テトラ94
「強さの方も様々ですので一言では説明出来ませんが、それでも弱くとも普通の冒険者では徒党を組まなければ難しいでしょう」
「まぁ、スキアほどではないにせよ魔物も強いですからね。しかしそうなってくると、魔力の深度はそれ程ではないのですか?」
「魔物に堕ちきっている者は数匹おりますが、全体としては5割から8割といったところでしょうか」
「なるほど。しかし数匹も完全に魔物になった魔物が居るのですか」
ヒヅキは遺跡探索をした際に何度か魔物と戦闘した経験があるも、それでも完全に魔物へと堕ちた動物というのは実は遭遇したことがなかった。
今までヒヅキが戦ってきた魔物の中でも特に魔物に近づいていた個体でも、これから行く遺跡ではやや強い程度らしい。
その経験を基にして考えてみると、完全に魔物になった個体はヒヅキ単体では倒せない可能性が出てくる。そんな魔物が数匹も居るというのは、遺跡を探索する者にとっては悪夢に近いだろう。
ヒヅキは今回の遺跡探索は大丈夫だろうかと不安を覚えるが、行かないという選択肢は存在しない。
「そうですね。それらは最深部に居るようなので、水晶の欠片でも護っているのでしょう。もっとも、それは私が始末しますのでご心配なく」
そんなヒヅキの心配を察した女性は、事も無げにそう告げる。
もうすぐ水晶の欠片は全て揃うとはいえ、現在はまだ完全には揃っていない。という事は、女性はまだ本来の力は発揮出来ないという事である。しかし、それでも女性は完全な魔物数匹程度問題ないと言ってのけたのだ。それを聞いたヒヅキは、この女性の本来の強さはどれほどの高みなのかと密かに戦慄する。とはいえ、神と戦うのであればその程度はあって然るべきなのだろうが。
(そんな女性でも、過去の神粛正で神の粛正に失敗した)
実際はどんな位置に女性が居たのかは不明ではあるが、仮に神と本当に戦ったのだとしたら、女性では神には勝てないという事の証明のような気もしてくる。
人には成長というモノが在るが、女性は少し前まで封印されていた身でもあるので、それはあまり期待出来そうもない。
それでも女性の力に頼るしかないというのは何とも情けなくもあるが、こればかりはしょうがないだろう。人間一人の努力程度で神を越えられるのであれば、神という存在は大した事ない存在になってしまう。
「そちらはよろしくお願いします」
完全な魔物は任せろという女性の申し出に、ヒヅキは頭を下げるようにして頷く。
「ええ、お任せ下さい。後は……特になさそうですね。遺跡内部の道はあまり複雑ではないので、迷うという事もそうそうないと思いますし」
ヒヅキに現在目指している遺跡の大きさに魔物の数と強さを教えた女性は、頬に手を当てて考えてから、遺跡の内部構造についても問題なさそうだと判断して話を終える。
くるりと身体の向きを変えて遺跡の方角へと身体を向けた女性は、そのまま歩き出す。ヒヅキは黙ってそれに続いて歩く。
そうして歩いている途中で、女性は思い出したかのように顔だけをヒヅキの方に向けて口を開いた。
「そういえば伝え忘れていました。これから向かう遺跡は森の中にあると言いましたが、正確には森の中にある湖の中にありますので、腰辺りまで濡れる可能性が在ります。ああご心配せずとも、遺跡の入り口は湖の湖面上に存在していますので、潜る事はありませんよ。先程お伝えしましたが、湖の深さも腰丈程なので問題ないでしょう」
そう言うだけ言うと、女性は前を向いて歩いていく。ヒヅキは相変わらずだと思いながらも、女性は遺跡にやけに詳しいなと疑問に思った。とはいえ、女性は色々と魔族領も見て回ったようだし、探知も得意なのかもしれない。そう思えば、おかしな事ではないのだろう。
そう思えば、水晶の欠片がその感知魔法なりなんなりで発見出来ていれば既に女性が確保していたかもしれないのに。ヒヅキはついそう思わずにはいられなかった。




