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8話  はじめまして。彼女です。

次のお題を使っています。『嘘』

 こんにちは。まひるです。

 このたび、彼女という肩書きを持つことになりました。


 信じられない、ありえない、嘘だろ。

 私をよく知っている人がいたら、そう言いそうなものです。


 幸いにして、私は基本的に品行方正な生活を送っているので、私をよく知っている人なんて育人いくとさんくらいなんですけどね。


 さて、十年越しの想いがようやく叶って、育人さんが幼馴染みから私の彼氏になったのはいいのですが。

 人の欲とは尽きないもの。私には不満がありました。


「育人さん、私たちって本当に付き合ってるんでしょうか?」


 学校の帰り道、私は育人さんにその不満をこぼしました。

 育人さんが可愛らしい顔で不思議そうな表情を作ります。


「うん。先週からね。どうして?」


「だって、いつもと何も変わらないじゃないですか、私たち」


 一緒に登校して、それぞれのクラスで過ごして、お昼は一緒に食べて。

 一緒に下校して、どちらかの部屋で適当に遊んで、たまに寄り道して。

 土日はやはり部屋で適当に遊ぶか、さもなければどこかに遊びに行くか。


 付き合う前と、何も変化がありません。驚くほど同じです。


「ちゃんと私の彼氏という意識を持って接してくださいねと言ったのに、育人さんの態度もまるで変わらないですし」


「まひるちゃんは……僕をオモチャのように扱う傾向が強くなった気がするけれど」


「それは気のせいです」


 私はきっぱりと言いました。


「育人さんがどうすれば嬉しいのか、ちゃんと考えて行動しているんですから」


「たとえば、動物園に行った時だけど……」


「この前の土曜日ですね。楽しかったです」


「ゴリラが実は優しい性格の動物って説明から始まって、絶滅の危機の流れになって、最後に調理法の話を聞かされても、僕は嬉しくならないよ……」


 育人さんが肩を落としながら言いました。


「あら、最後は『ゴリラが絶滅しないように祈らないといけませんね』と、いい風にまとめたはずですが」


「本当に取って付けたみたいだったって」


「そうですか……」


 どうやら気に食わなかったみたいですね。

 会話が楽しくなるように、前日に色々と調べたのですが、思惑が外れたようです。


「残念ですね。仕方ありません、コロッケでも食べて元気を出すとしましょうか。育人さんも食べます?」


 私はそう言って袋からさっき買ったコロッケを取り出しました。


「いや、僕は帰ってから食べるよ」


「そうですか。できたてが美味しいのですが、まあいいでしょう」


 私は包装紙を少し破り、コロッケを頬張りました。

 じゃがいもを初めとした熱々の食材の甘みと、豚肉の脂が溶け合った旨みが、口の中でじわぁっと広がります。


「美味しそうだね」


「はい、美味しいです。やはりコロッケはあそこが一番ですね」


 学校と家のちょうど真ん中ほどにある肉屋のコロッケです。

 値段も一個四十円と親切価格なのでお勧めできます。


「と、話が逸れてしまいましたから戻します。育人さんも、私たちの関係が付き合う前と後でほとんど変化がないとは思いませんか?」


「うーん、僕は今のままで十分だと思うけどなあ」


「変化がないとは思いませんか?」


「ああ、うん。そういう可能性もあるかもしれないね」


 育人さんが悩ましげに頷きました。

 ようやく肯定を得られました。私はコロッケをもう一口食べてから言いました。


「そうなんです。私、思うんですよ。育人さんが私を好きって言ったのは、嘘なんじゃないかって」


「ええ!? さすがにそんな嘘はつかないよ!?」


「では、私のどこが好きなのか、ちゃんと言ってください。そうですね……とりあえず四つほど」


 そこまで言って、私は自分の言葉におかしくなって笑い出してしまいました。


「今の台詞、少しだけ彼女っぽくありませんか?」


「まひるちゃんの恋愛像はおかしいよ……」


「ふふ。まあ、冗談ですよ。そんなのすぐに思い浮かぶわけ――」


「一緒にいて楽しい。なんだか放っておけない。気が強い。あと綺麗なところ。……こんなとこかな?」


「ありません……し?」


 育人さんが一息で四つ並び立てました。私は驚いて立ち止まってしまいます。


「まひるちゃん、どうしたの?」


「あ、いえ、すみません――ではなくて。なぜそんなにすらすらと出てくるんです?」


「そりゃあ、好きならこのくらいはすぐに出るよ」


「…………」


 不意討ち気味の言葉に、私は何も言えなくなってしまいました。

 どうしてこの人はなんでも真っ直ぐに言ってくるのでしょうか。

 聞いているこちらが恥ずかしくなってくるのですが。


「これで、僕がまひるちゃんを好きなのが嘘じゃないって信じてもらえたかな?」


「そ、そうですね。ですが、私たちの関係が付き合う前と同じだという事には変わりありません」


 私はようやく歩き出して言いました。


「もう少し、何かそれらしい事でもあればいいのですが……」


 ああ、少し言葉に出して分かりました。これは不満とは少し違いますね。

 ……どうやら私は不安なようです。育人さんが、他の子のところに言ってしまうのではないかと。

 私より性格がよくて、いかにも優しげな子はいくらでもいるでしょうし。


「何か……私たちが付き合っているのは嘘じゃないって。証明できれば満足するんでしょうか……」


「証明って……ええと、何をすればいいんだろう?」


 思いのほか声が出ていたのでしょうか。

 独り言のつもりで小さく呟いたつもりだったのですが、しっかりと聞かれてしまったみたいです。


「……そうですね。……手を」


「手?」


「手を繋いでみてもいいですか?」


 私は育人さんに向けて手を差し出しました。

 育人さんがは一瞬だけ目を丸くして、すぐにぷっと吹き出します。


「それは僕からお願いしたいくらいだよ」


 そう言って、ゆっくりと私の手を取りました。

 お互いの指が絡まります。

 不快な事は何もありません。


 育人さんの手の温かさに、胸の高鳴りを覚えるくらいです。


「まひるちゃん」


「なんでしょう?」


「僕たち子どもの頃からずっと一緒だったから、あんまり実感がないかもしれないけどさ」


「…………」


「僕たちはすごく仲がいいし、今のままでもちゃんと彼氏彼女の関係をやれていると思うよ」


「……そうかも、しれませんね」


 繋いだ手から、育人さんもドキドキしてくれている事が、なぜか伝わります。

 それが分かった途端、私は少し恥ずかしくなって、繋いだ手をちょっとだけ強く握りました。


「まひるちゃん?」


「……思っていたより、歩きにくくはないですね」


「……うん、そうだね」


 重なる手の温もりが、冬も間近な秋の風まで心地よいものに変えてしまいます。

 私は今日、また一つ幸せになったみたいです。

無事に一段落つきました。


区切りがいいので、この場をお借りしてお礼を。

ブックマーク、評価、感想をいただきまして、誠にありがとうございました。

どれも沢山いただけてとても嬉しいです。


励みにしてまた頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。

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