9話 彼女っぽいことをしてみます
次のお題を使っています。『プレゼント』『もみじ』
付き合うとはどういうもので、彼女とは何をするものなのでしょうか。
単純に育人さんが欲しかっただけの私には、いまいち分かりません。
ですので、とりあえず行動してみましょう。
私はお気に入りの牛のクッションを強く握りしめながら、そう決めていました。
「まひるちゃん、今日はなんだかそわそわしてるけど……どうしたの?」
育人さんが可愛らしい顔で怪しむように目を細めます。
「まさか、また何かよからぬ事を画策してるんじゃ……」
「いつも私が妙な事を考えているみたいな言い方は心外なのですが」
私の今日の目的はごく普通のものです。
今はただ緊張しているだけなんです。
とはいえ、今の私は育人さんが不安になるほどの挙動不審ぶりなのでしょうか。
仕方ありません、ここは意を決してひとおもいに始めてしまいましょう。
「育人さん」
「うん、どうしたの?」
私は姿勢を正し、深呼吸を一つします。
そして、後ろ手に隠していたあるものを取り出しました。
「彼女らしく、プレゼントなんて用意してみました」
「え――」
育人さんが目を丸くします。
またおかしなものを仕込んでいるのかという突っ込みが入るのでしょう。
問題ありません。『開けてからのお楽しみです。彼女からのプレゼントはもっと喜ぶものですよ?』と、含み笑いを添えて返す準備はできています。
中身はもちろん普通の品物ですが、どうぞ開ける前のドキドキを楽しんでください、育人さん。
「ありがとう! 嬉しいよ、まひるちゃん!」
「――え? あ、はい。いえ、もっと喜んでください。――じゃなくて!」
そんな事を言いたいのではなく。
ああ、育人さんがあまりに素直に喜ぶから、おかしな事を口走ってしまいました。
「やけに素直に受け取りますね……私からのプレゼントですよ?」
「自覚あるんだね、まひるちゃん」
育人さんが少し困ったような苦笑いをしました。
私は黙って育人さんを見つめます。なぜそんな素直に喜んだのでしょうか。
「そりゃあ、僕はまひるちゃんの彼氏だからね。プレゼントくらい素直に受け取らないとダメだろう?」
「そう、ですか……」
やだ、思っていたより何倍も恥ずかしいです。
……そして思っていたより何倍も嬉しいです。
「言っておきますけど、たいしたものではありませんよ?」
「僕なんて何にも用意してないけど」
「いいんです。何か特別な日というわけではありませんし」
私がただあげたかったんです。
なんてことは、絶対に言いませんが。
「付き合っている男女ですから。まずは形から入ってみようと思いまして」
「ありがとう、まひるちゃん」
育人さんが屈託のない笑顔を見せてくれます。
この笑顔も私の好きな表情です。一番好きなのは、困った表情というのが困ったものなのですが。
「……早く開けてください」
「あ、うん――スマホのケースだ」
「はい、もうずいぶんと古くなっていましたから。ちょうどいいかと思いまして」
「うん、本当に嬉しいよ、まひるちゃん!」
「それはよかったです」
そこが私の我慢の限界でした。
少し勢いを付けて立ち上がります。
「どうしたの?」
「少しのどが渇いたので飲み物を持ってきます。育人さんはそれを付けておいてください」
私はそう言って、足早に部屋から出てました。
ドアを閉めて、そこにもたれかかって一息つきます。
まさか、プレゼントをあげるという行為がこれほど緊張するとは。
実は今あげたケースは様子見みたいなもので、本命のプレゼントは別にあるのでが……
今日は気持ち的に限界です。またの機会にします。
******
「お待たせしました育人さん」
私は気を取り直して部屋に戻り、育人さんにお茶を差し出しました。
「ありがとう」
二人でゆっくりとお茶を飲みます。ようやく気持ちが落ち着いてきました。
……結局のところ、私は彼女らしい事をできたのでしょうか。
ただスマホケースを一つあげただけです。育人さんは喜んでいるみたいですが……
「ほら、まひるちゃん。付けてみたよ」
「ありがとうございます。大切に使ってくださいね」
「もちろんだよ」
育人さんがとても嬉しそうに笑います。
私はそれを見て胸がドキリとしましたが、なんとか表には出さずにすみました。
それにしても育人さん……
「いくらなんでも喜びすぎじゃありません……?」
十年以上、育人さんを見ていた私ですが、これほど喜んでいる姿を見た記憶はそうありません。
育人さんが困ったように、ではなく。少し気恥ずかしそうに頬をかきました。
「だって、初めての彼女からの、初めてのプレゼントだよ? しかもその彼女はまひるちゃんだ。喜ばないわけないじゃないか」
「…………」
「まひるちゃん?」
「そこまで言うなら、これもどうぞ」
私はカバンに隠しておいた、もう一つのプレゼントを取り出しました。
「……少し気恥ずかしくなって、渡すのはやめておこうと思ったものですが」
なんと言えばいいか……そうです。勢いが出てしまったんです。
本来、私はもっと冷静に行動するタイプです。
でも最近は上手くいきません。育人さんがあまりに好意を真っ直ぐに好意を向けてくるから……少しだけそれにつられている気がします。
育人さんは無言でプレゼントを受け取り、包装紙を開けました。
「……マフラーだ」
「はい、寒くなってきたからと、特に悩まずになんとなくで選んだものですが」
私の編んだマフラーを、育人さんが広げてじっと見ています。
デザインが変だったでしょうか。そんなに黙っていられると、とても困ってしまうのですが。
「……なんでも、手編みのマフラーには相手を束縛したいという強い思いが込められているしいですよ。友達から聞きました」
「…………」
「つまり、十年にも及ぶ重たい気持ちが込められているわけですね。どうです? やめておくなら今のうちですよ」
返品はお早めに。こういう言葉はスラスラと出てきます。
すると育人さんは笑わずに、真面目な顔を作って私を見つめてきました。
「すごく嬉しい。ありがとう」
「――――」
短いですが、それは確かに受け取るという承諾の言葉でした。
そして育人さんは、ゆっくりとマフラーを自分の首に巻きました。
思いがけない言葉と行動に、私の体が少しだけこわばります。
「どうだろう?」
「……思っていたよりも似合いますが、部屋の中では暑いでしょう? 早くとってください」
私はそう言いながら、育人さんからマフラーを外して手渡しました。
育人さんがマフラーを畳んでいきます。
……そろそろ胸がいっぱいいっぱいです。
私が育人さんにできる事は、今日のところはこれで終わりですね。
彼女らしい事ができたのかは、わかりません。
ですが育人さんの喜ぶ姿は見れました。
なら、今日のところはそれでよしするべきですよね。
「あ、もみじだね」
育人さんが畳み終えたマフラーを見て言いました。
「……秋ですから、ワンポイントに入れてみました」
目立たないようにしていたのですが、そんなすぐに気付くとは思いませんでした。
「冬は内側に巻いて隠してもいいですし、他のマフラーを使っても構いません。気に入らなければ取りますよ?」
「うん、大丈夫。大事に使わせてもらうよ。ありがとう」
「どういたしまして」
もみじ柄のマフラー。
もみじ、つまりは楓です。
学校で聞いた、楓の花言葉。大切な思い出。
花言葉なんて私には少女趣味すぎますし、実際に趣味ではないのですが……たまにはいいでしょう?
私も少女には違いないんですから。
私たちの毎日すべてが、大切な思い出だと思えるものになりますように。
これが育人さんにとって、大切な思い出になりますように。
「……ところでまひるちゃん。十年って、そんなに前から僕のこと想って……?」
「――! ………………秘密です」
できれば、私と同じように。