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2話  美味しい飴ができました

次のお題を使っています。『飴』『罠』『わさび』

「飴を作ってみました」


 食べてください、と私はお皿に載せた飴玉を育人(いくと)さんに差し出しました。

 育人さんは可愛らしい顔で怪訝そうにお皿を眺めます。


「これ普通の飴なの? まひるちゃんの事だから、変なもの入ってるよね」


「断定系ですね。育人さんが私を普段どういう目で見ているかは、あえて触れないでいてあげます。さあ、食べてください」


「だってまひるちゃんなら、餃子味とかわさび味とか、後コーヒーの豆味とか。とにかく変な味にするだろうし」


「触れないであげます」


 私はピシャリと言いました。

 いくらなんでも突飛すぎます。なんですか、餃子味とかコーヒーの豆味って。


「味を訊かないことには食べられないよ。自分から罠に飛び込むようなものだし」


「安心してください。ごく普通の砂糖味です」


「……わかった。もらうよ。ありがとう」


 育人さんがようやく飴玉を一つ取りました。

 疑い深く飴玉を見る姿がたまらなく可愛らしいです。


「――うん、甘いね」


「それは良かったです。これは差し上げますので、大事に食べてください。――それでは、こちらもどうです?」


 私は隠していた新しいお皿を取り出しました。こちらが本命です。

 載っているものは、薄緑の飴玉が九つ、深緑の飴玉が一つです。

 さっきの飴玉もですが、これを作るのにはとても苦労しました。


「これってもしかして……」


「はい。この十個には、わさびが入っているものがあります」


「やっぱりあるんじゃないか。わさび味」


「月並みなアイディアで恐縮なのですが」


「謝るとこ間違ってると思うなあ」


 育人さんがため息を吐きました。

 私は皿をテーブルに置き、ゆっくりと椅子に腰掛けて言いました。


「せっかく作ったんですから、普通に作ったら面白くないでしょう? 軽く火傷などしつつ、ここまで作れるようになるまで一ヶ月ですよ、一ヶ月。何か面白味の一つでもないとやってられません」


「それは……そうかもしれないけどさ」


「そこで定番のロシアンルーレット方式を取ってみました。ですがまあ、安心してください。死んでしまうような刺激はないです」


 私は笑って指を一本立てました。


「せいぜい、三十分ほどのたうち回って苦しみ、三日三晩は口から食べ物を入れるのが困難になる程度、でしょうか」


「いや、それ死ぬよね。死んじゃうよね。餓死するよね」


「それも安心してください。万が一そんなことになったら私が、育人さんの口を刺激しないように食べ物を通す係でもやってあげます」


「苦しむ事には何も変わりないと思うけどなあ」


 育人さんはとても不満げです。とても可愛らしいですね。

 つい写真を撮りたくなってしまいます。いえ、話がこれ以上こじれるのは面倒なので、やめておきますが。


「まったく、私がここまでかいがいしくするのは、幼馴染みである育人さんだけですよ。少しは喜んでください」


「うん、そこはすごく嬉しいけどさ」


「――――」


 ……まさかの即答です。

 いけません。返答に詰まってしまいました。

 ここはもう強引に話を進めてしまいましょう。


「で、では交互に一個ずつ食べることにしましょうか。大丈夫です。味は保証します」


 試食はちゃんと済んでいますから。

 どれも美味しくできている確信があります。


「それでは私から。この深緑のものを……」


「ちょっと待って。なんでまひるちゃんからなんだい?」


「当然です。だって私が作ったんですよ? 先攻権くらい、与えられてしかるべきでしょう」


「でも絶対にわさびがどれに入ってるか知ってるよね? まひるちゃんが作ったんだから、僕が先攻じゃないと勝ち目ないよ」


「……いいでしょう。そこまで言うのなら先攻を譲ります」


 私はさあどうぞ、とお皿を育人さんに渡しました。


「……この際だって緑の濃い飴がわさび入りにみえるけど、まひるちゃんだからなあ」


「育人さんは私をなんだと思ってるんです?」


「薄い方に仕込むとか普通にやりそうだけど、違った?」


「――さあ、始めましょう。どうぞ早く食べてください。美味しいですよ」


 ……さて。ここまではほとんど私の思惑通りに事が進んでます。

 先攻権を取られたのは少し危険で心配ですが、まあ大丈夫でしょう。


 育人さんが薄緑の飴玉を口に運んでいき、直前で手を止めました。


「――わさびだ!」


 どうやら匂いで分かったようです。素敵な表情をしました。


「もちろん一度手に取ったものの変更はできませんよ?」


「それはまあ、わかってるけど……」


 ごくり、と喉が鳴る音が聞こえてきそうです。

 ですが、育人さんの躊躇はとても短いものでした。


 すぐに目をつぶり、一思いにとばかりに飴玉を口に投げ入れました。

 そしてしばらく口に含んで、理解したのか勢いよく目を見開きました。


「わさびマヨネーズだ……!」


「はい。美味しいでしょう? 頑張ったんですからね?」


 実はこの飴玉、わさびマヨネーズ味です。辛くないようにできているはずです。

 私にだって、好きな人に美味しいものを食べさせたいって気持ちくらい、ちゃんとあるんですから。


「いや。でもこれ、美味しくないよ」


 育人さんが信じられないことを言いました。


「……どこがですか。すごく美味しいじゃないですか。普通の飴なんて相手になりません」


「うーん、わさびマヨネーズと砂糖のバランスが噛み合ってないというか……」


「辛味を中和しなければと思いましたので、砂糖をできる限り多めに入れてみましたが……」


 どうやら失敗してしまったようですね。残念です。

 やはり、料理というものは一朝一夕でどうにかなるものではなさそうです。

 今回はいくらか自信があったのですが……


「じゃあこっちは? これは色が違ってるだけ?」


「あ、それは――」


 深緑の飴は自分用に作った、砂糖とマヨネーズを極限まで減らしたわさび特盛飴です。

 およそ常人の食べられる代物ではありません。

 視覚効果を狙って混ぜたのですが、危険なので先攻を取った私が食べてしまおうと思ったものです。


 なんて言う暇もなく、育人さんは飴を口に入れてしまいました。

 自分の心臓が高鳴る音が聞こえました。もしこれで育人さんに何かあったら――


「――美味しい。これ美味しいよまひるちゃん」


「本気ですか……?」


 私は驚きながら育人さんの顔を覗き込みました。

 本当に美味しそうな表情です。お世辞のようには見えません。

 そもそもお世辞を言える辛さではないはずですし、育人さんはお世辞を言うような人じゃありませんが。


「うん。これなら僕も美味しく食べられるよ」


 ある程度は辛いもが平気な事は知っていました。

 ですがまさか、これが食べられるとは思ってもいませんでした。


「……それなら育人さん、まだ大量に作り置きがあります。また食べてください」


「うん、喜んで」


 育人さんが実に美味しそうな表情で微笑みます。

 ……なるほど。

 作ったものを美味しいと言ってもらえるのは、なかなか嬉しいものですね。

ツッコミ不在なので飴はみんな美味しく食べちゃいました。

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