テトラ97
ヒヅキがそんな事を考えている内に森に到着して中へと入る。
森の中は鬱蒼としていて薄暗い。空気もジメジメとしていて、呼吸する度に不快感が身体に満ちていくようだ。
そんなあからさまに不気味な雰囲気の森ではあるが、意外な事ににおいは土とカビと青臭さの混じった普通の森といった感じ。
とはいえ、空気がジメジメしているだけに足下はぬかるんでいるようで、踏み出した足に体重を載せると靴底が半分程沈んでいき、そのまま前に進もうとすれば滑ってしまいそうになる。周囲には大きな木がいやというほど在るので、咄嗟の時にはそれに手をつけば何とかなるだろうが。
それでも歩きにくいのには変わりはなく、森に入る前よりも明らかに移動速度が落ちている。
「………………」
もっともそれはヒヅキだけのようで、前を歩いている女性は平然とした足取りで森の中を進み、時折ヒヅキの方を気にする余裕まであるようだ。
それに何とも言えない気持ちになるも、1番強いのは申し訳なさだろうか。ヒヅキを連れていくのには何か理由があるのかもしれないが、それでも仮に女性の一人旅であれば、今よりもずっと早く目的地に到着していた事だろう。
ヒヅキは息こそ切れていないが、必死に足を動かし森の中を進んでいく。
そうして足下に気をつけながらどんどんと森の中を進んでいくと、次第に空気が変わっていくのが解った。
「遺跡に大分近くなったので、魔力が濃くなってきたようですね」
ヒヅキがそれを察したのを感じ取ったのか、そこで女性が声を掛けてくる。
「そろそろ魔物とも遭遇するのでしょうか?」
感知魔法で遠くの方に魔物らしき反応を捉えてはいるが、魔力の濃度が濃いからかヒヅキの能力ではいまいちはっきりとしない。なのでヒヅキは、それを女性に問い掛けてみた、
「もう少し奥に進めば遭遇するかと。ただ、魔物はスキアほど敏感ではないので、ある程度近づかない限りは戦う事も無いと思いますよ」
「そうなのですか?」
「元は動物ですので、魔物とはいえ縄張りを持っているのですよ。もっとも、ほとんど攻撃する範囲程度の意味合いしかありませんが。そして、その縄張りは魔物同士で被っている事もあるので、一気に襲撃される事もあります。因みに、よほどの事がない限り魔物同士で戦闘は起きません」
「そうなのですね! 魔物については詳しくは知らないので勉強になります」
女性の説明に、ヒヅキはやや大げさに驚く。とはいえ、内心でも本当に驚いてはいるが。それでもやはり少し大げさであったので、少々わざとらしい。
もっとも、女性はそんな事など気にしていないが。
「まぁ、他ではそうないですからね。ここでは魔物が多いというだけで、そうそう縄張りが被る事はありませんよ。例外は遺跡内部のような狭い場所で何かを護っている時ぐらいでしょう」
「なるほど」
女性の話を聞きながらヒヅキが相づちを打った辺りで、近くなったことで遠くで捕捉していた魔物の様子が判るようになってくる。
(あまり大きくはないな)
それは魔力が特別濃い範囲のギリギリに縄張りを持つ魔物だからか、ヒヅキが調べてみた限りそこまで強そうには思えなかった。それでも念の為にと、ヒヅキは女性にその魔物について訊いてみる。
「この少し先に魔物が居ますよね?」
「そうですね。魔物に変質して日が浅い個体のようです」
「では、やはり弱いという事ですか?」
「ええ。冒険者でしたら2、3人も居れば十分かと」
「そうですか」
調べた通りのようで、ヒヅキは内心でホッとする。魔力が濃いので勝手が違うが、それでも感知魔法は引き続き信用しても問題なさそうであった。無論、それにばかり頼るつもりもないのだが、それでも問題なく機能しているのが確認出来ただけでも大きいだろう。
(あとは遺跡内部でも同じように機能するかだな)
現在の進行方向の奥から感じる重苦しい雰囲気に、ヒヅキは今まで以上に大変な遺跡だなと改めて気を引き締めるのだった。




