空練遊隊
高層ビルの壁面を疾る真紅のバイク。
現実世界では、まず有り得ない光景だ。
ドゥ゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛
低い重低音を上げて疾走するバイクは、重力も相まって驚異的なスピードを叩き出していた。
夜風を鋭く切り裂く感覚に、カイトは自分の口角が少し緩むのを感じた。
ギュル゛ルルッんッ
瞬く間に地上に着地したバイクは、進行方向を水平に変えて、シブヤの高層ビル群の間を風のように駆け抜けて行く。
――シブヤ道玄坂
地上は、深夜だというのに、煌びやかなネオン灯が発する光で、昼間のような明るさだった。
ガヤガヤ、ワハハ・・ガヤガヤガヤガヤ・・・
都会の喧騒こそ聞こえど、奇妙な事に街に人影はない。
時より聞こえる楽しそうな笑い声と、眩しいばかりの街明かりを横目に、カイト達は足早にシブヤのハチコウ前を目指す。
「ほんの微かにキョウキの臭いが残ってるね」
「あぁ。――この世で一番サイアクな悪臭だ。この悪臭を嗅ぐたびに嫌でも『あの夜』を思い出す」
――『空練遊隊』
カイトをリーダーとして結成された、この隊には、元々『4人』のメンバーがいた。
リーダーのカイト。
カイトと電話口で話していた少女『兎ヶ野 美景』。
現在、そのミカゲと行動を共にしてる少年『汐凪 悠馬 』。
そして、カイトの1番の親友でもある『竜崎 真理』という少年の4人だ。
『マコト』はカイトが中学2年生の時に、同じクラスに転校してきた。性格は温厚で人当たりも良く、成績優秀、遡行良好と絵に描いたような優等生だった。物静かで口数こそ少ないものの、マコトの周りには、いつも沢山のクラスメートが集っていた。
一方、その頃のカイトはと言うと、学校をサボっては単車を転がして、渋谷に蔓延る『不健全な不良』相手に喧嘩三昧の日々。
昔から想像力と腕っぷしだけは強かったカイトは、喧嘩では無敗の戦績を誇り、不良達の間では『紅い狂犬』と呼ばれ、恐れ戦かれていた。
2人はまさに正反対だったが、お互い自分に無いものを持つ『非常識』なクラスメートに惹かれて、程なくして親友と呼べるほどの仲になった。
「今日もバイクかい?カイトって本当にバイクが好きだよね」
「マコトもはじめろよ。風を切り裂くあの感覚マジで最高だぞ。走り方は俺が教えてやるからよ」
「うん。考えとくよ。でも、ちゃんと学校にも来なきゃ駄目だよカイト」
「わーってるって。それよりこの前、湾岸のカミソリ峠を攻めてた時に、すげぇ事があってさぁ――」
カイトにとってマコトは、こんなたわいも無い会話ができる数少ない友人の1人だった。
普段は自身のことを多く語らないタイプのカイトも、なぜかマコトの前でだけは、不思議と饒舌になった。
そんな親友のマコトだが、現在『意識不明の重体』で家の近くの大学病院に入院している。医師の話では原因が全く分からず、回復の目処も立っていないらしい。
しかし、カイト達『空練遊隊』のメンバーは知っていた。
マコトの身に何が起きたのか。
なぜ、マコトが昏睡状態になったしまったのか。
そして、あの夜、マコトをこんな状態にした『深淵のキョウキ』が見せた、あの『狂ったような目』を。
――カイト達を乗せた真紅のバイクは、ハチコウ前まで目と鼻の先という所まで来ていた。
「そろそろ目的地のハチコウ前だよカイト。ミカゲ達はもう着いてるかな?」
「あいつは昔から方向音痴だからな。ま、ハルマと一緒だから大丈夫だとは思うが」
「だと良いんだけど。・・・ん?」
チビマルの『野生の勘』が、辺りに漂う微かな違和感をキャッチした。チビマルは、その違和感を払拭するかのように、意識を鼻に集中させる。
――!?
微かな違和感が確信へと変わる。
「カイトっ!?この先ッ!!!」
バイクがハチコウ前に続く最終コーナーに差し掛かろうかという最中、急にチビマルが声を荒げた。
道を曲がりきると同時に、チビマルが声を荒げる原因となったモノが、カイトの目に飛び込んで来る。
直線にして、およそ200mほど先のスクランブル交差点の真ん中に――。
キョウキだッ!!!!!!!