テトラ88
村を出たヒヅキと女性は、今度は北へと足を向ける。
女性の話では、魔族領の首都は少し遠いらしい。女性の少しは常人のかなりなのだろうが、問題なく女性についていけているヒヅキはその辺りは気にしない。
何日も何も無い平原を北上していると、ヒヅキは気になっていたので女性に残り2つの水晶の欠片について尋ねてみる。
「誰かが所持しているという残り2つの水晶の欠片ですが、やはり遺跡からの発掘品という事なのでしょうか?」
ヒヅキの問いに、前を歩く女性は前を向いたまま少し考えてそれを肯定する。
「おそらくそうでしょう。とはいえ、その遺跡は魔族領の外でしょうが」
「そうなのですか?」
「ええ。この国にも遺跡は点在してはいますが、当たりは今向かっている遺跡だけのようです。なので、所持者の居る2つは何処からか持ってきたものなのでしょう」
「なるほど。因みに何処から持ってきたか分かりますか?」
「そこまでは流石に分かりませんね。わざわざ魔族領に居ることも含めて」
「水晶の欠片はいつから遺跡に眠っていたのでしょうか?」
その問いに、女性は前を向きながら首を傾げて考えるも、どうやら答えは出なかったようで。
「不明です。私が襲われて直ぐでしたら数百年ぐらいにはなりそうですが……」
そんなに昔に襲撃されたのかと思うも、現在の世界はそれ以上に続いているらしいので、おかしくはないのかとヒヅキは納得した。
「では、代々受け継がれているという可能性もあるのですね」
「ええ。それは十分考えられます」
「そういえば、所持者は魔族なのですか?」
所持者についてはあまり詳しく訊いていなかったなと思い出し、ヒヅキは問い掛けてみる。意外とこういったところから教えてくれないという事も多いので、あまり期待はしていないが。
「一人は魔族のようですが、もう一人はおそらく深淵種なのではないかと」
「深淵種?」
初めて聞いた種族に、ヒヅキは首を捻る。そんな種族の話は今まで少しも聞いたことがなかった。
ヒヅキの疑問に、女性は「知らないのも当然かと」 と前置いてから説明を始める。
「深淵種というのは、一言でいえば全ての種族の祖ですね。細かく言えば全てではないですが、大半が血を辿れば深淵種に行き着きます。そして、この深淵種は元々数が少なかったのですが、ここ百年程でほぼ存在しない種族になったようです。滅んだ理由は流行り病らしいですが、詳しくは私も眠っていたので知りません。なので、かなり珍しい種族です。存在を確認出来ただけでも奇跡に近いでしょう」
「そんな種族が何故近くに?」
「さぁ? 流石にそこまでは分かりませんので、会えたら直接尋ねてみればよいかと」
「そうですね、そうします。それで、その深淵種とはどのような種族なのですか?」
「そうですね……何でも出来る種族でしょうか」
「何でも?」
「ええ。様々な種族の祖ですから。各種族の特徴はこの深淵種から一部引き継いだとも言えるでしょう。なので、言ってしまえば各種族の特徴を集めたような種族ですね」
「それはまた何とも強力な」
つまりは魔族のように魔力に長け、エルフのように魔法の扱いが上手く、ドワーフのように器用で力持ちといった感じなのだろうか? そんなことを考えながら、ヒヅキは様々な種族を足した姿を想像してみるが、翼が生え肌が青く、耳が尖って顔は整い、それでいて背の低い姿が思い浮かぶ。勿論、男であれば身体は太く厚い筋肉の塊のような身体だろう。
そこまで考えて、ヒヅキは多分違うなとそっと頭からその姿を追い出した。上手く思い浮かばないので、困った時には女性に尋ねるに限る。
「それで、その深淵種というのはどんな見た目をしているのでしょうか?」
ヒヅキがそう問うと、女性は少しの間考え込んでしまった。余程言いづらいのか、うんうんと小さく唸りながら首を傾げている。
そんな女性の姿に、ヒヅキは一層深淵種という種族の姿に興味を持った。




