エピローグ
蒼白い月光が煌めく高層ビルの屋上。
1人の少年と1匹の動物が、静かに『シブヤ』の街を見下ろしていた。
「早く行こうよカイト。今夜も『真理』を探しにいかなくちゃ」
犬とも猫とも似つかない銀毛の動物が、隣にいる赤い髪の少年に、真理と呼ぶものの探索を促す。
この世にも珍しい銀毛の動物の名はチビマル。
体長は20センチほどで、直立した大きな耳と銀色の美しい毛並みが特徴的だ。
外見は一見するとフェネックギツネの様だが、そんな可愛らしい見た目とは裏腹に『2本の鋭利な尻尾』を有している。
チビマルに対して他に特記する事があるとするなら、それはそれは『流暢な人語』を発する事くらいだ。
「そう急かすなよチビマル。まだまだ夜はこれからだぜ」
チビマルにカイトと呼ばれた少年の名は『戌神 解人』。
燃えるような赤い髪さえ除けば、ごくごく一般的な普通の高校2年生だ。
――いや、正確にはだったと言うべきか。
少なくとも、あの日、あの時までは、どこにでもいる『健全な不良高校生』だった。
「まーたキミはそんな悠長な事を言って。いくらこの世界でも時間は有限なんだよ。一刻千金。タイムイズマネー。夜は短し歩けよ乙女さ」
チビマルと呼ばれる銀毛の動物は、2本の鋭利な尻尾を左右にブンブンと振って、カイトを急かした。
カイトは、真っ黒いコートのポケットからケータイを取り出して時間を確認した。
深夜2時を少し廻ったところだ。
「いくら夜が短いからって、乙女をこんな時間に歩かせるもんじゃねーぜ。それに今夜もいたるところに『キョウキ』が満ち溢れてやがる」
「だからこそキミの出番じゃないか!」
カイトが言葉を言い切らないうちに、チビマルが間髪入れずに言い放った。
「キミの力は特別なんだよカイト。キミならこの世界の救世主にだってなれる。ボクはそう思ってるよ」
無邪気な笑顔を浮かべるチビマル。
(救世主ねぇ。興味ねーな。・・・俺はただ――)
そんなチビマルの表情とは打って変わり、高層ビルから見下すシブヤの街は、不気味な無表情を貫いている。
――カイトは足下に広がる宝石のような街灯りをじっと見つめた。
(まるで嵐の前の静けさだな)
予感と言うよりは確信に近い。
――ヒュオォォォォっ
スリルとキョウキの臭いが入り混じるビル風に吹かれて、思わずカイトは武者震いをした。
「しゃーねぇ。今夜も『真理の探究』をはじめるとしますか」
そう呟くとカイトは目を瞑り、『空想』をはじめた。
チビマルは待ってましたと言わんばかりに、2本の鋭利な尻尾をビュンビュンと振り回す。
――数秒間の沈黙の後に、カイトは目を開けた。
すると、今まで何も無かったはずの空間に、カイトが頭の中で空想した『真紅のバイク』が出現していた。
それはまるで、最初からそこに在ったかのように。
――ここは虚構世界タルタロス。
夢と現実の狭間に位置するこの世界では、空想したあらゆる現象が起こり得る。