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人魚姫 守人の恋  作者: はるあき
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部屋に入って来たのは、妻のファーだった。

「ハイルドさま。お加減はどうですか?」

ハイルドは、ベットの側に立つ妻の丸いお腹に手を伸ばす。

「暇で仕方がない。」

ここにハイルドの子供がいる。そう思うと愛しくて、触らずにいられない。会うことは叶わないと諦めた幸福が目の前にある。だが、その幸福に酔いしれることは、ハイルドには出来なかった。

「なぁ、ファー。今、話してもいいかい?」

ファーに全てを話すのは、怖かった。己の愚かさを過ちを全て曝け出すのだから。それでも、ファーには、隣の部屋で聞いている者たちには、聞いてもらわなければならない。

レーライトたちが、生かしてくれた命だから。

テナヤが気を利かせ、部屋を出ていこうとするが、ハイルドはそれを止めた。

ハイルドは、15年、もうすぐ16年前になる″守人″との婚約話から、話し始めた。一代目勇者で二代目魔王から聞いた話、目覚める前に見たレーライトのこと、全てを。

「王太子妃殿下は、ミューミアさまは、ご存知だったのでしょうか。」

ベッドの端に腰をかけ、目に涙を浮かべたファーは、ポツリと言った。

「ファー?」

ハイルドは、ファーが言った言葉の意味がわからなかった。

「だって、身代わりのようではないですか。王太子殿下の想い人と似てみえたなどと。だから、ミューミアさまは、いつも愁いを帯びていらっしゃったのですね。」

男と女の考え方の違いなのか。ハイルドは、想い人を思い出させるミューミアを妻にしなければならなかったレーライトのほうが辛いように思えていた。

「ファー、″守人″に頼み、怪我を無くすことも出来たのに、王太子殿下と結婚することを選んだ。彼女は、愛されてないことをわかっていて、自分の意思で嫁いだのだと思う。」

ファーは、納得出来きないと手を握り締めている。

「それでも身代わりは、許せませんわ。」

「ファー。身代わりとされていたのは、″守人″のほうだ。」

ハイルドは、言うべきかどうか迷った。あの時、ハイルドは、外交に出ていて、全て後から聞いた話だ。

「ミューミア嬢が魔物の毒で静養中、レーライトが命の恩人である彼女を忘れられず、彼女と同じ赤褐色の髪の娘に情けをかけていた、と噂があった。」

ミューミアの母親であるローヒカ伯夫人か、タアラマ子爵が流した噂かもしれない。妃の座を確実にするために、レーライトが夢中になっているのは、ミューミアだと広めるために。

「そんなお話が。」

ファーの声に咎める響きを感じとったのか、テナヤが慌てて進言する。

「奥方さま、ハイルドさまは、その頃は国外にいらっしゃいました。国に戻られた時は、王太子殿下の婚約は決まっておられました。」

肩を震わせ、涙声で呟くファーは、会ったことのないアリミアより、ミューミアの味方らしい。

「想われていないのに想い人と言われていたなんて。」

慰めるようにファーの水色の髪を撫でながら、ハイルドは知っていることを話した。

「レーライトは、助けられた後、目を魔物の毒でやられ、目は見えたが色は、色彩はしばらく戻らなかったらしい。」

つまりレーライトは、何も知らずにアリミアに惹かれた。髪の色も目の色もわからずに。″守人″と知らずに。

「悲しすぎます。」

隣に座るファーの手をそっと握る。

誰が悲しいのだろう?誰もが悲しいのだろうか?

「すまない。私がきちんと″守人″について学んでいたら。」

レーライトの気持ちに気付いていれば、違う未来が、待っていたかもしれない。

ベッドで体を起こしているハイルドにファーが甘えるように凭れてきた。ハイルドを慰めるように握られた手を握り返してくる。

ふと視線をテナヤに移すと、何か言いたそうにしていた。ハイルドは頷き、言葉を待つ、

「ハイルドさま、魔王は、自軍を作るために不浄の沼を作ったと聞いておりますが。」

テナヤが躊躇いながら、自分の知っている物語と違うことを指摘した。

「摺り変わっていったのか、摺り替えられたのだろう。」

自分達が魔物を生み出していると認めたくないために。二代目勇者が、魔王討伐に行きやすいように。

「それも一代目勇者を魔王にしたのかもしれない。」

一代目勇者で二代目魔王は、自分のことを多く語らなかった。

ただ、彼は、今もあの不思議な空間に囚われて、人の思いが不浄の沼になるのを見ている。それは、とても辛くて哀しいことのようにハイルドは思えた。

「ハイルドさまは、どうなされるのですか?」

ファーは、ハイルドを見上げ、今後を訊ねた。

「国に戻り、無知な王になる。」

王になると決めたとき、ハイルドの心に浮かんだのは、人魚姫のように泡となって消えたアリミアの姿だった。人魚姫の魂は、天に昇って幸せになった。アリミアの魂は?真珠よりも小さくなっていたあの魂は、レーライトに抱かれて幸せになれたのだろうか?

「このようなことが起こらないようにしたい。」

二度と、とはハイルドは言えない。勇者たちが二度と魔王が生まれないように願い、努力してきた。だが、何人もの勇者が絶望し魔王になった。そんな悲劇ももう起こってほしくない。

無知なハイルドに何が出来るだろうか。

「わたくしもお手伝いいたします。」

「微力ですが、なんなりとお申し付けください。」

ファー、跪くテナヤと視線を移しながら、滲む視界を堪え、ハイルドは絞り出すように言った。

「ありがとう。」


翌日から、ハイルドとテナヤは、エルシア国で″守人″について学んだ。知らないことばかりで、学ぶことだらけだった。

ハイルドが″守人″の元に通いはじめてすぐにファーは、元気な男の子を産んだ。

その赤子を見たエルシア国の″守人″のサーサスは、とても驚いて呟いた。サーサスは、ファーの大伯父に当たり、エルシア国の先王の兄になる。水色の瞳の一部が赤く染まっていた。″守人″だ。

「この子は、″守人″であり、″守人″の盾であり、″守人″の剣である。イハスナ国は、″始まりの国″にならない。」

赤子は、左目がイハスナ王家の紫、右目が″守人″の赤、混じりのない赤色をしていた。

「サーサス殿、″守人″の剣とは?」

ハイルドが初めて耳にした言葉だ。

盾があるなら、剣もあってもおかしくない。王家が盾なら、剣を司るのは?ハイルドの父は、剣も兼ねていた。やはり王家の者なのか?

「盾は、″守人″の心を守る者。剣は、″守人″の身体を守る者、魔物を狩る者。

イハスナ国の先代″守人″は、″守人″であり、剣でもあった。貴殿の父君は、先代の盾であり、剣でもあった。

だから、イハスナ国は、″守人″が一人でも、魔物が他国より多く生まれても被害が最少ですんでいた。」

ファーの大叔父でもあるサーサスの目には、憐れみが籠っている。そんなことも教えになかったのか、と。

サーサスは赤子から離れ、部屋を移動する。ハイルドは、その後に続いた。

「亡くなった″守人″の剣は、双剣の使い手だった。彼がいれば、先代も父君も殺されることは、なかっただろう。」

ハイルドは、瞠目した。確かにサーサスは、『殺された』と言った。

誇り高き騎士であった父が殺された?

「今、なんと?」

「剣は、強い。シカのような魔物でも、少々手こずるかもしれないが、二人とも命を落とすことはない。それも片方が″守人″であるのなら、尚更。」

窓の外を見ながら、サーサスは続けた。死ぬなど有り得ないことだと。

「何故?」

ハイルドは、自分の声が震えているのがわかった。

父は、ハイルドの憧れだった。魔物討伐に出掛け、無傷で帰ってくる父のようにハイルドは、成りたかった。

「次の″守人″の盾は、決まっていなかった。剣も秘密裏とされていた。

盾が生き残れば、次の盾となる。″守人″が生き残れば、選ばれないのがわかっていた。」

選ばれない?誰が?

その時、王家の証である紫の目を持っていた者は、誰がいた?

国王、王太子であったレーライト、ハイルドだけだ、紫の目をしていたのは。

ハイルドは、もちろん盾のことなど知らなかった。だが、選ばれ、理由を知ったなら、快諾しただろう。

レーライトもしかりだ。

では、国王は?レーライトの父である国王は、盾に相応しかったか?

「だから、王太子殿下は、沈黙の森に″守人″を隠した。

″守人″の力が弱まったのは、無理矢理″守人″の剣であり盾になろうとしたからであろう。」

サーサスは、話は終わりだといいたげに、扉のほうに歩き始めた。

「サーサス殿、アリミアの剣の名は?」

ハイルドは、慌てて声をかけた。訊きたいことは、沢山ある。

「リアード。修行でこの国の西にある″始まりの国″だった荒れ地の魔物討伐に参加していた。王太子殿下の暗殺未遂事件を知り、慌てて帰国したが、間に合わなかったようだ。」

扉に手をかけたサーサスが、ゆっくりと扉を開ける。

「サーサス殿!私が、あの子の剣となり盾になることは、出来るのでしょうか?」

少しでも償う機会が欲しい。少しでも我が子の負担を軽くしたい。

ハイルドは、縋り付くように訊ねた。

「それは、おいおい学ぶことだ。」

扉が閉まり、サーサスの姿は部屋から消えた。

「ハイルドさま。」

戸惑った声でテナヤが声をかけてくる。

「俺たちは、とんでもないヤツに剣を捧げていたようだ。」

視界の隅でテナヤが頷いているのが見える。

ハイルドは、大きく息を吐いた。

(かたき)である国王は、もう死んでしまった。今さら何も出来ることはない、と心を落ち着かせようとするが出来ない。

ザワザワと心が波立つ。許せないと思うのは、父を殺した者に対してだろうか?知らなかったから殺されたことに気付けなかった自分にだろうか?

ハイルドは、もう一度大きく息を吐いた。気持ちを切り替えるために。

「ハイルドさま。リアードは、ウマの名でしたよね?」

そんな腕のたつ騎士が思い出せないとテナヤは、口元に手をやり、考えこんでいる。

魔物の双頭のウマの名が、リアードとリリアだ。だが、その名は、ある兄妹の名だ。

「ローヒカ伯の幼名だ。俺とアリミアの婚約破棄のときに改名させられたらしい。」

テナヤは、顔をあげ、不思議そうな顔をしたがすぐに納得したように頷いている。

だから、あれほどまでの手練れだったのか、と。

「双剣の使い手と言ってみえた。だから、左だけでもあれほど強かった。」

ハイルドの頭にローヒカ伯の姿が浮かび上がる。違和感を感じる。

「テナヤ、ローヒカ伯の髪と目は、何色だった?」

レーライトの結婚式の時に見たローヒカ伯と沈黙の森で会ったローヒカ伯。同じ人物のはずなのに何かが違うように感じる。

「ローヒカ伯は、褐色の髪に緑の・・・。」

テナヤも気が付いたらしく言葉を止める。

結婚式で王太子妃の兄と紹介された時は、褐色の髪に、ミューミアと同じ緑の目だった。兄妹だなと思ったのをハイルドは覚えていた。

沈黙の森では?同じ髪と目の色だったか?

違う・・・?

黒髪の黒い目ではなかったか?魔王と同じ黒では?

イハスナ国に魔王は、誕生していた。

誤字報告、ありがとうございました。

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