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5話  少しだけ、昔話でもしましょうか

次のお題を使っています。『ヒーロー』

「珍しいもの観てるね、まひるちゃん」


 リビングでテレビを観ていると、後ろから育人いくとさんの声が聞こえてきました。

 男性のわりに少し高めの、可愛らしい声です。


「時間が有り余ってしまった暇な連休。テレビのチャンネルを無意味に変えていたら、かすかに記憶に残る、幼い頃に隣で見ていた番組の再放送。つい、足を止めて見入ってしまう。よくあることだと思いませんか?」


「わかるよ」


 育人さんが鞄を部屋の隅に置いて、私の隣に座ります。

 ソファーがゆっくりと沈む感覚が、少し心地いいです。


「これ、昔よく観ていたやつだ」


「はい。私も隣で観ていました」


 テレビ画面に映っているのは、いわゆる特撮ヒーロー番組というものです。

 ストーリーは勧善懲悪の物語。話の筋はわかりますし、よくできたお話だとは思います。

 ですがどうにも、私には空気感についていけないところがあります。


「今見てもわりと楽しめるよね」

 

「そうですか? 私には少し合いません」


 私は素直な気持ちを伝えました。


「じゃあどうして観てるんだい?」


「それは……やはり懐かしいから、でしょうか。育人さんが目を輝かせて観ていた記憶があります」


「ああ、うん。好きだったからね」


 そういえば幼い時も、番組より育人さんの横顔を見ていたことの方が多い気がします。

 なるほど、どおりで楽しめなかったはずです。大事な要素が抜け落ちていたのですから。


「……少し、昔を思い出しますね。出会った時の事とか」


「うちの隣にまひるちゃんたちが引っ越して来たとき僕は六歳。まひるちゃんは五歳だったから、もう十二年になるのかな」


 そこまで言って、育人さんはとてもおかしそうに笑い出しました。

 理由もわからないまま急に笑われるのは、いささか不愉快だと言わざるを得ません。


「どうかしましたか?」


 私の声は少し不機嫌なものになったと思います。

 育人さんは興奮冷めやらぬといったまま、両手を合わせました。


「ごめん、初めて会ったときに言われた事を思い出したんだよ」


「初めて会った時……」


「僕が話しかけたら『わたしは一人が好きなんです。気にしないでください。というか話しかけないでください』って。すごい子が引っ越して来たなあって思ったよ」


 ああ、なるほど。そういうこともありましたね。

 今でもあまり人に頼らないタイプな事には変わりませんが、初対面でそんな態度とは、我ながら酷いものです。


「そういう話なら、私も覚えていますよ」


「僕の事?」


「はい。『でもまひるちゃんはすごくさびしそうだよ。だからいっしょに遊ぼうよ』……お互い碌な子どもじゃありませんね。ませすぎです」


「あはは、そうだね。でも本当に、まひるちゃんは一目見たときから放っておけない感じがしたよ」


「そうですか? ……普通は面倒そうだから避けようと思いそうなものですが」


 事実として、私と仲良くしようとする子どもは幼稚園にはいませんでした。

 当然と言えば当然すぎますから、特に嫌な思い出というわけでもありませんが。


「いやまあ、会った最初はそんな難しいこと考えてなかったけどね。きっと単純に、せっかくお隣さんになったんだから仲良くしたい程度のものだったよ」


「……そうですか」


 ……この番組で例えるなら、育人さんは私にとってのヒーローと言ったところでしょうか。

 決してブレずに、どんな時でも弱者の味方。


 どんな時でも笑って味方してくれる人

 なるほど……それは、好きになるのも仕方がないというものですね。

 別段、私は自分の事を弱いと思っているわけではないですが。


「ありがとうございます、育人さん」


「何がだろ?」


「あれな性格をしている私の側に、いつもいてくれることには感謝しています。私がまがりなりにも学校で上手くやれているのは、育人さんのおかげでしょう」


「なんでだろう、いつもよりすごく無表情なんだけど……?」


 ……私にも恥ずかしいと思うことはあります。なんてさすがに言えません。

 どうやら、らしくない事を言ってしまったみたいです。


「……幼馴染みを自称するなら察してください」


「自称した覚えはないんだけどなあ」


 育人さんが困ったように笑いました。

 ほぼ同時に、ヒーロー番組が終わります。


「そういえば……育人さん。今日は何をしに来たんです?」


 私の問いに育人さんは「そうそう」と手を差し出してきました。


「僕も暇な連休だったからね。まひるちゃんとどこか出掛けようかと思って」


「ああ、そうですね。ちょうど観るものも無くなったところです」


 私は育人さんの手を取り立ち上がりました。


「せっかく昔話になったことです。子どもの頃に遊んだ場所をのんびり散歩するなんていかがです?」


「うん、構わないよ」


「それでは、支度をしてきます。少し待っていてくださいね」


「あれ?」


 私が自分の部屋へ向おうとすると、育人さんが不思議そうな声を上げました。


「今日はまひるちゃん、すごく素直だね。もしかして調子悪いの?」


「いつも言っている気がしますが、育人さんは私をどう思ってるんです?」


 それはまあ、育人さんの困った顔を見るのは、私の趣味みたいなものですが。

 それでも可能な限り優しく接しているつもりはあります。


「今日は昔を懐かしむ日です。無粋なことはやめておきましょう」


「そっか。じゃあ今日はそれがずっと続くように期待しておくよ」


「はい、期待しておいてください」


 育人さんが安心したように笑うのを背に、私はリビングから出て自室に向いました。

 今日くらいは素直ないい子で振る舞おう、なんて思いながら。

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