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ハイルドは、ローヒカ伯が魔王になっていたことをサーサスだちに言い出せずにいた。
イハスナ国が、″始まりの国″とされるかもしれないからだ。
それと、ローヒカ伯の行動が魔王らしくない。彼があの不思議な空間で手にかけたのは、沈黙の森の奥に入るために恐らく″守人″、アリミアを汚した者たち。刑だと考えると重すぎることもない。
そして、″守人″を学ぶにつれ、ローヒカ伯を魔王と言っていいのかわからなくなっていた。
時折届く国の様子からも、疑問は深く大きくなっていく。
「双頭のウマに乗った黒騎士が、魔物狩りをしているそうだ。」
″守人″の剣たちに指導を受けていた時だった。
休憩時間にサーサスが、イハスナ国の近状を教えてくれた。
「左に持っていた剣で魔物を切り、何も言わずに去っていく。衣服は黒く、顔を隠しているが、王太子殿下が甦って退治していると囁かれている。」
ハイルドは、ローヒカ伯だと思った。アリミアが死しても守ろうとした国を守っているのだと。
「魔王、いや、魔物は、何故黒いのでしょう?」
異界から来た勇者はともかく、歴代の勇者たちは、何故、黒い髪と目になってしまうのか。
「魔物は、闇の色を纏っていると云われている。闇は、人が怖れるものだからだ。
魔王の髪と目が黒いのは、深すぎる絶望により深淵の闇に染まるってしまうからだ。」
サーサスは、若い″守人″が出したお茶に口をつけながら、こうも言った。
「髪と目が黒く染まったからといって、全員が魔王になるわけではない。逆に髪や目が黒くないからと魔に染まっていないとは限らない。」
絶望の闇から、何を望むかだ。
ハイルドは、ハッと顔を上げた。
サーサスは、わかっている。黒騎士が誰なのかを。
「サーサス殿は、そのような者をご存知なのですか?」
サーサスは、お茶をじっと見ながら、少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「昔、妻子を惨殺された若者が、深淵の闇に染まった。若者は、惨殺した者たちを殺し、殺害を命じた令嬢の前で自らの命を絶った。令嬢は、若者を慕っており、邪魔な妻子を殺させた。」
「若者は、令嬢を殺さなかったのですか?」
テナヤも不思議に思ったようだ。
何故、元凶である令嬢を生かしたのか。
「令嬢は、若者を親身になって慰め、後妻になることが決まっていた。結婚の日、若者は、祝福で集まった者たちの前で令嬢の罪を暴露し、己の首に当てた剣を引いた。令嬢に拒絶の言葉を残してな。」
『僕があなたの隣に立つことは永遠にない』
「令嬢は、若者の妻より全てが優れていると思っていた。何故、拒絶されたのかわからず、今も夢の中をさ迷っている。」
「その令嬢は、存命なのですか!?」
サーサスは、その問いに答えず、近くにいた年配の″守人″の剣に目配せをすると頷いた。
「よろしいのですか?」
「ああ、必要なことだ。彼に付いていきなさい。」
ハイルドたちは、建物の上階に案内された。
鉄格子の向こうには、白髪の老女がハイルドたちに背を向けて床に座っていた。
「わたくしのほうが美しいのに。」
老女の背中に黒い靄が現れ、何かの象になろうとして、霧散して消えている。
「声だって、わたくしのほうが綺麗なのに。」
「わたくしのほうが料理も裁縫も上手なのに。」
「わたくしのほうがお金があるのに。」
「わたくしのほうが・・・、わたくしのほうが・・・。」
同じように老女の背中に黒い靄が現れ、何かの象になり、霧散する。それを繰り返している。
「なせ、なぜ、あのお方は、わたくしを見てくださらないの?」
「なぜ、なぜ、あのお方の隣には、あの女がいるの?」
「なぜ、なぜ、なぜ、なぜ!!」
老女の声が、叫び声に変わり始めた。
背中の靄が、ネズミによく似た形を作っていく。
ガッシャーン、ガッシャーン
いきなり大きな音がした。
横を見ると、衛兵が木槌で鉄格子を叩いていた。
それでも老女の言葉は、止まらない。
衛兵は、先に何か付いている長い棒で老女の背を叩いた。
老女は、小さく悲鳴をあげ、その場に倒れ動かなる。
「何を!」
何もしていない老人を叩くなどと!
「ああやって、魔物が生まれるのを防いでいるのです。」
案内してきた″守人″の剣が、テナヤを止める。
ハイルドは、長い棒の先に魔物避けの葉が就いているのに気が付いた。
「この方は、サーサスさまの妹君でございます。サーサスさまの剣であった方に思いを寄せ、大罪を犯しました。
我が国では、″守人″や盾、剣に害した者は、極刑に処されます。このお方も例外では、ありませんでした。が、サーサスさまのお父上、先々代の国王陛下が、このお方を戒めとされることをお決めになられました。″守人″の盾となる王家の方々、そして″守人″の剣は、成人のおりには、このお方に会い、人の醜悪を心に刻むのです。
そして、不浄の沼など無くても人は、魔物を生み出せることを知るのです。」
ハイルドは、衛兵たちに奥にあるベッドに運ばれる老女を見た。
笑みを浮かべて眠る姿は、幼子のようだ。幸せだったころの夢を見ているのか、願いが叶った夢を見ているのかは、ハイルドにはわからなかった。
「″守人″は、あのお方とはお会いできません。負の想いが強すぎて、酔ってしまうからです。」
演習場に戻りながら、″守人″の剣は、話し続ける。
「私は、サーサスさまの剣と共に魔物討伐に参加しておりました。絶望に染まった後も奥方の言葉に相応しくあるために、サーサスさまの剣でおられました。」
『私の大切な旦那さまが、″守人″の剣なんて、格好良すぎるわ。』
「立派な方でした。髪と目が黒に染まろうが、″守人″の剣として、最強でした。真相をお知りになるまでは。
あのお方との結婚の前日、他の剣たちと囲んで祝いの酒を飲みました。亡き奥方のことを話され、とても大切になされていたのがわかりました。だから、許せなかったのでしょう。己のために殺されたことが。」
演習場から、剣を打ち合う音や掛け声が聞こえてくる。訓練が再開されているのだろう。
「貴殿からは、私は、相当な愚か者に見えるな。」
「ええ、ハイルドさまのお国が。我が国でさえ、あのお方のような人がいらっしゃるのです。それも″守人″について教えを受けた王家の血筋から。
贄となられた王太子殿下やリアードのためにもしっかり学ばれ、このような事がなきようお願い致します。」
憤慨したテナヤを手で制止して、ハイルドは深く頷いた。そのために今学んでいるのだと。
ハイルドがイハスナ国に戻れたのは、魔方陣の門に入ってから、三年の月日が経ってからだった。
逃げ出した王族として歓迎されなかったが、ハイルドは国の復興のために尽力した。
ハイルドとファーは、三男二女の子宝に恵まれ、男児は、全て紫の目を持っていた。長男は″守人″としてローヒカ公爵となり、次男が″守人″の剣となりエルヴィス公爵となった。末っ子の三男はが守人″の盾となりハイルドの跡を継いで王となった。
女児の二人は、他国に嫁ぎ、国外から国の復興を手助けした。
沈黙の森を取り巻く風は、ハイルドが戻ってからもしばらく吹き荒れていた。
ハイルドがやっと沈黙の森に入ることが出来たのは、国に戻ってから十年の月日が経っていた。
草が生い茂り、当時の面影は少しも残っていなかった。ただ、不浄の沼があった場所だけ草の背丈が短く、その部分だけ丸く凹んでいる。
丸く花が咲いている所は、ミューミアとアルフィートが居た場所だろうか?その隣にも輪になって花が咲いていた。
「レーライト、やっと過ちを謝りに来ることが出来た。」
ハイルドは、不浄の沼があった場所に墓標を建てた。
その墓標の裏側には、何故か上半身は女性で下半身は魚の絵が彫られていた。
無知王と呼ばれたハイルドだが、後の歴史研究家たちが、彼が何故その名で呼ばれるのか首を傾げたという。
荒れた国を立て直し、平和な礎の基礎を作ったハイルドには、無知王の名は、相応しくないからだ。だが、どの歴史書にもハイルドは、無知王と記されていた。その真相を語る歴史書は、どこにも残されていなかった。
誤字報告、ありがとうございました。




