11話 お友達ができました
次のお題を使っています。『動物』
突然ですが、私は今とても困っています。
コロッケを買った帰り道。ホクホクのコロッケを頬張りながら歩いていると、私の行く手を一つの影がふさぎました。
それは少し痛んだ黒くて短い毛、小さめの三角耳、つぶらで大きな金色がかった瞳が印象的です。
成長途中の小さな尻尾をピンと上げて、真っ直ぐに私を見つめて、「にゃー」と鳴いています。
そう、猫です。野良猫です。それも、子猫です。
「さすがコロッケ……とでも言う場面でしょうか」
基本的に私は動物から避けられます。それはもう、盛大に。
私個人としては猫や犬といった動物は好きなのですが、そんな事実はまったく関係なく、避けられます。
育人さんなら、『それはまひるちゃんの性格の悪さを敏感に察知してるんじゃないかなあ』なんて言いそうです。
その様子があまりにありありと想像できるものですから、私は一人だというのに少しだけ笑ってしまいました。
「にゃぁ」
「ああ、あなたがいましたね」
しゃがんだ私の足元に、子猫がぐいぐいと頭を擦り付けてきます。
笑っている場合じゃありません。どうしたものでしょうか。
私にこんなにも擦り寄ってくるのは、おそらくコロッケでしょうね。
きっとお腹を空かせているのでしょう。
「……本当に困りました。このコロッケをあげることはできないんですよ」
言葉は分からなくても、何か伝わるものがあるのでしょうか。
子猫はほんの少しだけ悲しそうに鳴きました。
いえ、何も私が食いしん坊でコロッケを惜しんでいるわけではありません。ちゃんとした理由があるんです。
コロッケに使われている玉ねぎは猫にとって毒になります。
いくらねだられても、そんなものをあげるわけにはいきません。
すぐ近くにあるコンビニで何か買うという手もありますが、その間にどこかへ行って見失うかもしれません。それは心配です。
「困りました……」
しばらく様子を見ていましたが、親猫がいる様子もありません。
いっそのこと、連れて帰ってしまいましょうか?
けれど飼うのを反対される可能性がないとは言えませんし、何より私が抱っこしちゃうと、さすがに逃げ出すかもしれません。
逃げてしまうと、運が悪ければもう食べ物を見つける事ができずに、餓死してしまう可能性もあります。
本当にどうしたものでしょうか……
「こういうのを、探していたりしないかい?」
「え?」
声につられて振り向くと、何年も見続けていた私の大好きな顔がありました。
「育人さん。と、キャットフード」
「はい、まひるちゃん」
育人さんが可愛らしい顔に笑顔を浮かべて、私に袋入りのキャットフードを渡してきました。
常々不思議に思います。どうして私が困っていると、いつも素敵なタイミングで助けてくれるのでしょうか。
私はキャットフードを受け取り、育人さんを見つめました。
「ありがとうございます。育人さんって実は、私の後をこっそりつけたりする趣味があったりします?」
「そんな変な趣味はないって」
「ですがいくら付き合っているからといって、相手の行動の全てを把握できるものでもないでしょう? なぜここにいるんです?」
どうしてでしょうか。
素直にお礼だけを言うつもりだったのですが、ついいつものように余計な事を言ってしまっています。
こういうところが私のダメなところなんでしょうね。
真剣に直す努力をした方がいいのでしょうか。
「簡単な話だよ。母さんに頼まれたんだ。まひるちゃんがコロッケを買いに行って、いつまでも帰ってこないから迎えに行ってくれてって。そしたらまひるちゃんが猫と格闘していたから、コンビニでこれを買ったって流れ」
「……ちょっと本屋で立ち読みしていただけですよ」
私はいつからそんなに箱入り娘になったのでしょうか。
どうせ、育人さんが来たら私が喜ぶとでも思っているのでしょうね。浅い考えです。
とりあえず、コロッケは一個多めに進呈してあげますが。
「それよりもまひるちゃん、猫。お腹空かせてるみたいだし、早くそれあげないと」
育人さんが私の持つキャットフードを指差しました。
私はその態度にわずかな違和感を覚え、少しだけ考え込みました。
「まひるちゃん?」
「……もしかして、この猫を飼うことが決定していたりします?」
育人さんが目を丸くしました。
黒目が少し大きくて、可愛らしい瞳です。いつまでも独り占めしたくなる気持ちになります。
「よくわかったね」
「当然です。色々と問題の多い野良猫の餌付けを、軽々に勧める人ではないですからね。すでに外堀は埋めていると思いました。相変わらず下準備がいいですね」
ともあれ、これで遠慮することは何もありません。私はキャットフードの袋を開けました。
子猫の鳴き声が一段と激しくなります。少し待ってくださいね。
動物にエサをあげるというのは初体験です。思いのほかわくわくしている自分に気づきました。
「さっきキャットフードを買うときに母さんに電話したらね。三歳の時から猫を飼うのが夢だった、必ず連れて帰って来るように、って即答されたよ」
「即断するくらい好きなのに、なぜ今まで飼わなかったのか分かりませんが、おかげで助かりました」
食べやすく加工されたゼリー状のキャットフードを、子猫が勢いよく食べます。
やはりお腹が空いてたんですね。これで一安心です。
そして、私の役目も終わりでしょうか。空腹にコロッケという武器がなければ、きっとまた逃げ出してしまいます。
「僕もこの猫を飼いたいと思ったからね。ちょうどよかったよ」
「どうして飼いたいと思ったんです? 猫が欲しかったなんて初耳ですが」
「まひるちゃんに懐く猫は珍しいだろう? うちにいたら、いつでも可愛がれるじゃないか」
「……気遣ってくれるのは嬉しいですが、この猫はお腹が空いていただけで、別に私に懐いていたわけでは」
「あ、食べ終わったね。それじゃあ帰ろうか。まひるちゃん、抱っこしてみる?」
「あ」
育人さんが食事を終えた子猫を優しく抱き上げて、私に渡してきました。
慌てて両手で受け取り、胸に抱き寄せます。
恐がって逃げるものと思い、着地しやすいようにしゃがもうとしたのですが、変ですね。
おとなしいものです。
「……逃げませんね」
「うん」
「抱き方……これであってますか?」
「うん、大丈夫だよ」
子猫の体温はとても高かったです。
抱いていると、冬も間近の冷たい空気に負けない温かさが伝わってきます。
「……育人さんはいつも優しいですけど、ときどき突然優しいですよね」
「ええと、どういう意味だろ?」
「悪い人には教えてあげません。ね?」
子猫の背中をそっと撫でると、とても眠たそうな鳴き声が返ってきました。
……可愛いですね。これは大切にしたくなります。
「行きましょうか。まずは暖かい部屋で寝かせてあげて、綺麗にしたり病院に連れて行くのはそれからにしましょう」
なるべく子猫を揺らさないように、私はゆっくりと歩き出しました。
育人さんも歩調を合わせて、隣に並びます。
私は少し考えて、育人さんへくるりと振り向きました。
「育人さん、育人さん」
「なに?」
「こっそり後ろをつけたい願望があるのなら善処しますよ。いつでも言ってくださいね」
「だからそういう願望はないって……」
育人さんが苦笑いを浮かべながら頬をかきます。
私としては、純粋に感謝の気持ちを表してみたつもりだったのですが……上手くいきませんね。
子猫がにゃぁと鳴きます。頭を軽く撫でると、柔らかい感触が心地よく伝わってきました。
いつかこの子猫のように、素直な愛情を伝えられるようになりたいものです。
育人さんの優しさについ甘えてしまう私ですが、少しずつでも頑張りましょう。