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人魚姫 守人の恋  作者: はるあき
16/19

捕捉2 勇者で魔王


「ひ、ひかる?」

スルーは、仁王立ちしている陽翔に恐る恐る声をかけた。

床だけ残した部屋には、風が吹き抜けている。

あれ?

スルーは、床に踞る女たちに目を見張った。

突然起こった出来事に女たちは、呆然としているようだ。

てっきり陽翔に消されていると思ったスルーは、驚きを隠せない。

陽翔はというと、冷たい表情で冷酷な視線を女たちに向けていた。リアードに見せた優しさなど微塵も残っていない。

陽翔が、ゆっくりと口角を上げて笑う。それは、残忍な笑みだった。

スルーは、戻ってきたのが、早すぎたのを実感した。

今から、行われることに寒気しかしない。

だからといって、もう一度逃げ出すことも出来ない。

二人の女たちを憐れと思う。彼女たちに来世は無い。

どんな方法(かたち)でかはわからないが、魂を粉々にされることがわかっていた。

スルーは、氷浸けと同じ状態で成り行きを見ることしか出来なかった。


スルーは、腕を必死に摩っていた。身体の奥から冷えきってしまった。寒くて寒くてたまらない。

陽翔は、透明な球体の仕上がりを満足そうに見ていた。

魂の外郭だ。中身は塵よりも小さくなって消えてしまった。

「それどうするの?」

「ん?アリミアの(魂の)補強に使えるかな、と。」

忘却の川で綺麗に洗ってからだけどね。

曇も傷もない状態に大満足のようだ。

陽翔は、嬉しそうに笑っている。ついさっきまでの冷酷な感じは、すっかり抜け落ちていた。

「陽翔はさー、気に入ったヤツと気に入らないヤツの差が激しいよね。」

スルーは、腕を摩るのをやっとやめた。寒気がようやくおさまってきた。

「そうかなー。まあ、誰でも気に入らないヤツには、冷たくなるだろ。」

さらりと言うが、冷たくなる度合いが凄すぎる。

「アリミアが、妹に似てたんだ。大人しくて、優しくて、人見知りして。顔も少し似てたかな。」

そう言った陽翔の目は、手に持った球を見ているようで見ていないようだった。会えない場所にいる家族を思い出しているのかもしれない。

何百年と陽翔と一緒にいるスルーだが、家族の話を聞くのは初めてだった。

「妹さんに会いたい?」

陽翔ほどの力があるなら、異界に帰れるんじゃないかとスルーは、思ってしまう。

「死んだよ。男たちに乱暴されて、それを脅され関係を続けさせられていたらしい。そんな自分に絶望し、自ら命を絶った。」

陽翔の世界は、魔物がいない剣も必要ない平和なところだと聞いていたのに、そうでない事実にスルーは、驚いた。

「男たちの親に力のある奴がいて、妹は襲われた事実もなく、自殺も無関係とされた。」

スルーは、何も言えない。こんな時、なんて言っていいのか思い付かない。

「復讐しなかった?」

陽翔は、頷くでも否定するでもなく、ただ自嘲の笑みを浮かべた。

「あっちでは、俺は、ただ力の無い子供だった。」

ある意味、スルーも納得する。向こうでも最強だったら、こっちに召喚出来なかっただろう。

それよりも驚いたのは、陽翔が自分のことを子供と言ったことだ。

「えっ、子供?成人してなかったの?」

この世界では、15歳で成人と認められる。

陽翔が召喚されたとき、向こうではまだ教育を受けていたが、15歳を越えていたとスルーは聞いている。

「あっちは、20歳が成人。ここに来たときは、まだ17歳だっから、まだ親の庇護が必要な年だ。今は、何歳になったといえるのかな?」

流れた年月を考えて、陽翔が苦笑している。

「永遠に17歳でいいんじゃない?」

「うーん、17よりは、背も伸びたし、成長はしたようなんだけどなー。」

「じゃあ、向こうの成人、20歳で。」

たわいのない会話を続けながら、スルーは竜に戻り、その背に陽翔が乗る。

ただスルーがこの場所から早く去りたいだけなのだが、陽翔も異はないようだ。

星が瞬く夜空にスルーは、飛び立った。


まるっと三年になる前に、陽翔とスルーは、またイハスナ国の沈黙の森に降り立った。

イハスナ国では、昨年戻ったハイルドが王になり、国民の反発を受けながらも再建に力を注いでいる。

少しずつだが、信頼を取り戻しつつあるらしい。

沈黙の森の奥に小屋があった。丸太でしっかりと作られた小屋だ。

「リアード。」

陽翔は、小屋の中に入り、奥に進む。

ベッドの横、ラグの上で踞っていた双頭のウマがピクッと動いた。

「お前たちもよく頑張ったな。」

もう首を上げることも出来ないほど、弱ったウマを陽翔は、優しく撫でる。

「ゆう、しゃ、さま。」

ベッドから、弱々しい声がする。

「リアードもよくやった。」

ベッドから起き上がろうとするリアードを止めて、陽翔はベッドの端に座った。

リアードの枕元には、大きな紫の球がある。

「レーライトは、相変わらず包んでいるのかい。」

クスクスと陽翔は笑い、リアードは苦虫を噛み潰した顔になる。

「こんな姿で、もうしわけ、ありません。」

リアードは、首だけ軽く下げて、陽翔に詫びている。

「仕方がない。無理してきたのだから。」

陽翔は、胸から、透明な球を取り出した。

「これで、アリミアの魂を包めば、どうにか忘却の川を渡れると思うよ。アリミアは、罪人ではないから、ほんとに渡るだけだし。」

リアードは、視線を落とした。犯した罪を考えるとアリミアより、忘却の川を渡りきるのは、だいぶ遅くなる。

紫の球も不思議なことに誰も触れていないのにクルクルと回転している。

忘却の川は、生まれ変わるために記憶を消すための場でもあり、犯した罪の罰を受ける場でもある。

罪が重ければ重いほど、川の水は冷たく速く、川の中にいる時間も長くなる。

「二人とも向こう岸近くで、川に身を任せばいいんだよ。アリミアを対岸に押し上げたらね。」

リアードは顔を上げ、紫の球も回転を止める。

「二人同時に川から、上がれないかもしれないが、二人ならアリミアに早く川を渡らせれるよ。」

リアードが嫌そうに紫の球を見る。紫の球からもリアードと同じような雰囲気がする。リアードが頷くと、紫の球も上下に動いた。意思の疎通は、出来ているようだ。

陽翔は、部屋の隅にある卓袱台に目をやり、近付いた。

「あれは?」

「アリミア、と昔、読んだ、絵本です。あとは・・・。」

リアードがいいよどむ。

数冊の絵本と書きかけの本。

「エルヴィス、公爵が、どれだけ、真実を、残そうと、書き替え、られます。」

陽翔は、頷いた。

ハイルドが国を再興されせばさせるほど、醜聞になるようなことは、隠されていく。孫の代になれば、オブラートに包まれた状態になり、それ以降は、どんどん真実は闇に葬られていくだろう。

「わかった。未来、これが必要ならば、誰かが探しにくるだろう。この中にいれておこう。」

小さな宝箱が現れて、その中に本を入れる。

沈黙の森、奥深くまで入ってくるのは、よっぽどのことだ。そんな事態にならなければよい。だが、この宝箱が残ったなら、読まなければならない者が現れるのだろう。

「リアード、眠れ。お前が眠らないとこの子たちも眠れない。」

「あり、がとう、ございま、す。」

リアードは、ゆっくりと目を閉じた。

陽翔は、紫の球の隣に透明の球を置いた。その球から、逃げるように紫の球が動くが、陽翔がそれを許さない。

「レーライト、四年も抱きついていたんだ。執着が酷いと嫌われるぞ。」

ビクッと紫の球が揺れて、透明の球に近付く。金色の光が透明の球に移っていく。

茶金の球が現れる。紫の球と挟むように金色に輝く球の隣に来る。

「まだまだアリミアの魂は、小さいね。」

真珠よりも大きくはなったが、透明の球の半分の大きさもない。

「リアードとレーライトの使われなかった命の時間。アリミアの時間、これを足して。」

陽翔が、透明の球に手をかざす。透明の球の中光が大きくなる。

「満杯にならないのは仕方がないけど。さあ、お行き。」

三つの球は、ゆっくりと飛び上がり、陽翔の中に吸い込まれていった。

リアードが住んでいた小屋が燃えている。

「なあ、三人の時間だけじゃなかっただろ。」

スルーは、見ていた。陽翔が注いだ命が二人分多かった。

「あ、あのバカ王とリアードの母親の分だよ。使えるモノは、使わないとね。」

親の命だから、同調しやすいし。

クスリと笑う陽翔の目をスルーは、見ることが出来ない。きっと、残酷な光も宿っているだろう。

「ああ、そうだ。復讐、復讐ね。」

「復讐?」

スルーは、聞き直した。陽翔が何を話したいのかがわからない。

「兄もいたんだ。五歳離れた優しい兄が。復讐は、兄がした。」

スルーは、王宮で話していた陽翔の妹のことだとわかった。

「ほんとに優しい兄貴だった。妹と二人で悪戯しても笑って許してくれる。だから、誰もそんなことをすると思っていなかった。」

陽翔は、燃え盛る炎を見ている。その目は、何故か悲しそうだ。

「兄は復讐が終わると妹の後を追った。あいつらが妹にしたことがわかっても、まわりは殺人犯の家族として、酷い扱いをうけたよ。父は酒に逃げ死んだ。母は精神を病み川に落ちて見つからなかった。」

陽翔は、どうなったのだろう?成人していなかったということは、誰か大人の庇護に入らなければならなかったはずだ。

「俺は、親戚をたらい回しにされた。何処にいっても殺人犯の弟で。どんな思いで兄貴があんなことしたのかみんな知らないのに。」

陽翔の世界も弱者には、冷たい世界のようだ。

スルーは、何処の世界も同じなんだなーと思った。

「無知の子にも挨拶しておこうか。」

陽翔は、大きく息を吐いた。

炎に背を向けて、陽翔は歩き出した。

炎は、ゆっくりと小さくなっていった。焼け跡の中に宝箱がポツンと残っていた。


「スルー、勇者さまは、お変りはないか?」

スルーは、竜の里に来ていた。数年に一回の報告だ。

「はい、お会いしたときとお変わりありません。」

目の前に座る長老たちは、ほっと息を吐いている。

「イハスナ国も大丈夫だった。しばらく安心じゃな。」

「ああ、勇者さまが魔王になられない限り大丈夫であろう。」

「魔王になられないようにしなくてはな。」

長老たちは、お互いに呟きあっている。

異界から来た勇者は、強い。強すぎる。歴代の勇者たちになかった力も使える。魔王になったとき、誰が戦えるのか?

「スルー、ご苦労であった。引き続き頼むぞ。」

スルーは、深く礼をして、長老たちの前を後にした。

(陽翔は、この世界に来た時から、勇者で魔王だった。向こうの世界で、絶望の闇に染まっていたんだ。)

誰にも言えないスルーだけの秘密だった。


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