36話 奪われた光の書
フェニアと睨み合いが続く事、約十分。もう、日が西に傾きかけていた。夕日に照らされたフェニアの顔が眩しく、更に妖艶に見えてきている。
「お姉さんの望み、わかるわよね?」
「ここにあんたの探し物はないよ」
「そうなのぉ? ざんねーん」
「ちょっと? 何を?」
護に駆け寄り、肩に手をかけ首筋に息を吹きかける。
片方の手で護の体を上から下へとなぞり始めた。護の理性を保つにも限界が近づき意識が遠のく。
こんな時こそ二次元嫁の紫音を思い浮かべ、伊織が戻るまで時間を稼ぐ作戦に出た。
「まも君は、そんな弱い人じゃないと私は信じるよ」
「ありがとう紫音ちゃん。俺、頑張るよ」
フェニアの手が護のズボンのポケットに手が入り、光の書がフェニアの元に。何とか誘惑には耐えたが、光の書を奪われた。何も抵抗できなかった自分が恥ずかしい。
「これは何かしら?」
「それは、漢字の書き取りノートだ。俺は常日頃持ち歩いている」
「それにしては白紙だし、小さいわね」
「小さく書く練習を兼ねてね。ページが埋まったから、新しいのを貰ったのだ」
「ふーん……」
頼む、信じろ。
信じてくれ、このまま騙されていろ。そう思いながら、フェニアの顔色を伺う護。
そんな護を嘲笑うかの様に、フェニアは楽しそうにしている。
「いけない子ねぇ……」
「うぎゃあー!!」
フェニアの手から放たれた黒い稲妻が護を襲う。いてもたっても居られず、護はもがき苦しむ。
「お姉さん、君の事嫌いじゃないけど。嘘つきは大嫌いなの。これが光の書だなんてバレバレよ」
無駄な足掻きだった。
何やってるんだろ……俺は。
こんな人生送るはずじゃなかったなぁ。意識が遠のく……目が霞む……。
「か、神里君!!」
飲み物を買いに行ってから戻った伊織。手に持っていた飲み物をポロリと落とし、今の現状を目の当たりにする。
「あら? 護君の友達じゃない。ごめんなさいね、ちょっとこの子にお仕置きしたの。安心して手加減したから死んではいないわよ」
「よくも……ゆ、許さない」
精神を研ぎ澄まし身体中に流れる魔力を感じ取り、一気に解放。いつもと違う、鋭く速いホーリーボールがフェニアに目掛けて飛んでいく。
「そんな物で私が……えっ?」
避けようとしたが、足が動かない。フェニアの足元が凍りついていた。
護がフェニアの攻撃を食らったと同時に氷魔法を発動させていたのだ。
「あの坊や、やってくれるじゃない……」
伊織のホーリーボールを跳ね返し、護をじっと睨みつけるフェニア。その怒りの矛先を伊織に向けだした。
「お姉さんちょっと、アタマに来ちゃった……だから、手加減しないからねお嬢ちゃん」
「私も手加減するつもりはありません。全力であなたを倒します」
直ぐ様セイントアローを解き放ち、フェニアの心臓部目掛けて矢が飛んでいくも、フェニアは軽々と片手で弾き返した。
「お嬢ちゃん、中々やるわねぇ……お姉さんドキドキしちゃう」
「神里君、生きてる? もう少し辛抱してね」
護は攻撃を食らってから、起き上がらない。呼吸はしているものの、意識がない。
「聖なる光よ……以下省略。セイクリッドレイン!!」
「ちっ………」
魔法の詠唱を省略化するとは。伊織の隠れた潜在能力が十二分に発揮されていた。
対抗してフェニアも黒いオーラを纏い、上空から来るセイクリッドレインを防いではいるが、頬にかすり傷を負ってしまう。
「この私の顔によくも!」
「おいでませー漆黒の龍」
フェニアの手から黒い霧が集まり、黒き龍へとその姿を変えた。
「ちょっと大人しくしてね。抵抗すると死ぬわよ」
「か、体が動かない……」
黒き龍が伊織の体を巻き付け、完全に動けないでいた。
漆黒の体に、赤く光るルビーの光を放つ眼光に威圧されている。
「さて、いい加減喋ったら? 光の書」
「おいっ俺をどうする気だ?」
「ほ、本が喋った?」
拘束されながらフェニアの行動をただ、見ているだけの伊織。お構いなしに、フェニアは光の書と会話をしている。
「ここにあらせまするは魔界にて封印されし闇の書。魔神タルタロス……わかるわよね?」
「知らねぇな……ってお前クロベエ? クロベエじゃねぇか!!」
「ん? ハチベエか!」
「何してんだ? クロベエ」
「その女に、強制連行された……何か魔神タルタロスを復活させる鍵らしいぞ俺ら」
「フェニアさんや。ワシは魔神タルタロスより、タルタルソースたっぷりのエビフライが好きなんじゃが」
「とぼけるのも、いい加減にしてもらえるかしら? 実は護君に毒を仕込んだのよ。彼を助けたいなら言う事を聞いてもらえるかしら?」
さっきの黒い稲妻を護に食らわした時、あの稲妻には毒が仕込まれていた。もはや、選択の余地がなくなってきている。
「白銀の龍よ!!」
「ジール様?」
伊織の影からジールが現れ、フェニアと対照的に白銀の龍を呼び出し、伊織を縛り付けていた黒い龍を一蹴した。
「ジール! あんた?」
「必ず動くと思って、待っていて正解だったわ。フェニア魔神タルタロスを復活させたらどうなるか知っているでしょ?」
「ええ……ジール。私を追いやったジブリールを滅ぼす。後はどうでも良いわ」
「な、何ですってぇー!?」
「ここに、解毒剤があるわ。護君を助けたいならこの場を見逃してくれない? そうすれば解毒剤を置いていくけど?」
「ジール様……神里君を助けるため、要求を飲みましょう」
伊織がジールを促し、やむを得ずフェニアの要求を聞き入れた。
「物わかりが良くて助かるわ。じゃ、これ置いていくわ。じゃあね護君……チュッ」
護の頬に口づけをし、二冊の本を手にその場を去るフェニア。途中でベリアルと合流し、人間界を後にした。
「護君、殺すには惜しいわ……あの笑顔……素敵。彼が欲しい」
昇級試験で見た護が凛々しく見えたのか……フェニアはどうやら護に恋をしたらしい。
だが、お互い敵同士。わかり合える日が来るのだろうか。
護に解毒剤を飲ませなければならなくなった伊織達。
どうしたものか……ジールと二人で躊躇している。
「伊織、無事か?」
「ラファエルさんとガブリエルちゃん」
天使二人が合流し、今の現状を目の当たりにするが、それよりジールの姿を見て、固まってしまった二人。
「あーら? 天界のダメ天使ガブリエルとお守り役のラファエルちゃん」
「うるせークソババァ! 天使ナメんなよ」
喧嘩が始まったかと思ったら、ラファエルと伊織が直ぐに仲裁。現状を話し、護の姿を見た瞬間。
「護? オイッ護しっかりしろ!」
ガブリエルが意識のない護の体を揺らし、懸命に呼び掛ける。
「解毒剤がここにあるんだけどね……あの女一筋縄で行かない事したのよ」
「何で躊躇う? 早く助けろよ」
ジールが解毒剤の説明書きに指を指し、ガブリエルに見せる。
「なーんだ……さっさとやれよ」
「「そんな簡単に出来るわけないでしょ!!」」
顔を赤らめて、否定する二人。そりゃそうだ、説明書きには口移しじゃないと効果ありません……と書いてある。
ジールはともかく、思春期の伊織には刺激が強すぎる。
口移し………マウストゥマウス……人工呼吸………言わば……キス。
「早くしねーと死ぬぞこいつ」
「じゃあ、あんたがやりなさい! バカリエル」
「な、ななななな何でアタシがやるんだよ! お前がやれクソババァ」
「だったら、じゃんけんで決めましょう。恨みっこなしよ! 伊織良いわね?」
「わ、私もですか? ラファエルさんも参戦して下さい」
「僕はやらないからな! 男同士でゴメンだ。僕は一旦天界に戻ってミカエル様に報告してくる」
うまい具合に逃げたラファエル。やむを得ず女子三人で護の唇争奪戦が始まった。
「じゃーけーんポンッ」
「……………負けた」
結果、負けたのは伊織であった。
こんな形で、伊織のファーストキスが。それは、護にとっても同じ事。解毒剤の蓋を開け、口に含もうとしたが。
「あら? やだ私、いい事思いついた」
時間がないのに、伊織が近くのファーストフード店でドリンクをテイクアウト。ストローを取り出し、護の口に。
続けて伊織も、解毒剤を口に含み護が加えているストローに流し込んだ。
「ん………ゴクッ……ぷはぁ。ゴホッゴホッ………ん? 宮本さん?」
「神里君、無事みたいね」
「顔赤いよ」
「な、何でもないわよ!!」
作戦成功、護は無事意識を取り戻した。ガブリエルとジールも安堵の表情を浮かべ、その場は丸く収まったのだが、二冊の本がフェニアの手に。魔神タルタロスの復活は近い。
「急いで作戦を立てましょ、神里君は、今日の所は休みなさい。伊織ジブリールに戻るわよ。バカリエルついでにあんたも来なさい」
「アタシは護に付き添う……だってこいつはアタシの金づるだからな!」
「お前帰れよ!! 間違ってもお前の様な女はゴメンだ」
「なんだとーコラッ!」
そんな事はお構いなしに、ジールに強引に連れてかれたガブリエル。
護は自宅に戻り直ぐ様眠りについた。




