テトラ82
夜だというのに珍しく鍵のかかっていなかった宿屋を出ると、離れた場所からなにやら賑やかな音が響いてくる。
それ自体には覚えがなかったヒヅキだが、それと似たような騒がしさになら覚えがあったヒヅキは、その音が神事の後の宴なのだろうと悟る。
村人は1度帰ったはずだが、どうやらまた戻ってきたらしい。音がしているのは舞台の在った方角なのだから。
神託で村の亡びが告げられて、村人達は暗い雰囲気だったと思ったヒヅキだったが、どうやらそれは勘違いだったようだ。
おそらく神事関連のモノだろうが、何の宴だろうかとヒヅキは僅かに興味を抱く。しかし、ヒヅキは騒がしいのが苦手なので、そちらに向かうつもりはない。
とりあえず音の正体について予測がついたところで、ヒヅキは部屋に戻る為に振り返る。
「っ! ……どうかしましたか?」
振り返った先には、何故だか女性が無言で立っていた。しかも結構近い。つまりは先程から真後ろに立っていたという事だろう。
ヒヅキは常に感知魔法か気配察知で周囲を探っているのだが、女性にはそれが一切通用しなかったようで、その感知を潜り抜けてきたようだ。
もっとも、それについては今までにも何度かあった事なので、いきなりの出現に驚きはするが、それだけである。
直ぐに頭を切り替え用件を問うも、女性は僅かに首を傾げただけで不思議そうに口を開く。
「ちょっと外に出ようかと思っただけなのですが?」
「……あ、ああ、そうでしたか。それはすみません」
いつ戻ってきたのかは知らないが、それはともかく、ヒヅキは自分が必要以上に警戒し過ぎていたかもしれないと反省する。現在ヒヅキが立っていたのは、宿屋の出入り口付近だったのだから、言われてみれば確かに通行の邪魔ではあった。
ヒヅキが謝りながら横にずれると、女性は軽く頭を下げて外に出る。
そのまま音のする方向に進もうとする女性の背中に、ふと思い出したヒヅキが声を掛けた。
「そういえば、神に何か質問出来たのですか?」
その問いに、女性は立ち止まって振り返る。
「ええ。少しですが」
「そうでしたか。それで、水晶の欠片の在り処については解りましたか?」
「ええ。どうやらここから少し距離があるようですが、魔族領内にひとつあるようです」
「他には?」
「後は2つあるようなのですが、それはどうも誰かが持っているようで、現在も移動しているようです。一応方角は教わりましたが、こちらは更に遠そうです」
「誰かが持っているのですか? そちらを先に追いますか?」
やや焦ったようなヒヅキの問いに、女性は軽く首を横に振る。
「いえ。そちらは後回しでいいでしょう。移動していると言いましても、そう大きく移動している訳でもないようですし、移動速度もそれほど速くはありません。おそらくスキアを警戒しながら幾つかの拠点を回っているのではないかと推測されます。もう1つもその近くなので、焦る必要はないのですよ」
優しく語り掛けるような声音でそう告げた女性の言葉に、ヒヅキの中に僅かに生まれていた焦りが霧散する。それと共に、若干の気恥ずかしさを覚えた。
しかしそれはそれとして、問題ないというのであれば近い方から探せばいいだろう。そうヒヅキが考えたところで、先程の女性の言葉に少しの疑問を抱く。
「それにしても、水晶の欠片の所有者の行動について詳しかったですが、もう所持者の動きを捉えているのですか?」
「ええ、しっかりと」
「そうでしたか」
頷きながら、相変わらず恐ろしいものだとヒヅキは内心で呟く。いくら神から居場所を聞いたとしても、ヒヅキでは到底不可能な芸当であろう。
それから、せっかくなのでと女性に明日からの予定を訊いたヒヅキだが、それは明日改めてという話になった。




