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人魚姫 守人の恋  作者: はるあき
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「朝日を浴びて、人魚姫の体は泡になり、消えてしまいました。おしまい。」

「勇者さま、人魚姫は、死んでしまったの?」

黒髪の青年の膝の上で、小さな少女が聞いた。

「そうだよ。体は海の泡になったけど、心はね、空に昇って、神様の所に行ったんだよ。」

青年の黒い瞳が、見上げてきた赤茶の瞳に重なる。

「なぜ、王子さまは、気付かなかったの?助けた人に似ていると分かっていたのに。」

少女は、首を傾げて不思議そうに問う。

「人魚姫は、声が出なかったから。浜辺で助けてくれたお姫さまの声も人魚姫と似ていたのかもしれないね。」

「ふん、選ばなかったのは、相応しくないことを分かってたからだよ。」

青年と少女から、離れた場所にいた少年が言った。少女より年上の生意気そうな男の子。金色の髪と王族の証である紫の瞳を持つ、少女の婚約者となっている少年だ。

「姫と言っても魚のだろ。釣り合いってものがあるんだよ。」

少年が、少女を睨み付けて言った。

「身分も教養もない人間には、分からないな。」

吐き捨てるように言った言葉は、少女を馬鹿にしている。

少女は、少年の悪意を感じて、小さくなって震えていた。

「君は、この子との婚約が嫌なのかい?」

青年の言葉に少年が、苛立ちを隠せないでいた。

「当たり前だろ!俺は、王族だぞ!」

「ハイルドさま。」

少年の従者の咎める声に、名前を呼ばれた少年は、唇を噛んでいる。

「そうか、私から国王に言っておこう。″守人″の重要性(いみ)がわからない者には、荷が重すぎる。″君が″ではなく、″この()″は、幸せにならなければならない。教わったのか、教わってないのか、その理由がわからないのなら、この世界の″王族″としても″貴族″としても最低ということだ。」

青年は、少女を膝の上から、そっと降ろし、立ち上がった。

少年は、顔を真っ赤にして、何か言いたそうだが、その小さな肩に置かれた手が言わせてくれない。

青年は、膝をついて、少女と視線を合わせると、優しく言った。

「おうちに帰ろうか?」

少女は、青年の上着の裾をギュッと握りしめ、小さく頷いた。

「勇者さま、決して″守人″を蔑ろにしているわけではなく・・・。」

少年の従者が、慌てて、青年に声をかけるが、青年は、怒りで体を震わせている少年を見て、困ったように微笑んだ。

「・・・。何故、″守人″が必要なのか、少年だけじゃなく、全員にしっかり教えておいて欲しいね。」

青年は、侍女から、少女の外套を受け取ると、優しく少女に着せ、自分の外套を手に持って、部屋を出ていった。

「くそッ!勇者か何か知らないが、えらそうに!!」

少年は、肩に置かれた手を振り払い、癇癪を起こして叫んだ。

「そんな態度だと、名誉ある″始まりの国″なっちゃうよー。ちゃんと勉強するんだね。」

どこに居たのか、真っ白な髪と金色の瞳を持った少年が現れ、チラリと王族の少年とその従者を見た。

その二人に軽く手を振って、青年たちが出ていったドアの向こうに姿を消した。

″始まりの国″

残された少年と従者は、その言葉に顔色を失った。


15年後、沈黙の森の中にある″守人″の家が燃えていた。

いや、今は、″魔女″の家と呼ばれている。

「もうそろそろいいだろ。火を早く消せ。」

ハイルドは、丸一日以上燃えている火を見て、回りにいる兵に言った。この命令を止める者は、もういない。家が崩れ始めて、やっと納得したのだろう。

兵たちは、用意してあった水を、まだ勢いよく燃えている火を消すためにかけ始めた。

ハイルドは、本当は、もっと早く火を消したかった。″魔女″の従兄弟であるローヒカ伯が、家に火を点けた瞬間から、背中がゾクゾクする嫌な予感がした。この場から、逃げ出したい思った。踏みとどまったのは、見届けなければならないという王族の矜恃があったからだ。

15年前、婚約していた女は、今、″魔女″として、処刑された。

結局、ハイルドは、″守人″が何かを知ることをしなかった。

懸命に説こうとした教師を鬱陶しがっていたら、違う者に代わっていた。新しく来た教師は、平和の時代を守っていけば、無用の者たちだと教えてくれた。

王族が婚姻を望んだ者をそんな扱いでいいのか?と疑問は、残ったが、調べることはしなかった。

他国から嫁いできた妻とその従者は、ハイルドが″守人″の婚約者であったことを知ると、とても驚いていた。婚約破棄となった理由を知らない妻は、ハイルドに嫁げることをとても名誉ある光栄なことと感じているようだった。

妻の国の″守人″は、尊まれ、敬う存在であるようだ。

それも引っ掛かっていた。今回のことを行うのに。

だが、国王陛下、王妃殿下、王太子妃殿下の命ならば、従わなければならない。

それに女も運が悪かった。

もともと女が住む沈黙の森には、魔物が出た。それが、女が″守人″を継ぐと魔物の数が増え始めた。今までいなかった強い魔物も出現するようになった。

悪い噂は、すぐに広がり、女は、すぐに″守人″から″魔女″といわれだした。

「お前たち、何をしている!」

その声にハイルドは、舌打ちした。うるさい奴が来たと。

「何故、″守人″の家が焼けて?それよりも″守人″は、無事なのか?」

馬を降りて、この国の王太子が、ハイルドに詰め寄った。

ハイルドのくすんだ金髪ではなく、日の光を編み込んだような金色の髪を持つ青年が、珍しく慌てていた。

すごく焦っている様子が、ハイルドには、滑稽にうつった。

「″守人″は?」

「あの中だ。」

王太子の視線がまだ燃え盛る家に移ると、その身体はそこに向かって走り出した。

その行動にハイルドの嫌な感じが強くなる。

「殿下!」

直ぐ様、回りにいた兵たちに止められたが、王太子は獣のように暴れ、先に進もうとしている。

消火作業は、続けられているが、火の勢いは衰えず、家はどんどん崩れ落ちていく。

ハイルドは、成す術もなく立っている従兄弟の肩に手を置いた。もう無理だ、諦めろ、と。

「殿下、これで″魔女″は、いなくなりました。」

すすっと王太子の前に進み出た者たちがいた。

ローヒカ伯を筆頭に魔女討伐に名乗りを上げた貴族たちだ。

「″魔女″?何を言っている?

″守人″を庇護していたローヒカ伯なら、このコトの重要性はご存知のはずだ。」

誉められるコトを当たり前と笑みを浮かべた者たちに、王太子は、唖然とした表情を浮かべた。

「ここにいたのは、″魔女″でございます。燃やすのには、少々手間取りましたが、ここも浄化され、魔物の数も減りましょう。」

王太子の紫の瞳は、信じられないと自慢気に話すローヒカ伯を見ていた。

「お前たちが、火を点けたのか?」

「はい、さようでございます。」

労いを求める態度に王太子は、首を左右に振り、近付く者たちから離れるように後退さった。

「ここは、勇者さまが加護している場所!

お前たちは、″守人″に害しただけでなく、勇者さまにも弓を引いたのだぞ!」

その声が聞こえた者たちに、動揺の波が走ったが、それは一瞬で消えてしまった。

「その勇者は、偽者でしょう。ここにいたのは、″魔女″でしたから。」

ローヒカ伯が、堂々と間違いないと言い放った。

王太子の声が冷えていった。

「ハイルド。魔物は、どうして生まれる?」

「人の負が集まって、だろ。」

今さら何を聞くんだ?とハイルドは、思った。

この世界の子供なら、物心ついた頃から、知っている。だから、悪いことを思ってはいけない、してはいけないと厳しく教え込まれる。

「″守人″は、魔物が生まれる不浄の沼の見張りだ。力の強い魔物が生まれないように封印し、浄化している。″守人″が浄化できない魔物が生れたということは、人の負の力が強くなったということだ。」

絞り出すように出された言葉に、その場にいた者たちは、顔を見合わせた。

「殿下?」

誰かが縋りつくように王太子を呼んだ。嘘だと言ってほしそうに。

ハイルドは、ずっとしていた嫌な感じの理由がやっとわかった。

ハイルドの本能がしてはいけないと警告を送っていたということに。

「″守人″を害し、勇者の加護を破棄した我が国は、絶望への″始まりの国″となるしかない。封印を解かれた不浄の沼は、魔物を生み続け、この国は、魔物の国になるだろう。」

「早く消せ。″守人″さまを助けるのだ。」

弾かれたように一人の貴族が声を上げ、消火作業を急がした。他の者たちも我先にそれにならう。

「ローヒカ伯、この地を治める貴方は、知ってなければいけないことだ。ローヒカ家は、家訓として、王家より″守人″を守ることが義務付けされていると聞いている。」

一人残ったローヒカ伯は、真っ青な顔をしていた。

「私に″守人″について教えたのは、先々代ローヒカ伯、あなたの祖父君だ。この国では、″守人″が軽んじられているが、あなたとあなたの妹である王太子妃なら、王家の暴挙も止められると信じていた。」

淡々と語られる言葉にハイルドは、何も言えなかった。ハイルドも″守人″を軽んじていた一人だ。

「これは、王家の命です。私は、王家に従っただけです。」

王太子は、悲しげに微笑んだ。

「勇者さまが、ハイルドの婚約に苦言をおっしゃった時から、危惧していた。私が、何を進言しても、誰も変わろうとしなかった。″始まりの国″となるのは、当たり前のことだったのだろう。」

ローヒカ伯に負けないほど青い顔色をした王太子は、諦めたように呟いた。

ハイルドは、みなと同じように真実に衝撃を受けていたが、衝撃が強すぎたのか、逆に冷静になれた。

王太子の言う通りで、王族でありながらの、貴族でありながらの、この無知は、この国にとって致命的だった。

だが、このままこの国を″始まりの国″にするわけには、いかない。それが、この事態を起こした王族としての責任だ。

だから、全てをわかっているだろう王太子から、目を離せなかった。何か打開策を持っているかもしれないと、微かな期待を込めて。

だから、ハイルドは、拾うコトができた。

王太子が、音にならないほど小さな声で呟いた言葉を。

「こんなことなら、諦めなければよかった。」

何を?とハイルドは、問うことが出来なかった。

その時の王太子の顔は、あまりにも切なくて苦しそうだったから。

ハイルドは、″守人″の家を見た。赤い炎は、勢いを失いながらも、まだ暴れていた。

誤字報告ありがとうございました

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