補足4 ファーの憂い
ファーは、自室の寝室でベッドに座り、考えこんでいた。
頭の中では、夫であるハイルドから聞いた話がグルグルと回っている。
聞いている時は、ミューミア王太子妃殿下が、気の毒で仕方がなかたった。
そばで見ていてわかるほど、レーライト王太子殿下を慕ってみえたから。
なのに王太子殿下は、ミューミアさまによく似た従妹を想われていたなんて、凄く酷い話だと思った。
けれど、一人になって、話をゆっくり思い出してみると、不安になる。
もしハイルドが、″守人″のことを知っていたなら、どうなっていたのだろう?
気になって眠れない。もう、就寝の時間はとっくに過ぎているのに。
ファーは、そっと寝室を抜け出した。
控え目に扉を叩く。返事がなかったら、部屋に戻るつもりで。
また起きていたみたいで、扉がそっと開く。
扉を開けたのは、ハイルドの側近のテナヤだった。
ファーに驚いた表情をしながらもハイルドの元へ連れていってくれる。
「ファー、どうした?」
不安な顔をして、ハイルドがファーの顔を覗きこんでくる。
手を引かれ、長椅子にハイルドと並んで座った。
「すまない。昼間の話だな。」
ファーは、弱々しく謝る声を聞きにきたわけではない。
けれど、言い出せなかった。
あまりに子供っぽいことに拘っている気がして。
「ファーに幻滅されても仕方がないと思っている。」
自虐の笑みを浮かべた夫を見て、ファーはかぶり振った。
確かにショックだった。
重要な役目を背負っている″守人″を軽んじていたことに。
「ファー、離縁したいのなら、正直に言ってほしい。それに国に戻っても歓迎されるわけでもなく辛い思いをさせると思う。」
手を握られて、語られた言葉は、思ってもみないものだった。
「いいえ、付いていきます。」
ハイルドと別れるなんて、ファーは微塵も思っていない。
手を握り返して、慌てて縋りつくようにハイルドを見る。
「ありがとう。だが、無理しないでくれ。」
ハイルドは、ホッと息を吐き、ファーの身体を労ってそっと抱き締めた。
「俺は、″守人″を学び、国に戻る。あの国を″始まりの国″にしないために。」
ファーは、不安がむくりと頭をあげる。
そうならなかったから、ファーは、ハイルドと結婚できたのだから、不安になる必要などないのに。
「ハイルドさまは、″守人″のことをご存知でしたら・・・?」
ファーは、最後まて問うことが出来なかった。
「ファー?」
ハイルドが、訝しげに名前を呼ぶ。
テナヤが、何かに気がつき、そっとハイルドに耳打ちした。
「まさか?」
「・・・です。」
「・・・?だが・・・。」
すぐ近くにいるファーにも聞き取りにくいくらい小さな声で言葉を交わしている。
「だから、ハイルドさまは、女心に鈍いのですよ!」
テナヤが突き放すように言って下がった気配がした。
ファーは、不安に思っていたことがテナヤにバレていたことが恥ずかしくて、顔を伏せた。
「ファー?アリミア、″守人″と俺のことを心配しているのか?」
パーンと軽快な音してハイルドの体が揺れた。
ファーが、顔をあげるとハイルドが頭を痛そうに摩っている。テナヤが呆れた表情でため息を吐いていた。
「これだから、唐変木は。正直に訊けばいいってものじゃありません!」
もう一度、ハイルドに聞かせるように大きく息を吐くと、テナヤは離れていった。
「お茶の準備をしてきます。」
といい残して。
「ファー?悪い。何を不安に思っているのか教えてほしい。」
テナヤを背中を睨み付けてから、ハイルドが優しく訊いてくれる。
「ハイルドさまの仰る通りですわ。私、有り得ないことなのに、ハイルドさまが、″守人″のコトを知ってみえたらどうなっていただろうと・・・。」
ファーは、正直に言った。
ハイルドに呆れられても仕方がない。けれど、どうしても気になってしまう。
ハイルドは、眉を寄せて、考えこんでいる。
もしもの世界。そうならなかったことは、わかっているのに。
ファー自身もどんな答えがほしいのかわかっていないのに、不安だけで訊いているのだから。
「ファー。ファーが求める答えではないかもしれない。」
それでもいいか?
ハイルドの優しい言葉にファーは、頷いた。
「まず、″守人″のことをきちんと知っていたら、婚約解消などなかった。」
それは、ファーにもわかっていた。″守人″の血を王家に取り入れる。何処の国でもしていることだから。
「勇者の助言通り、″守人″のことをしっかり学んでいたら、このような事態にはならなかった。婚約話が復活したら、了承しただろうし、ミューミア嬢には悪いが、アリミアがレーライトと恋仲になったのなら応援もした。」
それもわかる。ミューミアさまには、申し訳ないが、好きあっている者同士、くっついたほうがいい。
「ただ、結婚前にファーに会っていたら、どうしていたかは、わからない。盾になることだけ誓って、ファーに結婚を申し込んだのか、それともファーを諦めたのか。」
ファーは、目を見開いて、ハイルドを凝視してしまった。
「本当にわからない。アリミアと結婚していつも、ファーと出会っていたら、どうしたのかわからない。」
ファーは顔に熱が集まるのを感じていた。
嬉しい。凄く嬉しい。
「ありがとうございます。十分でございます。」
『もしも』のことを笑わずに真剣に考えて答えてくれた。
どうしていたかわからないと答えてくれた。
ファーは、自分が不謹慎であるのは、わかっていた。国を思い、民を思う王族の考えでないことも。
ハイルドが、イハスナ国の人たちが、正しく″守人″のことを知っていたら、ファーは、ハイルドと結婚出来なかったかもしれない。それどころか、出会うことさえなかったかもしれない。
けれど、ハイルドが″守人″を知らなかったからこそ、ファーと出会い、彼女を選んでくれた。
人の不幸せの上にある幸せなのは、わかっているけど・・・。
ファーは、今の幸せが嬉しかった。
どんなことがあろうと付いていきます。
ファーは、心の中で誓った。
可愛い女性主観を書いてみたかったのに、ズレてます。
誤字報告、ありがとうございました。




