テトラ91
その後も女性は、その英雄達の話しを軽くだがしてくれた。
それを一通り聞いたヒヅキの頭に1つの可能性が思い浮かぶ。
(全てではないだろうが、その英雄の幾人かは今俺の中に居る可能性もあるのか……)
であれば、迷惑以外の何物でもなかった。神を倒せなかったばかりか、ヒヅキ自身にも直接迷惑を掛けている。仮にそうだとしたら、ヒヅキはその英雄達に文句のひとつやふたつ言ってもいいだろう。
そんな事を思いつつ、ヒヅキは疑問に思った事を説明を終えた女性に問い掛ける。
「過去にそんな事があったというのは理解出来ました。それで話を戻すと言いますか疑問なのですが、深淵種は何故深淵種と呼ばれているのでしょうか?」
女性の話を聞いた限り、深淵種とは相手の心の姿を映す存在という事になる。自身の姿を映すとは、それはまるで鏡のような存在だとヒヅキは思ったのだが、その当時に鏡があったかどうかは不明。それでも湖面のように水の溜まった場所はそこら中に存在していた事だろう。
種族名にはそういった自身の姿を映すような名前が相応しいような気がするのだが、それが何故よりにもよって深淵なんて名前なのかヒヅキは疑問を抱いた。闇の中を覗いたところで何も見えはしない。
ヒヅキにその疑問を尋ねられて、女性は一瞬思い出すような間を置いてから口を開く。
「深淵というのは、何処まで続いているのかも解らぬ深い闇ですが、それを覗くと強い不安を覚えるものです。例えば、見えないだけで闇の中から何者かが自分の事を見上げているのではないか、とかですね。その自身を覗く見えない何者か。つまりは本性や願望ですが、そういった意味で深淵種と呼ばれていたはずです。見えないはずの心の中を覗く者という意味だそうですよ。……確かそんな感じだったはずです」
そう言うと女性は最後に、何分昔のことなのでと付け加えて少し照れたような曖昧な笑みを浮かべる。
それは初めて見た女性の表情ではあるが、そんなものには興味のないヒヅキは、女性の言葉にふむと頷く。
確かに心の内は普通は見えないモノだ。それを映し出す深淵種という存在は、女性の言うように深い闇の中を覗くような不安を抱く存在なのだろう。それでもつい確かめてしまいたいような魅力もある不思議な存在だなと、ヒヅキは興味を持った。その心の中を映す方法というのは、どうやっているのだろうかと。
「そういえば、深淵種は形を持たないと言っていましたが、姿を映す前はどうやって見つけていたのですか?」
形を持たない存在というモノはヒヅキには想像出来なかったので、認識出来ない存在と解釈していた。周囲を漂う空気のような存在だと。
しかしそうなってくると、かつて深淵種と交流を持っていたという他の種族はどうやって深淵種を見つけて交流していたのだろうかと、ヒヅキは疑問を抱いた。
「形が無いので姿は見えませんが、それでも存在は感知出来たのですよ。何も見えないけれど、そこに居るのは解るといった感じで」
「……なるほど」
理解は出来るが曖昧だなとヒヅキは思った。そもそもそれでどれだけの者が存在を感知出来たというのか。人間を基準に考えてみると、大半は気づかなそうだなと思い、ヒヅキは苦笑する。
「それで、深淵種も絶滅したとされていたのですか?」
「そうですね。絶滅というほどではありませんが、個体数は極端に減っていました。別の種族と化した子孫でしたら生き残っていますが、その祖たる深淵種は神から逃れるように何処かに身を潜めていますので、世界中をくまなく探したとしても、10年に1度でも会えればかなり運がいい方なのではないでしょうか」
「そうなのですか」
それは凄いとは思うが、そもそも昔ならいざ知らず、今で深淵種を感知出来る者はどれだけ居るというのか。
「ええ。そして、何かに姿を変えた深淵種ともなれば更に希少でしょう。それに加えて動力源を所持している深淵種は、隠れずに人目に付く場所まで出てきていますから更に希少。おそらく世界中探しても、そんな深淵種はあの一体だけではないでしょうかね」
「それは会ってみたいですね」
「動力源を探すのであれば、必ず会うことになりますよ」
「それもそうですね」
女性の見立てでは、ヒヅキ達が求めている水晶の欠片をその深淵種が所持しているらしいので、結局は何も無ければこのまま顔を合わせる事になるだろう。その前に遺跡に向かうが、それも時間の問題。
それを思い出したヒヅキは、頷いて話題を変える事にした。




