3話 手を繋いでも
次のお題を使っています。『戦闘描写を入れる』『飴』
私は銃を構えました。
長い銃です。肘を台にしっかり付け、脇を締め、肩と頬で固定します。
それから目標を定めて、ゆっくりと息を吐きながら照準を固定します。
そして完全に吐ききる少し前に息を止め、速やかにゆっくりと、引き金を引きました。
銃口から射出されたコルクが、目標に見事的中します。
手のひらサイズのモチーフが分からない人形が棚から落ちました。
「さすがまひるちゃんだ。上手いね」
育人さんの声が後ろから聞こえてきます。男性のわりに少し高めの、可愛らしい声です。
ですが気を抜いてはいけません。
コルクはあと一つ。私は集中力を保ちながら、台を使って最後のコルクを銃口に押し込みました。しっかり詰めると、勢いよく飛び出すんです。
再び銃を構えます。
狙いは標的の角、バランスを崩しやすいので狙い目です。
そして私は、さっきと同じように引き金を引き――
******
今日は秋祭りです。
天気はまずまず、星の自己主張は控え目に。
代わりにちょうちんや街灯の光がそこかしこに並んでいます。人の賑わいも中々のもの。少しだけ歩きにくいです。
そんなそこそこに規模の大きい近所の縁日に、育人さんを誘って来てみました。
「今日も満足のいく成果でした」
私は大きな牛のぬいぐるみを抱えて言いました。射的のパーフェクトゲームで貰った景品です。
「やっぱりこういう事はまひるちゃんに敵わないなあ」
育人さんが手に持ったうさぎの人形を弄んでいます。どうにか一個だけ落とせた景品です。
「はい。射的に金魚すくいに輪投げ、型抜きでもなんでも。勝負事なら負けませんよ。年季が違います」
「僕の方が年上なんだけどなあ」
「では才能の差でしょうか?」
私はとぼけた調子で言ってみました。
「なんの才能だろ……遊び? あんまり嬉しくないような」
「楽しいですよ? 出来ることは多いに越したことありませんから」
それに、育人さんの悔しがる顔を見る機会が増えますしね。
私の育人さん不満顔フォルダが充実します。
さて、今日は育人さんに何をして楽しみましょうか――
「――あら」
「まひるちゃん、どうしたの?」
「……どうやら、子どもからお誘いを受けたようです」
重みを感じて振り向いてみると、私の服を引っ張る小さな手がありました。小さな女の子です。七歳くらいでしょうか。
親がいるように見えません。しかも、今にも泣きそうな顔をしています。
これは……困りましたね。
「……あの」
「――――!」
予想通りです。私が目を会わせて声をかけると、女の子は怯えた様子で育人さんの側に駆け寄りました。
私、なぜか子どもにはすごく、恐がられるんですよね。
「こんばんは。うさぎさんが君と仲良くしたいって聞かないんだ。仲良くしてくれるかな?」
「――! うん!」
育人さんがしゃがんで女の子と目線を合わせました。
射的で取った景品で女の子の興味を引きます。手慣れた感じに少し物申したいところですが、ここは感謝をしないといけないですね。
「育人さん」
私は小声で育人さんに話しかけました。
「迷子センターがもう少し先にあります。早く連れて行きましょう」
「あ、うん。そうだね。ありがとう、まひるちゃん」
「私は少し先を歩くので、後ろから着いて来てください」
そう言って、私はさっさと歩き出しました。
「お兄ちゃん。手つないで」
「ああ、そうだね。僕らともはぐれたら大変だ」
後ろから何か聞こえてきました。
「…………」
別に、子どもにヤキモチを焼いているとかありません。
連れ添うのは私より育人さんが適任ですし、手を繋いで歩くのも仕方のない場面でしょう。
ええまったく気にしていませんとも。ヤキモチなどではなく、単純に羨ましいんです。
育人さんと手を繋いで歩くなんて、小学生くらいのときにした記憶しかないのですが。
「――るちゃん、まひるちゃん、まひるちゃん!」
「――え?」
「迷子センター通り過ぎてるよ、ほら」
「…………」
育人さんが指を差した方向を見ます。確かに迷子センターという看板が出ています。
……少し無心になりすぎたようです。
******
「本当にありがとうございました」
女の子のお母さんから、私たちへのお礼です。
ちょうど迷子センターに訪ねてきていたみたいで、すぐに再会できました。
「いえ、気にしないでください。無事に見つかって良かったです」
「あ、あのね、お姉ちゃん!」
女の子が私を正面から見つめてきました。
なんでしょうか。無理をして私に話しかけなくてもいいのですが。
ともあれ、あまり無愛想にするのも失礼な話です。
ここは育人さんに倣って、目線の高さを合わせましょうか。
「どうしました?」
「あのね……ありがとう!」
「――――」
あ、いえ。少し放心してしまいました。
子どもに面と向かってお礼を言われたのは初めてです。
「どういたしまして。お礼が言えるのは良いことです。そうですね……」
私はさっき射的で取った、牛のぬいぐるみを女の子の顔の前に持っていきました。
「この子があなたと一緒にいたいそうです。なんでも、お礼の言えるいい子が好きなのだと」
「わあ……!」
「できればいい名前を付けてあげてください」
「ありがとう、キレイなお姉ちゃん!」
そらから私と育人さんと、とりとめのない会話を少しの間だけして、二人は祭りの雑踏に紛れ込んでいきました。
いつまでも私たちに手を振っていた女の子が、少しだけ印象的でした。
「子どもも現金なものですね。いえ、ぬいぐるみの速攻性を褒めるべきでしょうか」
「いやあ、そこは素直に喜んでおこうよ。いい子だったよ」
「そうですね。子どもに笑いかけられたのは初めてです」
私はりんご飴を一口飲み込んで言いました。
女の子のお母さんがどうしてもと言うので、貰ったものです。
私には少し甘酸っぱくて、あまり好きではないのですが。
「まひるちゃんはほら、綺麗すぎてちょっと近寄りがたいというか、少しミステリアスな雰囲気というか、気の強さとか性格の悪さが目力に表れてるというか。多分、同年代でも近寄りがたいところあるよね」
「私のフォローをしていたんじゃないんですか? 隠す気もなさそうな本音が徐々に出ていますが」
「たまに気が抜けてボーッとしている時は、線の細い感じがするんだけどなあ。薄倖の少女的な」
「つまり、幸薄そうだと」
私が少し意地悪く言うと、育人さんは苦笑いを浮かべながら手を横に振りました。
「違うって。華奢な美人って意味。浴衣とか似合う感じの。今日も楽しみにしていたんだけどなあ」
「夏にあれだけ私の浴衣姿を見ておいて、まだ見足りないんですか?」
今日は普通のワンピースです。秋祭りですから。
浴衣は今年の夏祭りで三回ほど着ました。
褒めてはいただいたので、好評だったのは知っていますが、まさかそんなに気に入っていたのでしょうか。
「うん、すごく綺麗だったからね」
育人さんが可愛らしく笑いました。
「――そうですか」
照れてしまいそうになったので、私は努めて無表情に言いました。
相変わらず、良いも悪いもはっきりと言って、困った人です。
「せっかくの要望ですが、やめておきましょう。たまにだからこそ良いものもあります。それは来年の楽しみにしておいてください」
「まあ、もう近くでやるお祭りないしね」
「そうですね……」
りんご飴を一口、かじります。
甘酸っぱい味が広がります。今年のお祭りも、これでお終いでしょうか。
……手くらいは、繋いで歩きたかったのですが。
素直になる、というのは難しいものですね。
「じゃあ行こうか、まひるちゃん」
「――――」
育人さんの行動に、私は驚きました。
驚いて、育人さんの顔と、差し出された手を交互に見ます。
「手を、つないで歩こうか」
「……なぜですか?」
ああ、黙って繋いだら良かったのに、聞いてしまいました。
私はこういうところがいけないのでしょうか。
「……さっき、あの子と歩いてたときに昔を思い出しちゃって。ダメだったかな?」
ここです。ここでちゃんと肯定を返さないと、きっと後悔する事になります。
「……そうですね。私も思い出しました。いいです、今年の祭りも終わりですし、最後くらいは、そうやって歩きましょうか」
「うん。ありがとう、まひるちゃん」
素直に言えたのかは分かりません。
けれど、育人さんは微笑んで、私の手を取ってくれました。
「次はどこに行こうか」
「そうですね、次は金魚すくいにしましょう。今ならパーフェクトゲームができる気がします」
「屋台のおじさんが可哀想だからやめてあげて」
「では数を制限してどちらが早くすくえるかの勝負としましょうか。まずは三十匹ほどで」
「いや、多いよそれ」
育人さんが困ったように頬をかきました。
私は少し微笑んで、りんご飴をもう一口かじります。
できたての飴の温かさ。繋いだ手の温もり……
口に広がる甘酸っぱい味は、さっきより少しだけ甘くなった気がしました。