡単に国外に出ることはない。祝福を受けた者以外で入ってきた魔物は、極端に弱くなり、簡単に倒せてしまう。けれど、それは、今まで″守人″がいたからなのかは、わからない。″守人″がいない国ではどうなのか、ハイルドには、見当もつかない。

「それは、無いと思う。伝説の魔馬のように強く世界を呪う魔物以外は。」

レーライトでも確信は持てないようで、曖昧な答えだった。

ローヒカ伯は、レーライトの読み通り、ローヒカ邸に逃げ込んだ。

レーライトは、言葉巧みに、祝福を受けた者たちを馬車に乗せていく。助かる可能性を示唆して

国王も王妃も青白い顔をしながら、馬車に乗り込んだ。

ここまでくるのに、″守人″の死から、一ヶ月以上が経っている。

隣国の対応もはっきりしてきた。国交を絶つ国、物資を援助してくれる国。住民を受け入れてくれた国はあったが、国境近くの荒れ地に住まわされた。

ローヒカ邸への移動にもさらに一ヶ月かかった。服だの宝石だの、従者が何人だの、貴族たちの移動は無駄に時間がかかった。

ローヒカ邸に着いたら着いたで、部屋が、間取りがと、つまらないことで、貴族は、とにかく(うる)さくて(わずら)わしかった。

祝福を受けていない重鎮たちに国を任せ、やっとハイルドとレーライトもローヒカ邸に向かうことができた。

ハイルドは、その間、何度も沈黙の森に不浄の沼を見に行ったが、″守人″の魂は、削られるように小さくなっている。人々の不安が直実に表れていた。

一年ももたないかもしれない。

不浄の沼の前で偶然会ったレーライトも同じ意見だった。


「あのお伽噺、アリミアの身体が泡になって消えた時、思い出したんだ。」

赤黒い不気味なモノの上に座る双頭のウマに睨まれながら、ハイルドは、言った。双頭のウマの回りには、幾つもの黒い固まりがある。新しく生まれた魔物たちだろう。

「アリミアが、人魚姫のようで。

勇者の話だと、人魚姫は、体は失ったけど、魂は神様って所に行って幸せになったらしい。アリミアは、魂も消えてしまうけどな。」

勇者が見つかった、勇者が来てくれるなどの甘い連絡は、まだない。だが、少しでもこの魂があるうちに何とかできたら、助けられるのではと願ってしまう。

「ハイルドは、アリミアに助かってほしい?」

ハイルドは、不浄の沼を見ていたため、レーライトがどんな顔をしているか見ていなかった。

「ああ、少しでも可能性があるなら。俺は、剣でしか力を貸せないけどな。」

ハイルドは、考えるよりも動くほうだとわかっているから、そう答えた。


それから、また一ヶ月以上が、経った。

ローヒカ伯もこの場所に何かがあるのは知っていたが、何があるのかを知らなかった。

レーライトとハイルドは、ローヒカ伯の図書室にある文献を手当たり次第読んだ。いや、読んだのは、レーライトとテナヤだ。本を読むと数ページも捲らないうちに寝てしまうハイルドは、古そうな本を探すのと返却専門だった。

その間にも″守人″の魂は、小さくなっていく。各地から届く、魔物に襲われた報告も増えてくる。不思議なことにローヒカ邸周辺からは、そういう報告はない。まだ、″守人″の魂があるからかもしれない。

ローヒカ邸に集めた祝福を受けた者たちも逃げ出したり、恐怖に耐えきれず死を選ぶ者たちが増えてきた。逃げ出した者たちは、厳重に監禁された。ものを言わぬ姿になった者たちは、丁重に葬られた。

時間だけが、過ぎていく。

焦りが強くなる。魔物を解放してしまうことと、アリミアを助けられないことに。

「あった!」

それは、今にもバラバラになってしまいそうな古い本だった。

「″守人″の家に魔方陣と呼ばれるものがあるらしい。祝福を受けた者も助かるようだ。」

文字を目で追いながら、レーライトが要約する。古すぎて文字が滲んだり消えたりして、読みにくい。魔方陣というものが、どういうもので、どうやったら使えるのかもわからない。

ハイルドから、安堵の息がもれた。

「魂を助ける方法は?」

「あの膜のようなモノから、魂を取り出せば、消えるのを止められるが・・・、魔物は解放される・・・。」

レーライトの声が震えていた。

遅かれ早かれ″守人″の魂は消え、魔物が解き放たれる。だが、それが、人の手で行われるかどうかだ。

ハイルドは、筋ではないのはわかっていたが、現れない勇者を恨んだ。

「とにかく、直近で一番魔物の力が弱くなる日を選んで、″守人″の家があった場所にみんなで行こう。」

今は、レーライトの案に従うしかなかった。

勇者は、まだ来てくれない。希望を持つのは、間違いなのだろうか?

レーライトとテナヤは、時間が許す限り図書室にいた。少しでも魔方陣について調べるために。新月の晩に魔方陣が、表れやすいことがわかった。

他の者たちも加わり始めた。少しでも生き残れる可能性に縋りつくために。だが、いつの間にか、魔方陣のことが、書いてあった古びた本は消えていた。

テナヤは、レーライトから、紙を渡された。

明日の夜は、魔物の力が一番弱くなる日で、新月だ。祝福を受けた者たちが、″守人″の家があった場所に行くことになっている。

紙には、こう書いてあった。

『ハイルドを動けなくして、ここを離れろ』

嫌がるテナヤから、紙を奪ったハイルドは、肩を怒らせて、レーライトの元へ向かった。

後ろで、テナヤがもう一枚の紙を見ているのに気が付かなかった。

レーライトは、彼の息子、アルフィードと一緒にいた。

「人魚姫の魂は、幸せになりました。」

勇者と同じように膝にアルフィードを乗せ、人魚姫の話をしていたようだ。親子の時間を大切にしているレーライトを羨ましく思う。

ハイルドもそういうことが出来る日が来るだろうか?

「ちちうえ、ゆうしゃさまのくにのおはなしなの?」

「ハイルドが、教えてもらったお話しだよ。」

アルフィードに話しかけるレーライトの声は、優しい。

「ちちうえ、おうじさまは、にんぎょひめがいなくなったの、きがついたのかな?」

幼児(おさなご)の何気ない問いかけにレーライトが苦笑している。

「気がついただろうね。友達だったから。」

「さがしたのかな?」

「探しただろうね。」

「じゃあ、おうじさまは、おひめさまとしあわせになれなかったね。なかよしのともだちがみつからないから。」

レーライトは、驚いた顔をしていた。その紫の瞳が揺れている。

「そうだね。いなくなった人魚姫をずっと探していたかもしれないね。」

アルフィードにそう答えるレーライトに、ハイルドは、何故か声をかけられなかった。

「ハイルド、声をかけてくれたら、よかったのに。」

侍女にアルフィードを預け、レーライトが物陰に隠れるように立っていたハイルドに声をかけた。

「ハイルドさま、またあそんでください。」

アルフィードは、可愛らしく挨拶をすると、侍女に手を引かれ部屋を出ていく。

「いや、親子の時間を邪魔したら、悪いと思って。」

もしかしたら、こんな時間は今日が最後になるかもしれない。そんな時間をハイルドは、邪魔できなかった。

「ありがとう。父上と出来なかったことをなるべくしてあげているつもりだけど、まだまだ寂しい思いをさせているよ。」

レーライトは、目を伏せた。魔物の祝福を受けてしまった我が子の未来を思っているのかもしれない。

ハイルドは、頭をかきながら、話題を探した。

「小さな子の発想は、凄いな。王子の気持ちなんて考えなかった。」

この貴族社会で人一人消えても高位貴族でなければ、話題にも上らない。同じ目に遭わないように教訓にするだけだ。人魚姫の世界でも、同じような貴族社会なら、王子さまの庇護下にあった女が急に消えても問題になったかどうか。王子さまも気には止めても妻のお姫さまの手前、探せただろうか。

「そうだね、まだ、何もわからないから、言えることだね。

ところで、何のようだい?」

しれっと聞くレーライトが、憎らしい。ハイルドが手にしている紙を見て、わかっているだろうに。

「今夜は、飲むぞ。それから、俺は、最後まで逃げないからな!」

レーライトをジロッと睨み付け、ハイルドはその場を離れた。

その背中を見て、クスっとレーライトが笑っていた。

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