表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人魚姫 守人の恋  作者: はるあき
15/19

補足1 勇者で魔王


沈黙の森が風で閉ざされてから、一年後、空から降り立つ者がいた。

優しい顔立ちをした青年だ。

「スルー、もっと早く教えてくれないと。」

勇者ー陽翔(ひかる)は、辺りを見回して、がっくり肩を落とした。

もう全てが終わっていた。助けられる者は誰もいない。

″守人″家の焼け跡も風化され、地面に焦げた跡が残っているだけだ。魔方陣もそこに現れた白い門も消えていた。

あるのは、時間を止めたままの不浄の沼と、三つの氷に封じられた遺体。

不浄の沼と遺体の周りには、枯れた花輪が飾られている。

白竜も子供の姿に変わり、地上に降り立つとふいと陽翔の視線を避けた。

ふわりと光が現れ、すーと陽翔の身体に吸い込まれていく。

「使わなかった寿命残して、忘却の川に行きな。」

陽翔の身体に次々と光が吸い込まれていく。

氷付けになったミューミアやアルフィード、王妃の体からも光が飛びだし、陽翔の身体に吸い込まれる。

陽翔は、一つの光だけ弾いた。

「お前は、駄目だ。来世はない。」

それは、国王の魂だった。

「お前も被害者の一人だが、知ることが出来たのに、最後まで知ろうとしなかった。知る機会は幾らでもあったのに。

そして、お前は、来世でもそれを繰り返す。悔い改めることさえしない。」

国王の魂は、抗議するように小刻みに震えたが、陽翔に摘ままれ、ポイと投げられた。

豪華な衣装を着た国王の姿になり、ドスンと尻もちをつくように地面に落ちた。

その周りを何処から現れたのか魔物が囲み、一斉に襲いかかった。黒い固まりになった国王は、みるみる間に小さくなっていく。国王が完全に無くなった後、魔物たちが美しい女たちになって消えていった。

「勇者さま!」

陽翔の前に転がるように出てきた者がいた。

陽翔と同じ黒い髪に黒い目。疲れきった顔をしているが、目だけは、強い光を持っていた。

「勇者さま、お願いがあります。」

跪き、顔を上げて、陽翔の目を真っ直ぐに見る。

「リアード、無事だったのか。」

陽翔は、垂れ目の目尻をさらに下げ、ふわりと笑った。一人でも生きている者に会えて嬉しかった。

「い、え、無様に生き延びました。」

リアードは、その笑顔を眩しそうに見ると、苦しそうに顔を伏せた。

「アリミアは、限界だった。あのままだと、生きながら魂を磨り減らしていくしかなかった。」

リアードの顔が苦悶に歪む。

「だとしても、私が行ったことは、大罪です。」

「来世に行けるようにしてあげたかったのだろ。」

だから、殺した。魂が傷つく前に。

リアードがびくりと肩を震わせた。

「で、願いとは?リアードの魂をアリミアには、無理だよ。」

陽翔は、不浄の沼であったモノの所に足を向けた。

固まっている不気味なモノに触れると、それはボロボロに崩れ、その中から、紫色に光る球が出てきた。

「レーライトがしっかり包み込んでいる。」

陽翔は、女性の握りこぶしくらいの球を持つと光にかざした。中心にもう一つ球があるのがわかる。

「彼は、忘却の川に行くつもりもないようだ。

アリミアが溶けてなくなってしまうから、行けないか。」

陽翔は、リアードの目の前に紫の球を差し出す。

「手を出して。」

リアードが左手を差し出すと、ポトンと球が置かれる。

「癒すのを手伝ってやるといい。そこの魔馬と一緒に。」

「さっきのバカ王、使えば良かったんじゃない?」

陽翔は、スルーを呆れた目で見た。

「アリミアの魂が汚れて、消滅してしまうよ。」

呆れた声で言われた言葉にスルーは、納得している。

確かに汚すぎたな、と。

「この森の奥で暮らせばいい。魔物は全て狩ったのだろ。アレが不浄の沼になるのも早くて十数年かかる。」

リアードは、じっと紫の球を見つめていた。

愛しそうに、少し憎そうに。

「私は、罪人です。」

「だから、贖罪。傷つけたアリミアを癒すということで。

それに俺が持っていると、吸い込むかもしれない。」

そうなると無条件で忘却の川に行ってしまう。

「・・・はい。」

リアードは、大切に紫の球を持った。そこに双頭の馬が現れ、労るようにリアードの頬に鼻を擦り寄せる。

「スルーから聞いたけど、本当に良いウマだ。魔物なのが残念すぎる。」

陽翔は、代わる代わる首を撫で、その手触りを味わっていた。

魔物だから狩るという気は、陽翔にはない。仇なすモノを、狩り取るたけだ。

「後始末はしておくよ。あの無知な子も嫁の実家でしっかり学んでいる。」

陽翔の言葉にリアードは、涙声でお願いしますと小さな声で言った。紫の球に落ちた涙は、流れ落ちることなく、すっと球に吸い込まれていく。

バサッ

スルーがいつの間にか竜に戻っていた。翼を動かし、風を起こしている。

リアードの前髪も風にあおられ、額が丸出しになる。その額は、きれいで、魔物の祝福の痕さえなかった。

「じゃあ、頑張ってね。三年くらいしたら、また見に来るよ。」

さっとスルーの背に飛び乗った陽翔は、リアードに手を振った。

リアードは、飛び立っていく白竜に深々と頭を下げていた。


「三年しかもたないのか?」

スルーの声が直接陽翔の頭の中に届く。

「ああ、ボロボロだよ。大切な者を大切だから殺した。それは、凄く生きる意志を奪っている。」

一人頑張っていたのもあるけど。

魔に堕ちなければ出来なかった。大義名分を作らなければ出来なかった。

本当は、生きて欲しかった。幸せになって欲しかった。

叶わないから、叶えられないから、もう選べる道がなくなっていた。

陽翔は、目を閉じた。この世界は、なんて悲しいのだろう、と。

「王太子は、気が付いていたのかな?」

「さあ?魔物の祝福が、偽物だと気が付いていただろうけど。」

ローヒカ領に誘き寄せるための工作。

″守人″の剣が、魔物の祝福を受けるはずがない。

だから、レーライトは、リアードの嘘に乗った。アリミアの魂を救う手立てを求めて。

「リアードの誤算は、妹のリリアだ。彼女が虚実に惑わされてしまった。″守人″の剣であるリアードが、そう頻繁にリリアに会いに行けると思うか?」

例え、馬で半日の距離とはいえ、兄妹だからと王太子妃に頻繁に会えるわけでもない。

「無理だろうね、ただでさえ魔物退治に忙しいかったんじゃない?この国は、魔物が多過ぎる。」

「真実に嘘を混ぜて、真実を一部隠して、リリアに伝えていたた者がいる。リアードの言葉と偽って。」

レーライトがアリミアと″守人″の家で頻繁に会っている。

確かにレーライトは、力が弱くなったアリミアを心配し、沈黙の森を度々訪れていた。だが、アリミアに避けられ、なかなか会えていなかった。

紫と赤の石が付いた指輪をレーライトがアリミアにはめた。

何故、その指輪をはめたのか。理由は、伝えなくていい。

真実に嘘を混ぜて、真実を隠して、伝えられた話しは、聞き手を不安にさせていく。

真実を伝えられているから、混ぜられた嘘に、隠された真実に気付けない。

「リリアは、レーライトを慕っていた。レーライトの想いが誰にあるのか知っていた。だから、不安が、不信が、強くなっていった。

やっと会えたリアードに確認しても真実だから肯定される。」

そして、話された理由は、誤魔化すための言い訳に聞こえる。

「やっぱ人間って面倒くさい。」

はっきりと考えていることを言い合う竜族にとって、不安で本心を訊くことが出来ないなんて考えられない。

「あっ、ここで降りる」

「王宮?魔物だらけじゃん。」

ひらりと陽翔がスルーの背から飛び降りると、スルーも子供の姿になり、石畳の上に降り立つ。

足音をたてながら、人気のなくなった王宮のある部屋を目指す。

あちらこちらに黒い影が見え隠れしている。

「すごいなー。」

スルーは、隠れそこなったネズミの魔物を足で踏み潰した。

「ああ、リアードも何回か挑戦したようだが、この数だ。近付けなかった。」

陽翔が右手を軽く振ると、そこには光輝く剣が握られていた。

剣の光を浴びた魔物が、溶けていく。

「ここだ。」

陽翔は、華美な装飾がほどこされた扉の前に立った。

無造作に扉に向かって剣を振る。

崩れた扉の裏から、黒い固まりがチリとなって消えていく。

部屋の中は、真っ黒だった。至る所にネズミやネコのような魔物が、陽翔に濁った灰色の目を向けている。だが、ほとんどの魔物が、剣の光で溶けはじめている。

その中に二人の女性が部屋の中央に立っていた。

その女性たちの背からは、魔物が生まれている。

「これ?」

若干引きながら、スルーが、ぶつぶつ呟いている女性たちを指差した。

「魔器だ。不浄の沼ではなく、自ら魔を生み出す者、魔の器。

レーライトがアリミアを連れて来られ(えらべ)なかった理由の一つだ。」

王宮の闇、呪詛を吐き続ける女。

「そこの者、レーライトと申したか?さすが、わたくしの孫。あの者は、わたくしの子である父王と並ぶ素晴らしい王となるであろう。」

振り向いた女の一人の目は窪み、青白い顔色の中で赤すぎる唇が異様に目立っていた。

うぎゃ。

スルーは、小さな悲鳴をあげた。

「あのバカ王の母親かよ。」

「愚かが似合うのは、あの女の孫であろう。愚かすぎて、″守人″の盾にも剣にも選ばれぬ。」

赤い唇の両端がクッと上がる。

「王太后、愚かにしたのは、お前だろう。教師たちを脅し、必要なことを学べないようにした。」

スルーは、思わず腕を摩った。淡々と紡がれた陽翔の言葉に怒りを感じとったからだ。

「我が息子が、″守人″の盾となり剣となった。そして、あの子は、この国の王。あの女の子は、″守人″の盾と剣だけであった。その違いは大きい。」

悦に入って語られる言葉に寒気がする。

しかし、どうやって、あの国王が″守人″の盾と剣になったのか。

「あの″守人″も陛下の寵を得られて、身に余ることであったであろう。」

「そうでございますわ。″守人″というだけで、教養もない娘が、陛下の寵をいただくなど。恥じて、沈黙の森に引き籠ったのもわかりますわ。」

もう一人の女も笑いながら、言葉を紡ぐ。茶色の髪をした女だ。かつては、美しい容姿をしていたのだろう。今は、見る影もなく、痩せこけた頬に血走った目をしている。

「いつだ?アリミアは、沈黙の森から出てないはずだ。」

スルーは、陽翔から、一歩離れた。地を這うような低い声に肌が粟立っていた。

女たちは、気が付かないようだ。上機嫌で話を続けている。

いや、女たちは、陽翔の言葉を聞いていない。

「娘子の花嫁姿は、綺麗であったな。」

「恐れ入ります。従妹でもある″守人″にも見ていただきたくて。」

「陛下は、あれが声が出ぬことが不服だと申しておったな。男を知らぬ身体は気に入ったらしいが。陛下は、嫌がる声が、悦に変わるのが良いらしい。」

「王太子の結婚の日か!」

レーライトの結婚式を見に来たアリミアは、国王に襲われた。声が出ないため、助けを求めることも出来ず、ただその身体に毒を流し込まれた。

″守人″の盾とも剣ともなり得ない男に、無理矢理、盾と剣とすることをその身に強要された。

「名誉なことであろう。何を声を荒立てる?」

女たちは、不思議そうに陽翔を見ていた。淀んだ目で。

「陛下の″守人″は、女子じゃ。″守人″との絆をより深めるには、より相応しいことじゃ。

あの女の子の″守人″は、男であったから、残念であったのう。陛下と″守人″の絆に敵うはずがない。」

ねっとりとした笑い声が部屋に響く。

スルーは、一歩ずつ後ろに下がった。

ここにいては、陽翔の力に巻き込まれてしまう。

「あなたが、兵たちにアリミアを襲わせたのか?」

陽翔は、茶色の髪の女に視線を移した。

沈黙の森の奥に入るためにアリミアを汚していた兵たち。

陽翔は、リアードがそんなことをさせてはいないとわかっていた。

「ウィルヘスは、薬草をなかなか採ってこないから。

私は、王太子妃の母親に相応しい装いをしなければならないでしょう。」

一度着けた宝石は使えない。

他の者とよく似たドレスは、着られない。

いつも最新で最高のモノでないといけない。

茶色の髪の女は、当然だというように答えた。

「ウィルヘスもそうしていたわ。あの娘には、その役目しかないのだから。」

茶色の髪の女が楽しそうに笑う。

スルーは、すぐに走って部屋を出た。近くの窓を蹴破って、外に出るとすぐに竜に戻り、空高く舞い上がった。

後ろから風が、スルーを追い越していく。

後ろからの風を感じなくなった時、スルーは、やっと振り向いた。ついさっきまでいたところが、瓦礫の山となっていた。

今度は、慌てて瓦礫の山に戻る。

まだ、終わっていない。

まだ、陽翔の怒りが消えていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ