7話 彼女に私はいかがでしょう?(後編)
次のお題を使っています。『プレゼンテーション』
「それでは。これより私、一ノ瀬まひるのプレゼンテーションを始めたいと思います」
日曜日の朝食後、私は育人さんの部屋で堂々とそれを宣言しました。
「え、何が始まったの?」
育人さんが可愛らしい顔を困惑へと変えました。
私は反応せずに、用意していた大きな紙の資料をめくります。
これで今日こそ、幼馴染みという育人さんとの微妙な関係を、終わらせて見ませます。
「お題は簡単です」
少し緊張しますが、覚悟はすでに決めています。
私は落ち着いた口調で言いました。
「私を彼女にすれば、どういった恩恵が受けられるのか。です」
「え、どうしてそんなお題?」
予想外の質問が来ました。
まさか入口でつまづくとは。一晩練った私の計画をどうしてくれるんですか。
「育人さんは昨日、私の相談に乗ってくれると言ってましたよね? 秘密を聞いてくれるって言いましたよね?」
「うん。言ったね」
「それがこれです」
私は資料を広げて見せつけました。
「私が彼女としてどういう魅力があるか。一緒に考えてください」
「ええと、それが秘密とどう関係あるのかな?」
この辺は予定通りです。練習していた言葉がスラスラと出てきます。
「はい。私も高校二年生です。そろそろ、彼氏でも作ろうかと思いまして。悩んでいたんですよ」
「うーん、難しいんじゃないかなあ?」
「どうして即答するんですか!?」
「だってまひるちゃん、性格が悪いもの」
育人さんが言い淀むこともなく、テンポ良く答えてきます。
「性格が悪いから、現状で彼女として魅力になるポイントがどこかを考えてください、と言ってるんですよ。わかってください」
「うーん……」
今度は顎に手をおいて悩み出しました。どういう意味ですか。
「普通、そこは悪いところを直そうとするんじゃないかな?」
「無理を望んでも何も掴めません。世の中にはできる事とできない事があるんですから」
いえ、まあ育人さんがどうしてもそこだけは、なんていうところがあるならば、改善する努力もしてみますが。
そういうのはその、実際につ、付き合ってから話し合いましょう、という話ですので。
今はその前段階だから無しです。
「でも今のままのまひるちゃんと付き合うなんて、そんな恐ろしい事をする人いるのかなあ? 疲弊して死んじゃいそうだけど」
「育人さんは私を悪魔か何かだと思ってたりします?」
「だってこの相談自体がもう、誰かを罠に陥れるようとしているとこあるよね」
「どうしてそうなるんですか! 私はただ純粋にいく――どこかにいい彼氏はいないかなあ、って考えてるだけですよ!?」
危なかったです。つい勢いで育人さんが好きだと、そのまま言ってしまいそうになりました。
いけません。なぜかペースを乱されている感じがします。
「そこからプレゼンになった発想がちょっと分からないけれど……」
「察してください、色々と」
「でもまひるちゃんが真面目にその気になればすぐに作れるんじゃないかな? 二年の間でも綺麗な子がいるって、まひるちゃんが噂になってることあるし、告白とかされないの?」
「無いわけではないですが……学校の人はダメです」
「どうして?」
育人さんが不思議そうに首を傾げました。
「私は学校ではとても人当たりよくしているんです。付き合って私生活までそんなにお行儀よくしてられません。言っておきますが、私の事を性格が悪いなんて言うのは、育人さんくらいなんですよ?」
「それってどういう反応をするのが正しいのか分からないよ」
「喜んでください。それだけ心を開いてるって事なんですから」
「うーん……」
育人さんが片手を頭に置いて悩みはじめます。
話が少し逸れている事に気付いた私は、「それよりも」と話を戻しました。
「私の彼女としてのプラスポイント、ちゃんと考えてください」
「もう終わってもいいんじゃないかな? その話」
「終わらせません。というか、まだ始まってもいません。育人さんはちゃんと、自分だったらどうだろうという気持ちで、真面目に取り組んでください」
「たとえば?」
「ええと、そうですね……」
急に話を振られて、私は少しだけ言葉に詰まりました。
「……たとえば、美味しいお菓子を作ってあげたり」
「ロシアンルーレットにしたことあったよね」
「……娯楽に付き合えますよ。トランプでもボードゲームでもテレビゲームでもなんでもできます」
「まひるちゃん強すぎるのに、手加減しないし。あんまり喜ばれないんじゃないかな?」
「なら――」
それからしばらくの間、私が色々と提案して、育人さんがすかさずダメ出しをする流れが続きました。
******
議論は思っていたよりも白熱しました。
私もつい、突っ込みすぎた質問をしてしまいます。
「――では見た目ならどうです? 自分で言うのもなんですが、私は非常に容姿が優れていると言えます。事実として育人さんも、私を綺麗と認める発言を何度もしていますし」
スタイル、という点では胸の大きさなどで他に一歩譲らざるを得ないですが。
まあ、わざわざ自分が不利になる情報を出すつもりはありません。
「ああ、うん。それは認めるよ。まひるちゃんは本当に、怖いくらいに綺麗だよねえ。くるぶしなんかも、すごい形がいいし」
…………
「どうしてそんなピンポイントを攻めてきたんです……?」
「え、ただ足が細くて綺麗だよねって言っただけだよ?」
「足が綺麗はまあ、ありがとうございます。けれど、なぜわざわざくるぶしを選んだんです?」
「さすがに年下の女の子に太ももが綺麗だなんて言えないよ」
「くるぶしなら構わないという理由が理解し難いのですが……いえ、まあいいでしょう」
なんというか、頭が冷えました。
いつの間にか二時間以上も話していますし、そろそろまとめに入りましょう。
「とにかく、かなり話し込みましたけど、育人さんはこれでどう思いましたか? ……私を彼女として考えたときに、魅力はありましたか?」
「ええ? 僕に聞かれても困るよ。僕らがいつもしている話をしてただけだし」
言われてみれば。確かに思い出話に花が咲いただけという風にも取れます。
もう少し、付き合っている男女ならではの話題に触れた方がいいのでしょうか。
「では、彼氏彼女の関係らしく、手でも繋いで歩くなんていかがでしょう? 綺麗と認める女子と手を繋いで歩く。男子としては嬉しいんじゃありません?」
「それはまあ、そうかもだけど」
「しかもただ繋ぐだけじゃありません。指と指を絡める、あの繋ぎ方です。傍から見てると、歩きにくそうに見えなくもないですが」
「向いてないんじゃないかなあ」
「大丈夫です。ちゃんと興味はあります」
本当です。育人さんとそんな風にして歩いたら、きっと幸せな気持ちになるはずです。
「さあ。どうです育人さん、そろそろ私に彼女としての魅力を感じてきたんじゃありませんか?」
「いやあ、今日はいたずらにしてもずいぶんと手が込んてるなあって思ってるけど」
「――――」
育人さんが困ったように頬をかきます。
私はちょっと怒りました。
「まひるちゃんが本当に――」
「いたずらってなんですかいたずらって!?」
「まひるちゃん?」
「私がこれだけ育人さんに好きです付き合ってくださいって言ってるのに、いったい何が不満だと言うんですか!?」
「ええ!? そんなこと一言も言ってないよ!?」
……確かに、まだはっきりとは言ってない気がします。
――ですが、
「照れてしまってちゃんと言えないんです! だからこうして、私の良いところを挙げていって、私の魅力に気付いてもらおうとあれこれしてるんじゃないですか! どうしてわからないんです!?」
「いやあ、誰も分からないと思うなあ……」
「……ではこれまでの会話はなんだと思っていたんです?」
「だから、また悪ふざけで僕をからかってるのかなって」
私はあまりの事に言葉を失いそうになりましたが、グッと堪えました。
かわりにテーブルから身を乗り出して、育人さんの目を強く見つめます。
「どうしてそんなことになるんです、女の子の決死の告白ですよ!?」
「日頃の行いじゃないかなあ? まひるちゃん、色々と歪んでるし。特に今日のは絶対に分からないよ」
「そ、それは……」
私が悪いですって? そんなの知ってます。
けれど、こんなやり方じゃないと言えなかったんです。素直に言えなかったんです。
……仕方ないじゃないですか。
「……とにかく! からかってなんかいません、本当の本当に本当なんです!」
「うーん、いまいち信じられないというか、不信感の方が募るというか」
「本当に普段の私をどういう風に見てるんですか……わかりました。二度は言いませんから、心して聞いてください」
私は目を閉じました。そして胸に手を当てて、大きく深呼吸をします。
顔が熱くなるのが分かります。頭もぼーっとしてきました。
ですが、ここまできたら、もう後には引けません。
私は意を決して、はっきりと言いました。
「好きです。大好きです。ずっと、育人さんと一緒にいたいんです。他の人のところにいかないでください」
言いました。言ってしまいました。
プレッシャーに耐えられそうにありません。目をギュッとつむります。
これで断られたら、私は明日からどうやって生きていけば――
「うん、疑ってごめん。僕もまひるちゃんが好きだよ。僕の彼女になってほしいと、ずっと思ってた」
「……どうしてそんなにあっさりと受け入れるんですか?」
「なんでそこで不審な目になるの!?」
「今までそんな素振りをまったく見せてなかったじゃないですか」
その場しのぎで話を合わせておこうなんて考えなら、願い下げです。
「そんなことないよ。まひるちゃんが大切だったから今までずっと一緒にいたし、好きだから色んな事に付き合ってたんじゃないか」
育人さんが真っ直ぐに、私の目を見て言いました。
濃い黒色の瞳がとても綺麗です。思わず、私はコクコクと頷いてしまいました。
「……というか、僕から告白したこともあると思うんだけど」
「いつかの言葉ゲームの時ですか? あれは勝負をしての事でしたから、てっきり私を引っ掛けるものかと……」
「さすがに好きでもない子にあんなこと言わないって」
育人さんが深いため息を吐いて、ソファーにもたれかかりました。
「でも今回の相談は驚いたよ。やっぱり僕じゃダメなのかって、ちょっと落ち込んでた」
「全然そんな風に見えませんでしたよ……」
「それは僕が言いたいよ。まひるちゃんは僕のことを、からかいがいのあるオモチャ程度にしか見てないって、ずっと思ってたんだから」
つまり、二人とも激しい勘違いをしていたということでしょうか。
なんというか……脱力です。
私たちは同時に大きなため息を吐いて、それから少しだけ笑い合いました。
「では。もう育人さんは幼馴染みじゃなくて私の彼氏なんですから。しっかりとその意識を持って、私と接してくださいね」
「うん、覚悟しておくよ。まひるちゃんも、少し優しくしてくれると僕も嬉しいかな?」
いつも優しくしているつもりなのですが……今それを言うのはやめておきましょう。
そろそろ私の心が限界を迎えます。
感極まって抱き着きでもしたら、女の子らしくて可愛らしいんでしょうけど……私には無理です。
私は資料を手早くまとめて立ち上がり、ドアの前に向いました。
「善処します。それでは私はこれで」
「帰るの?」
「はい。今日のところはとても……その、恥ずかしいので、帰ります。彼氏彼女の関係は明日から本格的に始めましょう。それでは」
私は飛び出すように育人さんの部屋を出て、帰路に着きました。
ひとまずは、今日の出来事を振り返って消化しないと、育人さんの顔も満足に見れそうにありません。
明日からテストが始まるのですが、この夜はそれどころじゃありませんでした。
これで書き溜め分の投下完了です。
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
次のお話は付き合い始めということもあるので早めに更新します。具体的には本日中。
今回は甘みが少なめだったので、甘さ1.5倍程度(当社比)でお送りします。