補足3 リアード
リアードは、勇者が用意してくれた丸太小屋の中にいた。
アリミアが昔住まわされていた小屋とは、比べものもないくらい立派なもの。雨風は防げて、布団も上質な物が準備されている。
小屋に着くと、土の精霊という者が現れて、色々説明を受けた。食事も時間になったら、準備してくれるらしい。
勇者には、どれだけ感謝してもしきれない。これだけの施しを受けるような者ではないのに。
けれど、アリミアのためにリアードは、この小屋に住むことにした。そうしないと、勇者からのお叱りが怖いのもあったが。
リアードとウマは、広い寝室の床に座っていた。
リアードが座っているクッションは座布団といい、足の短い机は卓袱台というらしい。卓袱台は、床に座った時にちょうどいい高さの机だ。両方聞いたことが無いものだから、勇者さまの国の物なのだろう。
卓袱台に小さな座布団が置いてあり、その上に紫の球がある。
勇者から、託された球だ。
どうしたらいいのか、戸惑っていた。贖罪といっても何をすればいいのか。
ただ、あの紫の球を見ると怒りがわいてくる。
あの中にアリミアの魂があるとわかっていても。
いや、あの中にアリミアがいるから、ムカつくのだ。
あのレーライトの中にいるということが。
アリミアがレーライトに守られているということが。
それは、紫の球ーレーライトも同じらしく、見ると敵意のようなモノを感じる。
球になってしまったクセに。生意気なことだ。
リアードは、紫は無視することにした。考えるのは、アリミアのことだ。
「リア、ちょっと乗せていってくれるかい?」
隣で寛いでいた双頭のウマに声をかける。
リアードとリリアだから、リアと呼ぶコトにしていた。断じて、レーライトが最初に言った名前だからというわけではない。
母に名前を変えられようが、リアードが自分の名前だと思っているし、双頭の一つが同じ名前で、アリミアの子供だったかもと思うと呼びにくいからだ。
そう、決して、レーライトの真似をしたわけではない。
たぶん嫌がっている球を巾着に入れ、外に出てリアに股がる。
勇者が用意してくれた小屋で何かが起こるわけはないが、アリミアを置いておくのが嫌だからだ。
リアは、羽を出して、空に舞い上がった。
「ローヒカ邸に行ってくれ。」
リアードは、自分の私室に入ると、本棚の前に立った。
違う場所に隠すと見付かりやすいから、わざと本棚に隠した。一番見にくく取りにくい場所に。
椅子を使って、取り出す。
古い古い絵本。アリミアが初めてリアードに読んでくれた本だ。他にも数冊、アリミアと読んだ本を取り出す。
思い出を語ろう。
今のリアードがアリミアに出来ることは、それくらいしかない。
小屋に戻ると、一冊の絵本を卓袱台に広げる。
「アリミアが好きだった絵本だよ。」
紫ではなくて、あくまでアリミアに話しかける。
「いつも身体より大きなこの本をかかえて、リリアや私のところに持ってきたね。」
コロコロと座布団を乗り越えて、球が転がってきて、絵本の側で止まる。
アリミアが懐かしくて来たのか、レーライトがアリミアのコトだから来たのかは、わからない。
物語は、簡単だ。
お姫様が悪者に騙されて拐われ、騎士に助けられるお話し。
「アリミアは、お姫様じゃなくて、お姫様を助ける騎士になりたいといつも言っていたね。」
舌ったらずな言葉で、騎士になって悪者をやっつけるのーと言っていたのを思い出す。
この絵本を読む度にそう言うから、妹のリリアといつも笑って聞いていた。
球がリアードの手まで転がってきて、抗議するかのようにぶつかってくる。
小さい頃のことを言われて怒っているのか、絵本を読めと催促しているのか。
「わかった、今から読むから。」
リアードは、ゆっくりと絵本を読んだ。
持ってきた絵本を全て読んだリアードは、球を見て目を細めた。
「アリミアは、寝たのかな?」
座布団に戻っていた球が、上下に揺れる。
「最後のは、寝る前に読んであげてた本だから。」
球から、悔しそうな思いを感じる。
生前のレーライトでは、あり得ないことだ。感情を露にすることは。魂だけになったから、感情が出やすいのかもしれない。
「レーライト、私はあなたが嫌いだ。あなたが私を嫌っているのもわかっている。」
敬称をつける気は、すでにない。敬う気持ちもとうに捨てた。
アリミアも妹も幸せに出来なかったレーライトを許せない。
球は、動きもせずに聞いている。
「王家の″守人″の血は、薄くなりすぎた。だから、リリアを選ばざるを得なかったのもわかる。」
イハスナ国の″守人″の家系は、アリミアの一族しかいなくなっていた。
リアードの祖母は、アリミアの大叔母、先々代″守人″の妹だ。
先々代″守人″の子は、先代″守人″のみ、リアードの祖母は男女一人ずつ授かったが、女性の方は従兄である先代″守人″に嫁いでしまった。
だから、″守人″の血をひくのは、リアード、リリア、アリミアの三人だけになる。
今なら何故、レーライトがアリミアを選ばなかったのかが、リアードもわかっている。
リアードが入ることの出来なかった王宮。エルシア国で見せてもらえた魔器と同じ者がいる。あんな所にアリミアが住んだら、数日で壊れてしまう。
「あなたがちゃんとリリアと何をしているのかを話をしていてくれたら。」
レーライトを慕うあまり、言葉に惑わされ、疑心暗鬼になってしまった王太子妃ミューミア。思い込み、間違った道を進んでしまった。ミューミアの幼名は、リリア。リアードの妹だ。
「ええ、母が悪いのはわかっている。」
肝心なことは言わず、余分な言葉を足して、リリアに情報を与えていたのは、リアードと彼女の母親だ。そして、″守人″の家に兵たちを招き入れたのも。
リアードが事態を把握したとき、リリアに何を言っても聞き入れてもらえなくなっていた。
アリミアの力も手遅れになっていた。
あんなにも自分の母が強欲とは、思ってもいなかった。
その母も行方がしれない。王宮に入り浸っていたのは、わかっていたが、あの日以降消息が掴めなくなった。
リアードは、大きく息を吐いた。王宮にいるとしたら、もう魔物に殺されているはずだ。
「とにかく、しばらく私は、絵本を読みます。」
球が頷いたように感じた。そして、何かを問いたそうにしていると。
「無理でしたよ。私がアリミアと一緒になるのは。」
確かに従兄妹同士でも結婚が出来る。だが、リアードとアリミアは、血が近すぎた。リアードの祖母がアリミアの大叔母でなければ、アリミアの母がリアードの叔母でなければ、どちらかが違えば、婚姻も可能だっただろう。濃すぎる血は、歪みを生む。幸せにする思いがあっても手を差し出すことは、出来なかった。
まだ、球は、何かを聞きたそうだった。だが、これ以上話す気がリアードには、なかった。
何故、アリミアを抱いたのか。
無理矢理、体で盾と剣の絆を覆そうとされた。アリミアがアレを選ぶことは無いが、それでも身体の繋がりは、リアードとの絆を弱めた。早く修復するには、同じことをするしかなかった。
アリミアの力が弱まっていくから、アリミアが汚されていたから、何度も身体を重ねることになった。
それをレーライトに教える気はない。
「食事が出来ているようです。後で、入浴がわりに濡れタオルで拭きますね。」
座布団なり球を持ち上げ、居間兼食堂に移動する。
美味しそうな料理が並んでいる。
「リア、リンゴがある。良かったな。」
嬉しそうにリアが嘶く。
何も食べられない球は、テーブルの上でじっとしているしかなかった。
リアードは、毎日、絵本を何度も読んだ。
球は、時々、この本がいいというかのように絵本に転がってくる。
その度にムッとしているような、それを微笑ましく思っているような感じがする。
食事のときもアリミアの好物が出ると、コロコロとそれに転がってくる。
「食べれないから残念だね。」
可哀想と思いながら、アリミアの好物を食べていると睨むような感じがするのは、気のせいではないだろう。
何故、お前が食べるのだ!と言っている感じがする。
食べられないのだから、仕方がないと思うのだが、レーライトはそうではないらしい。
ある時は、勢い余って好物のスープの中に球が入り込んでしまった。
「アリミア!」
思わずリアードは、吹き出してしまった。アリミアが、幼い頃も浮かれてスープを飲む前に全部溢してしまっていたことを思い出して、笑いが止まらなかった。
恥ずかしそうな感じと、同じように吹き出している感じがする。
そのうち、恥ずかしそうな感じはムッとした感じになり、吹き出した感じは宥めている感じに変わる。
リアがタオルを持ってきて、タオルを咥えていない首が早く出してあげてと急かしてきた。
こんな生活も楽しいのかもしれない。
「リアードおにいしゃま。」
上目遣いで五歳年下の従妹が、リアードを呼んでいた。
「これ、よんでくだしゃい。」
差し出してきたのは、お気に入りの絵本だ。
さっきまで妹のリリアに読んでもらっていたのに。
リアードは、読んでいた本を閉じ、大きな絵本を机の上に置いた。
近くの椅子に従妹を座らせると彼女の前に絵本を開いた。
「アリミアが、僕に読んでくれるかな?ゆっくりでいいから。」
「わたちが?」
「うん、アリミアが読んだのが聞きたい。」
リアードと絵本を何度も見比べながら、従妹は、考えるように首を傾げた。
「アリミア、読んでほしいな。」
頷く仕草も可愛い。
文字を指で辿りながら、可愛らしい声が言葉を紡ぐ。
「むかち?むかし?」
「うん、むかし。」
「むかし、むかし、あれとこる?あれ?」
リアードは、ゆっくりと待った。
妹のリリアも従妹を挟んで座り、続きを待っている。
「むかし、むかし、あるところに・・・。」
もう戻れない幸せだった時間。
誤字報告、ありがとうございました。




